第四分科会

タイトル

「ラマン散乱の基礎理論と生命科学研究への応用」

  • 講師:重藤 真介 先生 (関西学院大学 教授 )

  • 担当:御領 紫苑 (学習院大学 岩田研究室 D2)

  • 担当連絡先:sec4_at_ymsa.jp

紹介文

C.V. RamanとK.S. KrishnanによるNature誌での最初の報告から90年余が経ったいま、ラマン散乱を利用した研究は分野の垣根を越えた大きな広がりと深い奥行きを見せています。研究開発における汎用的な非破壊分析手法として用いられるようになってきたばかりか、生物学・医学分野への応用(とくにバイオイメージング)にも目覚ましいものがあります。実際、分光学の専門家でなくても、「ラマン(分光)」という言葉を知っている、聞いたことがあるという研究者は増えています。しかし、ラマン散乱がどのような現象であるのか、量子論に基づいたその基礎理論を理解している人は必ずしも多くありません。蛍光顕微鏡を日々使っているはずの生物学者が「ラマン吸光分析」と書いているのを目にしたことがあり、やはりラマン分光にはハードルが高い一面があることを垣間見た瞬間でした。また、学部の物理化学の講義でも簡単な説明しかされない場合が多いのではないでしょうか(実際、アトキンス『物理化学』でもさほど紙数は割かれていません)。

このギャップを少しでも埋めるため、本講義では自発ラマン散乱の基礎を重点的に学ぶことを目的とします。電磁場の量子化からスタートして、光と分子の相互作用の一般的な定式化を行い、2次の摂動論を適用することによって最終的にラマン散乱の微分断面積を与えるKramers–Heisenberg–Dirac (KHD)の分散式の導出を行います。KHD分散式の導出過程は、Fermiの黄金律や双極子近似などといった重要事項の復習にもなります。さらに、非共鳴条件におけるPlaczekの分極率近似、Albrechtの共鳴ラマン散乱の理論について解説します。

本講義のもう一つの主題は、ラマン分光の生命科学応用の紹介です。真核細胞、原核細胞のラマンスペクトルが示す典型的な特徴とその読み解き方を解説します。代表的な生体分子種に対して、各論的にそれらのラマンスペクトルの特徴を示すことで、実践的なスペクトル解釈に役立てられるようにしたいと思っています。そのうえで、前述の共鳴ラマン散乱や安定同位体標識、小分子用のタグを利用したイメージング、多変量データ解析による解析など、実際の研究例とその動向について紹介します。最後に、講師自身が最近取り組んでいる、新しい微生物学への応用にも触れられればと考えています。

第四分科会担当者からのコメント

担当:御領 紫苑 (学習院大学 岩田研究室 D2)

皆様は「ラマン散乱」という言葉にどれだけ親しみを持っているでしょうか? ラマン散乱を利用した研究は、分野の垣根を超えてひろく行われています。しかし、化学科や物理学科の学生でさえ、ラマン散乱についてきっちりと習う機会はほとんどありません。第四分科会では、関西学院大学の重藤真介先生にお越しいただき、分子のさまざまな情報を取り出すことができるラマン散乱の理論について講義をしていただきます。数学、物理にあまり馴染みのない方々にも楽しんでいただけるように、数式の導出や解釈などを丁寧に解説していただきます。大学での講義ではあまり取り扱われることのないラマン散乱について理解を深める良い機会となるでしょう。

「スペクトルは分子からの手紙である」という言葉があります。私たちは、分子にお手紙を出す(光をあてる)ことで、分子から返事(スペクトル)をもらうのです。この講義によって、皆様が分子からの手紙を読み解き、小さく不思議な世界を垣間見るための足掛けとなることを期待しております。