第一分科会

タイトル

「QM/MM法と非調和振動計算による生体分子系の振動解析」

  • 講師:八木 清 先生(理化学研究所 専任研究員)

  • 担当:西尾宗一郎(京都大学 林研究室D2)

  • 担当連絡先:sec1_at_ymsa.jp

紹介文

QM/MM法は、興味ある領域を高精度な量子化学(QM)計算で扱い、周辺環境を分子力場(MM)で扱うことで、複雑な分子系のポテンシャルエネルギー面(PES)を計算可能にするハイブリッド法です。得られたPESに基づく分子動力学(MD)計算により、複雑な環境における、分子運動を知ることができます。

分子振動は、分子運動の形態の1つで、数十〜数百フェムト秒(fs)の周期を持つ、比較的速い運動です。実験的には、赤外・ラマン分光法により、500〜4000cm-1の波数領域にスペクトルが観測されます。振動スペクトルは分子の構造や状態に極めて鋭敏です。そのため、分子振動解析は、生命科学や材料研究など、幅広い分野に普及しています。しかし、観測されたスペクトルを解釈するのは、特に複雑な環境にある分子の場合、極めて困難です。

分子振動は速い運動なので、量子効果が重要です。振動Schrödinger方程式を解くことで、振動スペクトルを理論的に求められます。従来、PESを極小点周りの2次テイラー展開で表す調和近似が用いられてきましたが、近年、非調和性を考慮した計算が可能になり、例えば、私達は振動擬縮退摂動(VQDPT)法を開発しました。最先端研究として、QM/MM計算とVQDPT計算を組み合わせ、生体分子の振動解析を行っています。

本分科会では、QM/MM計算と分子振動計算に関連する、基礎知識と実際の技術に関する講義を行います。基礎理論は、量子化学、分子動力学、QM/MM法、分子振動理論を中心に行います。また、今回オンライン開催となったことで、新たな試みとして、QM/MM計算と振動計算のhands-onチュートリアルを実施します(注)。プログラムは、私達のグループで開発しているGENESIS(https://www.r-ccs.riken.jp/labs/cbrt)とSINDO(https://tms.riken.jp/research/software/sindo)、量子化学計算にはGaussian(http://gaussian.com)を用います。理論計算だけでなく、振動分光実験に携わる実験家の参加も歓迎します。講師と受講者の間(および受講者同士)で活発に議論できる講義にしたいと考えています。

本講義の概要は以下の通りです:

1. 基礎理論編

• 量子化学計算とは

• QM/MMとは

• 分子動力学(MD)計算とは

• VQDPT計算とは

2. 実践編

• Gaussianを用いた量子化学計算

• GENESISを用いたMD計算

• SINDOを用いた非調和振動計算

(注)チュートリアルの実施には、Unixの基本操作を習得していることを前提とします。

第一分科会担当者コメント

担当:西尾宗一郎(京都大学 林研究室D2)

本年度の第一分科会を担当いたします、京都大学理学研究科化学専攻林研究室D2の西尾と申します。担当学生は変わりましたが、本年度の第一分科会も理化学研究所から八木清先生をお招きし、QM/MM法と非調和振動計算の基礎理論および生体分子系の解析に着目した講義をしていただきます。

また、本年度は講義時間の3割ほどを使って、QM/MM計算・振動計算のhands-onチュートリアルを行う予定です。実際に自分の手でプログラムを動かしてみると、理論計算に関する理解をより深めることができるでしょう。Unixの基本操作に関する知識は必要となりますが、初学者の方でも1-2時間ほど調べれば習得できるはず(個人の感想です)です。理論系の方・普段から計算に馴染みのある方のみならず、理論計算に触れるのは初めてという実験系の方にも気軽に参加していただけます。

理論計算の大きな役割のひとつは、「結局のところ、実験で見えているのは何か」ということを深く精密に理解する手がかりを与える、というところにあると私は考えています。また理論計算を研究する上でも、対応する実験に関する知識は非常に重要です。この分科会の主題は理論ですが、分光など実験系の方にも積極的に参加していただき、専門の垣根を超えた活発な議論を通して学びを深めていけたらと考えています。

皆さんの参加をお待ちしています。


昨年度担当: 織田 耕平(2020年度 北海道大学 武次研究室D2)

第一分科会では理化学研究所専任研究員の八木清先生をお招きし、分子振動理論の基礎から、QM/MM法との組み合わせによる複雑分子系への適用、さらには機械学習や量子コンピュータといった新技術援用の動向までをカバーした講義をしていただきます。

八木先生は振動状態計算プログラムSINDOを開発されており、2015年には分子科学会の奨励賞を受賞(”非調和性を考慮した分子振動状態理論の開発と応用”) されている、まさに振動理論の第一人者です。

分科会では、パソコンを用いて実際に手を動かすチュートリアルもあり、必ずや分子振動理論への理解が深まることでしょう。演習があると聞き少し敷居が高く感じた方、ご安心ください!初学者をサポートできるような仕組みを目下検討中です(参加者間でラフに話し合う時間を作る?質問シートを作る?)。

八木先生のコメントにもありますが、実験系、理論系、経験の有無問わず議論のできる分科会にしたいと考えています。様々なバックグラウンドを持つ方の交差点になれば、分科会担当冥利に尽きます。皆さんの参加をお待ちしています!