現在は第二次量子革命の真っ只中です。量子コンピュータ、量子通信、量子暗号などが盛んに研究されています。「量子の時代において、化学が果たすべき役割は何か?」という問いに対する我々なりの答えをこれから見出していきたいと考えています。
その答えのヒントを、我々は量子と生命の接点に見出しています。量子現象はクリーンでドライな環境で初めて機能するものが多い一方で、生命現象は夾雑でウェットな環境です。量子技術を生命現象に適用することでこれまでにない精度で生命現象を理解したり制御したりすることが期待されますが、それは容易ではありません。そこで化学の出番だと我々は考えています。化学の力で望みの量子の性質を分子に付与し、生命現象の解明・制御に活用できる、つまり「量子と生命を化学で繋ぐ」ことが可能であると考えます。ここに化学としても新たな活躍の場が生まれ、化学の新たな領域が生まれることを期待しています。
Quantum Noseコンセプト: MOF × 分子性量子ビット = ケミカル量子センシング
分子からなる量子ビットは構造が小さく、精密に制御できるという利点があります。分子性量子ビットを用いていかに量子センシングを実現するか、という取り組みはまさに黎明期にあります。我々はナノ細孔を有するMOFに分子性量子ビットを組み込むことで、化学的刺激に応答しうる量子コヒーレンスを提案しています。様々な構造のMOFと量子ビットを組み合わせることで、特定の化学種を超高感度でセンシングする "Quantum Nose" の実現を目指します。
【これまでの研究例】
化学的刺激に応答するトリプレットの量子コヒーレンス:Nature Commun., 2024, 15, 7622.
極めて長い緩和時間を有するラジカル:J. Am. Chem. Soc., 2023, 145, 27650–27656.
化学的刺激に応答するラジカルの量子コヒーレンス:Chem. Commun., 2024, 60, 6130-6133.
2. 新規量子ビットの開発
分子に量子的性質を与える方法の一つとして、我々はシングレット・フィッションを用いています。シングレット・フィッションは1つの一重項励起子が2つの三重項励起子に分かれる現象で、TTAを用いたフォトン・アップコンバージョンの逆過程です。1つの光子から2つの励起子(電子)を取り出すことが出来るため、太陽電池の効率を飛躍的に向上させるとして期待され、世界中で盛んに研究が行われています。
我々はシングレット・フィッションが2つの励起三重項が強く結合した五重項という多重励起状態を生成するユニークな方法であることに着目し、独自の分子集積技術と融合することで未来の量子技術の構築に取り組んでいます。
【これまでの研究例】
クインテットの量子コヒーレンスの室温初観測:Science Adv., 2024, 10, eadi3147.
長いクインテットのコヒーレンス時間を示す色素ダイマー:J. Am. Chem. Soc., in press.