超核偏極

NMRやMRIは現代の化学や生物学、医学などに欠かせない測定技術ですが、極めて感度が低いという致命的な欠点があります。そのため、MRIでは生体中に豊富に存在する水しか観測できず、NMRでは細胞中に存在するタンパク質は濃度が低いため観測が困難です。そこでMRIやNMRを室温で高感度化する手法の一つに分子の光励起三重項を利用するtriplet-DNP (DNP: dynamic nuclear polarization)があります。

しかし、このtriplet-DNPは主に量子物理の分野において単結晶を用いて研究され、バイオロジーへの応用が困難でした。そこで我々はtriplet-DNPの量子物理に材料化学を融合するという独自のアプローチにより、生体分子に偏極を移行することが可能なナノ材料や、水や生体分子に直接分散して偏極できるオリジナルな偏極源の開発に成功してきました。

世界中のMRIやNMRに併設される超高感度化システムを創ることでイノベーションを起こすことが我々の目標です。

1.材料化学の導入比表面積の大きなナノ材料の利用

従来のtriplet-DNPの研究では密な有機結晶が用いられてきましたが、偏極したいターゲット分子をその結晶中に導入できないため、高感度化が困難でした。我々は材料化学者として比表面積の大きなナノ材料をtriplet-DNPの分野に導入してきました。多孔性金属錯体(metal-organic frameworks, MOFs)やナノ結晶のtriplet-DNPに世界で初めて成功し、生体分子や水を室温かつ連続的に高核偏極化することに挑戦しています。

【これまでの研究例】

MOFのtriplet-DNPJ. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 15606-15610. 

MOF中のゲスト薬剤のtriplet-DNP:Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 61, e202115792.

液体の水のDNPJ. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 18023-18029. 

2.オリジナルな偏極源:生体分子や水の高感度化を可能に

従来のtriplet-DNPでは主に市販のペンタセンのみが偏極源として用いられてきましたが、ペンタセンは空気中で不安定であり、また溶媒にもほとんど溶けないという欠点がありました。そこで我々は化学者としてペンタセンでない偏極源を合成・開発してきました。電子吸引性の窒素原子を入れることで空気中で安定な偏極源を初めて開発し、水溶性の偏極源を合成することで氷のtriplet-DNPにも初めて成功しました。また、ポルフィリン誘導体を生体適合性偏極源として用い、生体分子のtriplet-DNPにも初めて成功しました。

【これまでの研究例】

空気中で安定な偏極源J. Phys. Chem. Lett. 2019, 10, 2208-2213. 

水溶性偏極源Chem. Commun. 2020, 56, 3717-3720. 

生体分子のtriplet-DNPJ. Phys. Chem. Lett. 2021, 12, 2645-2650.


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