生態環境:向日葵荒原


向日葵荒原は、突発的で非永続的な、現在進行形で変化を続けている森林環境である。ヒマワリ由来のタンニンが土壌に浸透しているために他の植物がほとんど定着できず、結果として生存競争の生じない、ヒマワリのためだけのいびつな環境が形成されている。地中の有害物質に多くの植物種が適応できず、植物・動物ともに生物多様性に異常なまでの欠如が見られながら、ヒマワリ科の植物だけが鮮やかな花を咲かせている__その異様な光景から、その名前がつけられた。

ここはほぼ一年を通して、まさしく緑の砂漠である__立ち並ぶ樹木ヒマワリは一見活力に満ちていて美しくすら思えるが、その実致命的に食糧を恵むものが不足している。あったとしても、せいぜいヒマワリの葉を食べるわずかな昆虫が、それよりもさらに数が少ない鳥たちの糧となっているくらいである。比較的食料の豊富な秋には草原からいくらか渡ってくるものたちもいるものの、それ以外の季節には、隣接する草原や森林からまれに迷い込んでしまう例を除けば生き物の姿はほとんど見られない。

ここに根を張る植物は大抵がざらざらと筋張っていて、消化するには骨が折れる代物である。これらを栄養分として吸収することができるのは高度な適応を遂げた植物食動物に限られるのだが、そこまでの進化を遂げた鳥類が現れるのはまだ先の話である。だが、この植物も悪いことばかりではない。花が枯れ葉も落ちる冬になると、強靱で乾燥した幹が風雨から生物を守る天然のシェルターになるのである。


この環境において現状注目すべき数少ない定住者は、齧歯類(ネズミの仲間)の生態的地位を埋めるように進化した多種多様なモグラコオロギmole-cricket)たちである。これらの大型昆虫は、厳しい時期は地下に伸びる植物の根や塊茎にかじりついて乗り切り、また地表に落ちた種子を大量に集めては隠し部屋に溜め込むという習性を持っている。現在地球上に生息する種とは異なり、セリナで新たに進化したこのコオロギはしばしば季節をまたいで生き続けるために体格が大きくなり、また霜が降りる頃になると比較的温暖な地中深くに潜り冬眠することで越冬することが可能となった。仮に冬を乗り越えることができず死んだ個体がいたとしても、多くの個体は1年目の夏が終わるまでに繁殖を行い、次の春が始まるとともに卵がふ化し新たな世代が生まれるためにあまり問題になることはない。

向日葵荒原に巣を作る数少ない鳥たちにとって、春に大群を成して地上に出てくるモグラコオロギの幼虫は子を育てるのにうってつけの栄養源である。体長1センチメートルにも満たない大きさで生まれてくるこれらのコオロギは、ふ化した後一斉に地上に現れることで、少しでも生きて生息域を広げることができるような進化を遂げた。これによって、誕生から2週間と経たずに95%以上の個体が捕食される環境下でも問題なく子孫を残すことができているのだ。

本来であれば、これらの幼虫たちは春に入ってからおよそ2、3週間ほど経った、気温が安定して温暖な時期にふ化を迎える。ところが、秋に餌となる種子が充分に実らないようなことが起きると、大多数の成虫たちは繁殖に必要なタンパク質を満足に摂取することができず、結果としてその次の春に生まれてくる個体数が大幅に激減することになるのである。10年ほどの周期で訪れるこの凶作の年には、コオロギの一斉ふ化を見越して事前に産んだ卵から誕生したヒナを養えるだけの餌を親鳥が与えてやることができず、甲虫やアブラムシといった他の昆虫たちが姿を見せ始める数週間後を待たずして鳥たちが次々と餓死していくという光景がまま見られる。


夏真っ盛りの3週間の間にしか花を咲かせないにもかかわらず、ヒマワリはここに住むミツアリ__ほとんど針のないハチのような生態をもつようになったアリの分類群__に花粉と蜜を提供している。夏の間に調達した餌だけでミツアリがこの環境下でうまくやっていけるのは、何よりも働きアリたちのおかげである。餌を集める働きアリは、ヒマワリの開花の数週間前に羽化してから花がしおれる時期に寿命を迎えるまでという短い間に少しでも多く1年分の食料を収集し、女王アリたちのための貴重な栄養源として貯蔵する。その後、飛行能力を持たないごく少数の働きアリが、再び夏が訪れるまでの間、巣穴を完璧に保ちつつ、巨体で動かず、その上ほとんどの時間を休眠に近い状態で過ごす女王の世話をする役目を負うこととなる__極端に短い期間にしか採集できない食料を1年通してできるだけ消費を抑えながら保管する必要があるため、この地域に住む種の女王アリは年に2回程度しか産卵を行わないのである。

様々な巣の中には、開花の季節に備え働きアリが羽化してからあまり時を置かずに、繁殖力を持つ雄アリと新たな女王アリが現れるものもある。この一群は巣の中にある収穫物をあらかた食べてから、脚をかごのようにして次の春まで利用できる量の花粉と蜜を携えて、新たな巣となる場所を見つけ交尾を行うために大空へと飛び立っていくのだ。だが、雄たちには厳しい運命が待ち受けている。やっとのことで巣となる土壌の柔らかい場所を見つけ、穴を掘った空間で交尾を済ませた直後に女王が雄を捕食してしまうのだ。こうして女王アリは一度に大量のタンパク質を摂取して、来春の産卵に向けて英気を養うのである。

向日葵荒原の地下に張り巡らされたミツアリの巣に蓄えられた糖分は、実りの季節でない時期に動物たちが利用できる栄養満点の数少ない食糧源であり、時たまこの地を通りがかる甘いものに目がない鳥たちに失敬されることもある。とはいえ、巣は広範囲に散り散りになっており見つけるのが難しいために、その他の生き物たちの主要な食糧にはなりえていない。一方で、カッコウテントウ__ミツアリの巣に寄生して幼虫の時にはアリの卵、成虫になると蓄えられてあった食物をむさぼり食う水滴ほどの大きさの昆虫__を始めとする一部の小型節足動物のように、アリの巣内部の食糧を利用する特殊な進化を遂げたものも存在している。