創造紀元1000万年の世界


上図:温暖で危険の少ないセリナの浅瀬には、1000万年前と比較にならないほど大型化した様々な生き物たちが暮らしている。日の差し込むこの海域では、プラティやソードテールの血を引く体長6フィート(およそ1.8メートル)の大型胎生魚類が、人間大のウミウシや色鮮やかな巨大ザリガニとともに海藻を食んでいる。しかし、ここに住む生き物たちは、浮遊藻類に潜むセリナ最初期の海の捕食者__カマスのような姿をした肉食性ソードテールの1種__に気をつける必要があるのだった。

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現在あらゆる面で安定しているこの世界も、間もなく大きな変動に見舞われることだろう。創造世__全てが始まった時代__も、ついに終わりを迎えつつあったのだった。セリナはこの後数万年をかけて地殻変動が進み、それに伴って気候が劇的に変化することとなる。アンシスカとストリアタの両大陸が分裂して海流が変化する一方で、ストリアタ大陸が南に移動してワールテリアと衝突したことで内海が閉じ、荒涼たる大山脈が形成された。これによって世界的な寒冷化が始まり、世界中を覆っていた熱帯地域の大部分が温帯地域に取って代わられることになるのである。

この時代からあと数百万年もしないうちに、山なりに曲がったリボンにも似た形をした超大陸シーラスは、広がる海によって分かたれ、南北に平行して伸びる2つのそれぞれ別の大陸となる。そして、この2つの陸塊は、今後1億年以上にわたって並立し続けることになるのだった。

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1000万年という年月は、セリナの世界が創造されたその時からは想像も付かないほどの変革を遂げるのに充分な時間であった。生き物たちは、産声を上げたばかりの空っぽの生態系を急速に埋めるように繁栄し、進化し、多様化していった。これらの種は祖先の面影をまだある程度までは残しているが、幾星霜もの永きにわたって世代を重ねた結果、次第に地球上にいた祖先とは似ても似つかぬものになってきている。

現在では、海洋において頻発していた生物たちの死滅もあまり見られなくなった。個体数の多い小型の生き物たち__甲殻類、カイアシ、そして魚類__が、消費するものがいないために深い海の底で数メートルにわたって堆積しているマリンスノー__太陽の差し込む海面付近から暗い深海へと降っていく有機物の破片__を食糧として利用するために海の深層部への適応を果たし始めたのだ。こうして海底と海面とを行き来する生き物が現れたことで、その流れに沿って海の広い範囲で生物たちが生きるのに必要な栄養分や酸素が循環するようになったことで水流の停滞がなくなり、海中の生態系はようやく安定を見ることになったのであった。


過去数百万年にわたって微少な栄養素の形で深海底に沈殿していた炭素が海面近くにまで戻ってきたことで、太陽光の当たる浅い海域では植物が健やかに成長できるようになった。その一方で、海洋の環境が安定して強固なものになるに伴い従来有害な物質を発生させていた細菌や菌類が海を埋め尽くすということもなくなっていったのである。

このようにして鳥の世界の海洋が浄化されていくにつれて、海に棲む魚類と無脊椎動物の多様性は記録的な増大を見せた。日の光が照らす浅い海では、規格外の大きさにまで成長した海藻等の藻類が、競合相手のいない世界で、さながら海岸に広がる草原のように海底を埋め尽くしている。外洋ではこの豊かな環境の中で、サルガッスム属(Sargassum、アカモクやヒジキを含む)やそれに近縁な藻類は数十マイルの広大な範囲にわたって海面近くにリーフ礁。海底の中でも突起して海面に近い部分。原作者は、サンゴ礁のような、ある生物が密集することで形成される生態環境を指してこの語を使用しているを形成し、エビや魚類、海棲カタツムリや二枚貝などの数多の小型生物たちの絶好の住処となった。このリーフは海流に乗って絶えず移動し続ける性質があり、一部の貝類の中には祖先のような岩場に固着する生態を捨てて、これらの浮遊藻類とともに優雅に海を渡るものも現れている。

カイギュウやウミガメ等の存在しないこの海でも、これらの植物は文字通り数億の草食動物たちの繁栄を支えている。大小様々な生き物たちが群れを成す中でも、トゥースド・カープToothed carp)の存在感は桁違いだ。軽自動車に迫る体長を誇るこのコイのような巨大魚は、しかしながらかつて水槽でペットとして飼育されていた赤や黄色の小さなプラティの子孫である。この魚たちはもっぱら砂に覆われた浅海底付近に集団で生息しており、掃除機のような下向きの口で豊富に生い茂る海藻を根こそぎ平らげている。また、そのすぐ近くで人間よりも巨大な体躯をした大ウミウシ__腹足類としては史上最大級である__が群れを成しているのもよく見られる光景となっている。


河口から運ばれてくる堆積物によって、陸地は次第に海へと向かってその面積を拡大させていた。この新たに出現した環境に真っ先に根を下ろしたのは、極端に劣悪な地域を除いた世界中のほぼ全ての環境に適応することに成功していたタケであった。最後に残された新天地に最初の生態系を築くにあたって、これらの植物は地球のマングローブと似た、体内組織から塩分を排出する機能を発達させ、海岸沿いへと着実に足を広げ始めている。

こうして勢力をさらに拡大させていたタケは、小さな頼れる軍隊__ハキリアリ__を引き連れていた。捕食者の台頭によって窮地に立たされていたハキリアリたちは、しかし、タケの内部の空洞に巣を作る新たな種の出現によってその多様性を元の水準まで回復させつつあった。硬いタケの殻の内部に巣を作ることで、アリたちは地中の捕食者の攻撃から守られるのみならず、ずかずかと巣に入り込んでくるならずものたちや巣内に寄生するもの__これら数多の昆虫たちは、アリの運んできたものを最大限に利用することで安全に大きく育つことができるようになり、現在では地球上の種の数百倍__中には数千倍__の大きさに達したものもいる__による様々な問題に悩むこともなくなった。

一方、地上ではアリを主食とする鳥たちが現れ、それに伴って地中棲のアリたちの多くが脅威にさらされるようになったものの、タケの硬い殻を破って中の獲物にありつけるものはほとんどいなかった。しかし、例外は往々にして現れるものである。この小柄で明るい色をした昆虫食性の鳥は、未だ基底的なカナリアの外見を色濃く受け継いではいるものの、驚くべきことに細長い枝をくわえて小さな出入り口に突き刺してほじくることで、巣穴の中の獲物を文字通り釣り上げるすべを編み出した。アンシスカ南部を原産とするこのツールフィンチToolfinch)はこの画期的な能力によって成功を収め、新たな生態的地位を切り拓きつつ超大陸全土に定着し始めている。


現在までの500万年の間に、あらゆる地域で鳥類の多様性は記録的な増加を見せた。目立たなかったかつての種子食の種の系統から、肉食の種、昆虫食の種、陸上に居を移した種、そして数多くの草食の種が現れ、ついに真に新たな科を形成するに至った。鳥たちは北極から南極まで、鬱蒼とした森から開けた海岸まで、広く世界中に勢力を拡大させていった。一方で、肉食と草食の一部グループの中には、豊富な食糧と天敵のいない環境を求めて海に目を向けるものも現れている。

野鶏のように大地を走り抜ける種もいれば、木々の間を颯爽と飛び回りながら細長いくちばしで昆虫たちをつまみ上げるものもいる。いくつかの種は水草や川魚、水中の昆虫やそれ以外の無脊椎動物等の河川の資源に目を付けており、中でもポンドダイバーのような一部の種は、深さ数メートルに達する川底まで潜水し、そこに住む昆虫等の獲物を泳いで捕まえることすらもやってのける。

純粋な捕食動物と言える系統も、シュリーカーだけでなくいくつもの陸上生活者たちからも分岐し始めている。前者がいっそう鋭さを増したくちばしとたくましい鉤爪で空飛ぶ鳥を狩るように進化しているのに対し、後者らは走行性の捕食者としての適応を強めている__といっても、現時点ではまだ昆虫くらいの大きさの獲物を捕らえるので精一杯だが。

内陸環境では草食動物と肉食動物がしのぎを削るように進化を続けていたが、莫大な食糧の供給もあって草食動物は天敵に捕食されないほどに大型化し続け、ついには巨大生物と言えるサイズのものたちも現れてきた。これらの植物食鳥類の中には、この星の歴史上初めて数百ポンドを超えた巨鳥も含まれる。この最初の巨鳥たちはその体躯の大きさから捕食者の襲撃を心配する必要がなく、そのため他の鳥類のような速く走るための脚と持久力、そして敵に対する防御能力を発達させることはなかった。かれらは概して鈍臭く、また成長も遅く、足の短いのろまな動物であった。でっぷりと太り警戒心もなく、その上あまりにも肥えすぎている第2世代の飛べない鳥たち1は、以前のような最初期の形態ではないものの、依然として未熟で尚早な進化における実験的な種にすぎず、これらがこの先生き残り続けることができるかは甚だ疑わしい。現在、いわば生態系の空白とも言える状況によって引き起こされた無秩序な巨大化が、この急速に変わり続ける世界でどこまで持続できるかは未だ不明瞭ではあるものの、少なくとも今のところは問題ない範囲に収まっているといえるだろう。


様々な種類のタケが地球上で言うところの広葉樹の生態的地位を埋めていく傍ら、被子植物もまた大きく発展を遂げつつあった。温暖湿潤な熱帯地域でクローバーが低木ほどの大きさにまで達する一方で、あまり雨に恵まれない乾燥した平原では、奇妙な形をした幹を持つ花々があちらこちらに散らばっているのが見られる。タンポポの子孫に当たるこの頑丈な植物は競争相手のいない環境において、その祖先からは想像も付かないほどに大きく成長した。かつては地下に広がるのみだった樹木質の根茎が地上まで伸びるようになり、今では地上から5フィート(およそ1.5メートル)付近の高さに葉を付け、そして花を咲かせるようになったのだ。この適応は、小型の植物食動物に食べられるのを防ぐと同時に、他の草本よりも高い位置まで背丈を伸ばすことで競争を避けるのに大いに役立っている。

針葉樹の存在しないこの世界においては、直径3フィート(およそ1メートル)におよぼうかという花を特徴とする巨大な多年生のヒマワリ竹林地帯と草原地帯の中間程度の湿度にある温帯森林の基盤を形作っている。これらの植物は冬になると地上に出ている部分は枯れて土に帰るものの、暖かい春が来ると再び成長を始め、短い期間で15メートルの高さに達して再び花を咲かせ、種を付けるのである。これらの自然の恵みは、季節に伴う気候の変化及び餌となる多種多様な種子の成熟に伴って数十億単位の群れを成して大陸を縦断する渡り鳥たちにとっての絶好の栄養源となっている。

このヒマワリの森林は乾燥する夏の終わり頃にしばしば火災に見舞われるのだが、地下の根さえ生き残っていれば季節の変わらないうちに成長しきるそのしぶとさによって見事に環境への適応を果たしており、地球上の針葉樹林よりも安定性に優れている。だが、その過不足ない環境に比して生物の多様性は少ない。ここにいる生き物たちは、しかし年中通して定住しているわけではなく、大半は食糧と住処がなくなる冬の間によりよい場所を求めて去ってしまうのである。


土にうごめくミミズやコオロギ、そして何よりもアリの中には、地中における競争相手がいないのをいいことに大型化の道を歩むものも存在する。超大陸北部の地下深くでは体長30フィートおよそ9メートルを超すミミズが当たり前のようにおりワールテリア南部の平原で夜闇の中を徘徊する、植物の根の汁を吸うウサギ大のコオロギには、4インチ(およそ10センチ)ほどの大きさの祖先の面影はない。さらには、夜にねぐらに忍び込んで自分と同じ程度の体格の鳥を捕食する種すら現れている。一部の鳥たちも地中での生活への適応を始めつつあったが、この時点においては無脊椎動物がすでに優位に立っていたために、脊椎動物の入り込む余地はほとんどなかった。そもそもカナリア自体が土の中で暮らすことのできる体のつくりをしておらず、できたとしても爪で地表を幾分か掘り起こしてくぼみを作るのがせいぜいであるため、未だに先住者たちと競合できるだけの力を持っていないのである。

最大の昆虫食性の鳥がカモメよりもわずかに大きいか大きくないかという程度のサイズでしかない現状、無脊椎動物の天下は__少なくとも一つの生態環境においては__この先数千年は続くことになりそうである


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1 原作者注;創造世初期に存在した地上棲鳥類たちが、アリの急速な台頭によってまたたく間に姿を消したことを思い起こしてほしい。詳細はこちらを参照のこと。