物質は、原子が規則正しく並んだ「結晶構造」を持つものが多く知られています。しかし、今回私たちが注目した層状物質「NaSn₂Pn₂」(PnはリンPまたはヒ素As)は、X線でみると綺麗な結晶構造を持つにもかかわらず、原子レベルでは構造が乱れている「ミクロな乱れ」を持つことが知られていました。この物質は、温度を下げると電気抵抗がゼロになる「超伝導」という現象を示します。興味深いことに、リン(P)を使ったNaSn₂P₂は、ヒ素(As)を使ったNaSn₂As₂よりも高い温度で超伝導になります 。なぜ組成が少し違うだけで超伝導の性能が向上するのか、その謎を解明することが研究の目的でした。
この謎を解き明かすため、私たちは「核磁気共鳴(NMR)」および「核四重極共鳴(NQR)」という手法を用いました。これは、医療機器のMRI(磁気共鳴画像)と同じ原理で、物質の中の原子核(Na, Sn, P, As)の状態を原子ごとに”聴き分ける”ことができる強力な分析手法です 。この手法により、それぞれの原子の周りにいる電子がどのような状態にあるのか(=局所的な電子状態)を詳しく調べることができます。
実験の結果、NaSn₂As₂だけでなく、超伝導温度が高いNaSn₂P₂でも、スズ(Sn)原子の周りの電子の状態が大きく乱れていることがわかりました 。これにより、この物質系に共通する特徴として「ミクロな乱れ」が存在することが実験的に確認されました 。この物質は、スズ(Sn)とリン/ヒ素(Pn)からなる「SnPn層」と、ナトリウム(Na)からなる「Na層」が交互に重なった構造をしています(図1参照)。NMR測定により、電気伝導を担う電子は主に「SnPn層」に存在し、「Na層」は電子がほとんどいないスペーサー(仕切り)の役割を果たしていることが明確になりました 。最も重要な発見は、なぜNaSn₂P₂の方が超伝導温度が高いのか、その原因を突き止めたことです。理論計算では、NaSn₂P₂の試料には一部のナトリウム(Na)原子が欠けた「Na欠損」があり、それによって超伝導を担う電子の数(状態密度)が増えるためではないかと予測されていました 。私たちのNMR測定の結果は、この理論予測を実験的に裏付けるものでした 。Na欠損によって電子状態が変化し、結果として超伝導が起きやすくなっていたと考えられます。
本研究は、NaSn₂Pn₂という層状超伝導体において、超伝導性能を決定づける要因が「Na欠損に伴う電子状態の変化」であることを実験的に明らかにしました。これは、一見不規則に見える「ミクロな乱れ」や「原子の欠損」を意図的に制御することで、より性能の高い超伝導体を設計できる可能性を示唆するものです。また、理論計算の予測をNMR/NQRという実験手法で検証し、物質の局所的な性質を解明する上で非常に有効なアプローチであることを示しました。
本研究は、後藤陽介先生(東京都立大)、水口佳一先生(東京都立大)との共同研究です。
Shota Nakanishi, Yusuke Nakai, Yosuke Goto, Yoshikazu Mizuguchi, Takuto Fujii, and Takeshi Mito
Site-Selective NMR/NQR Study on Layered Tin Pnictide Superconductor NaSn₂Pn₂ (Pn = P and As)