SmB₆(六ホウ化サマリウム)は、電子同士の強い相互作用によって低温で電気を流しにくくなる「近藤絶縁体」です。一方、約4 K以下では電気抵抗の増加が止まり、試料表面を電流が流れている可能性が指摘されています。そのため、内部は絶縁体、表面は金属という性質をもつ「トポロジカル近藤絶縁体」の候補として注目されています。ただし、極低温でどのような電子の揺らぎが残っているのかは、まだ十分に解明されていません。本研究では、SmB₆に含まれる二種類のホウ素同位体、¹¹Bと¹⁰Bを用いた核磁気共鳴(NMR)によって、この問題を調べました。
NMRでは、磁場中に置いた原子核へ電波パルスを加え、原子核の磁化がつくる信号を観測します。二つのパルスの間隔を変えると、「スピンエコー」と呼ばれる残響信号が次第に弱くなります。この減衰時間 T2 は、原子核同士の相互作用や、周囲の電子がつくる局所磁場の揺らぎに敏感です。一般的なNMR研究でよく測定される T1 が、原子核から周囲へのエネルギー放出を表すのに対し、T2 は原子核集団の回転運動が互いにずれていく速さを表します。本研究は、SmB₆についてこれまで詳細な報告がなかった T2 に注目した点に特徴があります。
¹¹Bのスピンエコーは、単純に減衰するのではなく、波打ちながら小さくなりました。詳しく調べると、周期の異なる二種類の振動が重なっていました。短周期の振動は、原子核の電気四重極モーメントと周囲の電場勾配との相互作用によるものです。一方、長周期の振動は、隣接する¹¹B原子核の磁気モーメント同士が直接及ぼし合う、核双極子相互作用に主として由来します。つまり、¹¹Bの測定では、調べたい電子状態の効果が、原子核同士の相互作用によって一部覆い隠されていました。
そこで研究グループは、¹⁰BのNMR測定を行いました。天然存在比は¹¹Bが約80.2%であるのに対し、¹⁰Bは約19.8%です。そのため、¹⁰B核のすぐ隣に同じ¹⁰B核が存在する確率は低く、核同士の直接的な双極子相互作用は大幅に弱くなります。実際、¹⁰Bのスピンエコーには、¹¹Bで見られた長周期振動が現れませんでした。4~120 Kでは、¹⁰Bの緩和率 1/T2 はNMRスペクトルの線幅とほぼ比例しました。この結果は、電子状態が生み出す不均一な局所磁場が、スペクトルを広げると同時にスピンエコーを減衰させていることを示します。
最も興味深い結果は、約4 K以下で¹⁰Bの 1/T2 が再び増加したことです。同じ温度領域で、バルクの磁気的性質を反映するナイトシフトやスペクトル線幅には対応する増加が見られませんでした。したがって、この低温の T2 緩和は、従来のバルク電子状態だけでは説明しにくい、新しい緩和経路を示しています。この異常が現れる4 K以下は、SmB₆で表面伝導が現れると考えられている温度領域と一致します。そのため、トポロジカル表面状態またはそれに関連する低エネルギー揺らぎとの関係が示唆されます。ただし、本研究だけで表面状態が原因だと断定することはできません。磁場依存性や試料サイズ・表面状態を変えた測定など、追加の検証が必要です。
Tomoki Nishikawa, Shogo Yoshida, Taichi Tanaka, Takuto Fujii, Yusuke Nakai, Fumitoshi Iga, and Takeshi Mito
Investigation of 10B- and 11B-Nuclear Spin-Echo Envelope in Kondo Insulator SmB6