令和7–9年度の3年間、学術変革領域研究(B)「翻訳と反応場から考える蛋白質の新しい社会像」(翻訳と反応場)が採択されました。
蛋白質(タンパク質)は、私たち生命になくてはならない物質です。蛋白質は、mRNAから翻訳されたのち、フォールディング・複合体形成・輸送・局在化といった多段階の過程を経て、それぞれの機能を発揮します。どうも私たちヒトは、物事を分かりやすくシンプルに理解したがるようです。ふと生命科学の教科書に目をやると、これらの過程は、あたかも一つ一つ決まった順序で、それぞれの過程が別々に起こっているように描かれています。ですが、それは蛋白質の本当の姿なのでしょうか?
最新のデータ、私たちが隠し持っているデータからは、そうではない姿が浮かび上がりつつあります。いうなれば、「蛋白質が機能を発揮するまでの過程は、まるで人間社会のサプライチェーンのように多彩である」姿です。日本で織った着物をアメリカに輸出するのは理にかなっていますが、日本で握った寿司をアメリカにデリバリーして食べてもらうのは流石に無理がある。同じように蛋白質も、それぞれの製品に合わせて、製造・加工・運搬・受取・消費といった過程を、どういう順番で・どこからどこまでをまとめて・どこでやるのか、しなやかに最適化している。そんな姿が見えつつあります。
そこでこの領域では、蛋白質が作られる過程である「翻訳」から、蛋白質が実際に機能する「反応場」までの一連の流れを、まるっと捉える新しい蛋白質研究に挑戦します。これにより、蛋白質が翻訳されてから反応場で機能するまでの各過程の順序や組み合わせが、教科書にあるようなシンプルな姿ではなく、むしろ人間社会のサプライチェーンのように多彩である姿に光を当てることで、「蛋白質の新しい社会像」を開拓する。これが私たちのミッションです。この領域には、それを可能にする「ひみつ道具」の使い手たちが集まっています。
分かりやすくシンプルに理解したい。そんなヒトの性をあざ笑うかのような蛋白質の後ろ姿を追いかけて、3年間、力一杯走ります。一緒に走ってくれる方、同じような方角に向かって走っている方がいれば、いつでもご連絡ください。
生命を支える重要な分子である蛋白質(たんぱくしつ)は、mRNA上の遺伝情報をリボソームが読み取り、アミノ酸をつないでいくことで合成されます(翻訳)。
蛋白質は合成直後は1本の紐のような形をしており、その後きれいに折りたたまれて適切な立体構造をとり(フォールディング)、ほかの蛋白質と合体して(複合体形成)、細胞内のどこかへ運ばれ(輸送・局在化)、最終的にその機能を発揮します。
これまで、これらの過程は1つ1つ順を追って進められていくと考えられてきました。例えるなら、工場でベルトコンベアに乗せられた部品が組み上げられていくようなイメージです。
しかし最近、これらの素過程が蛋白質ごとに状況ごとにしなやかに最適化されている様子が浮かび上がってきました。
蛋白質の合成がまだ完了しないうちから他の蛋白質と合体したり、しかもそれが細胞内の特定の場所で起きたりしています。また、ある場所で合成した蛋白質を別の場所に持っていって合体させ、もとの場所に戻して使ったりすることもあります。
つまり、蛋白質も人間社会のように、作る・加工する・運ぶ・受け取る・消費するといった素過程を、製品や消費者などの都合に合わせてケースバイケースに最適化しているようです。
そこで、この領域では、蛋白質が作られる過程である「翻訳」と蛋白質が実際に機能する「反応場」 という蛋白質の始点と終点の両方に注目し、この間の各素過程の順番や組合せが最適化されている姿を、最新技術を駆使して明らかにしていきます。