基盤研究(A)

日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)(海外学術調査) (平成27~29年度)

「越境ヘイズの影響を受けるマレーシアPM2.5の性状・発生源・健康リスクの総合評価」

JSPS Grants-in-Aid for Scientific Research (A)  (Overseas Academic Research) (FY2015-2017)

Integrated evaluation of PM2.5 affected by transboundary haze in Malaysia from the viewpoints
of characteristics, emission source and health impact


 研究代表者:東野 達
 研究分担者:亀田貴之(京都大学エネルギー科学研究科),高野裕久(京都大学工学研究科),松井康人(京都大学環境安全保健機構),
  藤井佑介(埼玉県環境科学国際センター,現 大阪公立大学)
 研究協力者:奥田知明(慶應義塾大学理工学部), 本田晶子(京都大学工学研究科),Haryono Setiyo Huboyo (Diponegoro Univ.), 
                Puji Lestari (ITB), Mohd Talib Latif (UKM), Mastura Mahmud (UKM), Regina Hitzenberger (Univ. of Vienna)

インドネシア泥炭火災と環境問題

近年,気候変動・土地利用変化によって世界各地で多発する大規模な森林火災等のwildfireや野焼きなどのバイオマス燃焼は,生態系の破壊や大量の温室効果ガス・エアロゾルの発生を伴い、その環境や社会への影響が世界的に問題となっている【UNEP, 2022a。特に,東南アジアでは稲わら等の野焼きだけでなく,乾季に発生するインドネシアのスマトラ島やカリマンタン島における泥炭火災に伴って莫大な量の温室効果ガスが放出されるとともに,同時に発生するエアロゾル(ヘイズ)による国内や周辺国への越境大気汚染による人の健康や社会経済的影響が1990年以降深刻化し,同時に生物多様性の毀損も生じている。インドネシアは熱帯地域最大の泥炭面積Joosten, 2009; UNEP, 2022bではブラジルに次ぐ第2位を有しており,乾季における泥炭火災の発生には,エルニーニョなどの自然環境要因だけでなく,野焼きによる開墾,焼き畑,泥炭地森林の伐採泥炭表層の乾燥化などと係わるパーム油プランテーションの開発(グローバルサプライチェーンを介したパーム油消費と関係【Shigetomi et al., 2020】)の社会経済的要因も関与している。下図は,こうした環境・経済・社会の視点からインドネシア泥炭火災による環境問題,特にヘイズによる大気汚染と係わるエアロゾルの性状に重点をおいて,DPSIRフレームワーク研究のトップページ参照に基づいて表現したものである。なお,UNEP(2022a)はwildfireの危機管理に必要な要素として5R(過去の事象データのReview and analysis, 土地利用計画などのリスク低減策であるRisk reduction, 地域や消防の準備のReadiness, 火災発生時の管理行動 のResponse,および火災発生中と事後の復旧対応のRecovery)を挙げている。


環境・経済・社会的要因からみたインドネシア泥炭火災に伴う環境問題のDPSIRフレームに基づく図解。状態(State)は泥炭火災に伴うヘイズによる大気汚染と係わるエアロゾルの性状の特性化に重点をおいている。(Fujii and Tohno, 2023)

研究概要

本研究では,国内発生源とインドネシア泥炭火災エアロゾル(ヘイズ)などの越境汚染源の寄与が混在したマレーシアPM2.5について,発生源プロファイル及びヘイズに固有な指標成分を明らかにし,発生源寄与率を推定するさらに,観測および室内実験から,越境輸送中のヘイズの変質過程を解明するとともに,実試料および室内実験生成試料を用いて呼吸器系・免疫系を中心にin vitro 影響評価から,健康影響決定要因(化学物質群)を明らかにするこれらの影響評価値と,発生源プロファイルに基づいた曝露評価値とから,そこに居住するヒトの生活パターンに応じた健康リスクを定量化することを目的としており,UNEP(2022)の5RのReview and analysisに相当する。なお、本研究は科研費交付期間終了後も大阪公立大学・藤井佑介准教授を中心として継続・発展している。

1PM2.5の性状特性と変質過程の解明及び発生源同定

2.PM2.5の健康影響評価

研究成果の概要(科研費交付期間)

1年間捕集したマレーシアPM2.5の80種以上の無機・有機成分分析と,インドネシア,リアウ州の泥炭火災発生地点での集中観測から,発生源と影響受容域におけるPM2.5の性状特性を明らかにした。特に有機成分の分析データに基づいて泥炭火災発生源固有の新規な指標(OP/OC4)を提案し,火災によるヘイズ期に一部有機成分の大気輸送過程での2次生成を示唆する結果を得た。さらに,包括的な年間観測データに対してPMFモデルを用いてマレーシアの年平均PM2.5濃度に対する泥炭火災寄与率が30%にも達することが初めて示された。また,ヘイズ期に捕集されたPM2.5に含まれるPAH誘導体成分の一部と細胞影響(抗原提示細胞CD86発現性)との間に相関が認められ,呼吸器疾患の悪化に関与する可能性が示唆された。

We analyzed over 80 inorganic and organic components of PM2.5 during a 1-year sampling campaign in Malaysia. Intensive field studies were also conducted at peatland fire sites in a Riau province of Indonesia during the fire episode. These studies demonstrated the different chemical characteristics of PM2.5 at the source and receptor sites. On the basis of the analytical data, we proposed a new key indicator of Indonesian peatland fire (IPF), and secondary formation of some PAH derivatives was suggested for the haze samples associated with the peatland fire during their atmospheric transport. Furthermore, we firstly revealed that IPF contributed to about 30% of the annual average PM2.5 concentration in Malaysia by PMF (Positive Matrix Factorization) model with annual comprehensive observation data. In addition, we found significant correlations between biological effects (CD86 expression on antigen presenting cells) and concentrations of some PAH derivatives of the haze samples. These results suggest that those components have the potential to exacerbate respiratory diseases.

マレーシアUKMにおけるPM2.5サンプリング
(High Volume Sampler使用)

インドネシア,スマトラ島,リアウ州の泥炭火災(smolderingの状態)発生地点におけるPM2.5サンプリング (Low Volume Sampler使用)

Daily variations of the mass concentrations of PM2.5  and  OC fractions in  Petaling Jaya, Selangor, Malaysia from August 2011 to July 2012. (Fujii, et al., Atmos. Chem. Phys., 15, 13319-13329, 2015)


Variations of levoglucosan/mannosan ratio, OP/OC4 ratio, OC/EC ratio, and levoglucosan concentrations of TSP during storng haze (Period I), weak haze (Period II) and non-haze (Period III) in 2014 in Malaysia. Error bars indicate standard deviations. (Fujii, et al., AAQR, 16, 69-78, 2016) 

OP/OC4の値が,弱いヘイズ期でも泥炭火災の影響を示す有効な指標であることを示している。

Time series of source apportionment of PM2.5 during the sampling periods. Error bars indicate estimates of uncertainty ranges, which derive from an uncertainty of OM to OC conversion factor for Indonesian peatland fire (IPF) source. Source apportionment was conducted using PMF model. (Fujii, et al., Atmos. Environ., 171, 111-117, 2017).

1年に及ぶ捕集期間におけるPM2.5の平均質量濃度は20~21 μg/m³ と推定され,このうちインドネシア泥炭火災による寄与は約30%に達し,南西モンスーン季に限ると約51~55%を占める。

EEM (Excitation–Emission Matrix) spectra of HULIS in TSP samples collected in Bangi, Malaysia during non-haze, light haze and strong haze periods. (Graphical abstract in Fujii, et al., Sci. Total Environ., 753, 142009, 2021).

インドネシア泥炭火災によるマレーシアでのヘイズが強まるにつれてHULIS-Cの濃度(図の数値)が上昇しフルボ酸態フルオロフォアに相当するスペクトルの領域(赤)の強度が増大する。また,新たな成分の領域が出現している。                         

関連論文(査読

    文献調査に基づいて作成したインドネシア泥炭火災によるヘイズの化学組成等に関するデータ集(下記Excel file)は,Supplementary InformationとしてZenodoからダウンロード可能

学会発表