サシガメ科概論
サシガメ科概論
サシガメ科(Hemiptera: Reduviidae)はカメムシ目の一群で,カメムシ目カメムシ亜目トコジラミ下目サシガメ科に属する昆虫の総称である.
カメムシ亜目で2番目に大きなグループであり,世界に19亜科7000種ほどが知られている(研究によって諸説あり).ほぼすべての種が肉食性である一方で,形態的,生態的に多様であり,さまざまな環境から発見されるため,環境指標性の高い分類群であるといえる.さらに農業生態系においては害虫の天敵としても重要な役割を果たすため,応用分野での研究も期待される.
サシガメ科は形態的に極めて多様で,体長数mmのものから40mmを上回るものまで知られる.現在でも次々と新種が発見されている.このため,世界のサシガメの多様性の解明はまだまだ道半ばである.
サシガメ科の主な主な分布域は熱帯から亜熱帯地域であるが,日本の八重山諸島はその北端に位置しており,現在においても毎年のように新しい種が報告されている.
形態的特徴として,
1)複眼が発達し,頭部は長形.前葉と後葉の間に明瞭な溝を持つ.通常単眼は2個.首状部をもつ.
2)基本的に口吻第1節は頭部に埋まっており,外部から視認できる口吻は3節である(例外あり).太短く湾曲するが,稀に真っ直ぐなものや長いものを持つものもいる.
3)ほとんどの種で臭腺が退化し,前胸腹面中央部にヤスリ状部をもち,捕まえると発音するものもいる.
なお,カメムシ亜目で最大のグループはカスミカメムシ科(Miridae)だが,こちらは世界に8亜科しか知られていないが,これに対して7000種に対して19の亜科(後述)が知られるサシガメ科が種数に対していかに多様な分類群か,お分かりいただけるかと思う.
サシガメ科は動くものであればなんでも捕食するジェネラリスト捕食者のほか,アリやヤスデなど特定の分類群のみを餌とするスペシャリスト捕食者のものも存在する.加えて哺乳類や爬虫類などから吸血する種も存在し,これらは南米地域においてシャーガス病の中間宿主となっていることから,精力的な研究が進められている.
一方で,捕食性のサシガメの多くの種においては,上述の通り農業害虫に対する天敵としての役割が知られている.しかしながら,害虫防除資材としての役割を評価するためには圧倒的に研究が進んでおらず,生態学的知見はおろか,分類学的な研究もまだまだ道半ばの状況である.
日本ではおよそ120種類ほどが知られている.このほか不明種も複数存在しており,まだまだ研究の余地がある.
解説記事はこちら .
トビイロサシガメ
Oncocephalus assimilis Reuter, 1882
セスジアシナガサシガメ
Gardena brevicollis Stal,1871
オオトビサシガメ
Isyndus obscurus (Dallas, 1850)
キイロサシガメ
Sirthenea flavipes (Stål, 1855)
セマダラサシガメ
Reduvius yaeyamanus Ishikawa, Cai et Tomokuni, 2005
トビイロサシガメ
Oncocephalus assimilis Reuter, 1882
世界のサシガメ科の研究史
世界におけるサシガメ科の研究はAmyot & Serville (1843),Stål(1859, 1866)が最初である.その後Distant (1903),Usinger (1943),Davis (1957, 1961, 1966, 1969)などがそれに続き,多くの属を新設した.中でもマダガスカルのサシガメをまとめたFaune de Madagascar XXVIII: Insectes: Hémiptères Reduviidae (Villiers, 1968)の図版は大変美しく,マダガスカルのサシガメ科のファウナを知る上で欠かすことのできない文献である.このほか,N. C. E. Millerは主に東南アジアを中心に調査を行い,数多くの研究成果を出版した.ここでは数多くの種が記載されただけではなく,いくつかの特徴的な亜科が新設された.1960年ごろになると,アジア地域においてはHsiao,Renなど中国で優秀な研究者が台頭し,多くの論文が出版されている.これらの研究をまとめたものが中国蝽类昆虫鉴定手册 (半翅目异翅亚目)第二册(英名:A Handbook for the Determination of the Chinese Hemiptera-Heteroptera (2 Volumes) (second hand))であり,841枚の豊富な図版とそれに伴う解説は実に見事であり,第一册と合わせればサシガメ科だけではなく中国のカメムシ亜目を俯瞰できる極めて優れた書籍である.
また, Maldonado capriles (1990)による世界のサシガメ科のカタログは,現在でもサシガメ科の分類学的研究においては欠かすことのできない資料である.
このほかわかりやすい解説として,Weirauch et al. (2014)は世界のサシガメ科の各亜科について, 豊富な標本写真と検索表付きで詳しい解説を行っている.また,Schuh & Weirauch (2020)によるカメムシ亜目の教科書True bugs of the world (Hemiptera: Heteroptera)でも各亜科についての解説が行われている.興味のある方はぜひ参照していただきたい.
高次分類体系については近年大幅に研究が進んでいる.たとえば最近では,分子系統解析によってテングサシガメ亜科をビロウドサシガメ亜科に組み入れる分類が主流となっている(Forthman&Weirauch, 2017).また,ユミアシサシガメ亜科SaicinaeとVisayanocorinaeがアシナガサシガメ亜科Emesinaeのシノニムとなった上,アシナガサシガメ亜科が擁する5つの族が再編されて2族がシノニムになるなど,大きな改変もあった(Standring, Forero, & Weirauch, 2023).さらにこれまで消極的に分類されていた,いわゆる「ゴミ箱分類群」であるクビアカサシガメ亜科についてもDNAを用いた再分類が行われた (Masonick et al., 2024).多系統群であるクビアカサシガメ亜科は,先行研究において例えばその一部がオオサシガメ亜科にきわめて近縁であることなどが明らかになっていた (Hwang and Weirauch, 2012; Zhang et al., 2016).Masonick et al. (2024)はこの亜科を再編し,もともとクビアカサシガメ亜科であったZelurus属など一部の属をオオサシガメ亜科に組み込んだ.その一方でこれまで独立の亜科とされてきたSalyavatinaeやSphaeridopinaeなどがシノニムとなり,それぞれクビアカサシガメ亜科の一部に組み込まれた(族に降格).さらに,Heteropinae, Nanokeralinae, Pasirinaeといった3つの亜科が新たに設立され,クビアカサシガメ亜科のシノニムとされていたPsophidinaeが有効な亜科とみなされた.これらの処理によって,現在サシガメ科は19の亜科からなる科とされている.
Faune de Madagascar XXVIII: Insectes: Hémiptères Reduviidae
日本のサシガメ科の研究史
日本におけるサシガメ科の研究は,Thunberg (1784)によってビロウドサシガメが記載されたのが最初である.その後,Scott (1874), Horváth (1899)らによって日本から10数種のサシガメが日本から記載された.これに続き松村(1905; 1911; 1913),江崎(1916)など,戦前までに日本の研究者によっても盛んに研究が進められた.特に福井(1926)の研究ではヒメホソサシガメやセスジアシナガサシガメなどが図とともに国内から初めて紹介され,現在見ても非常に見応えのある図説となっている.
1989年の日本産昆虫総目録には計53種のサシガメ科がリストアップされている.1993年発行のカメムシ研究者のバイブルとも言える「日本原色カメムシ図鑑」では,掲載種数はその約半分である28種であった.
この後日本のサシガメ科の研究が大きく進展したのは,主に1990年末ごろである.国内のアシナガサシガメ属Gardena spp. (Ishikawa, 2005) やカモドキサシガメ属Empicoris spp. (Ishikawa, 2008),ユミアシサシガメ属Polytoxus spp. (Ishikawa & Yano, 2002),クビアカサシガメ亜科Reduvinae (Ishikawa et al., 2005)が相次いで整理された.このほか,シロスジトビイロサシガメOncocephalus heissi Ishikawa, Cai & Tomokuni, 2006 (Ishikawa et al., 2003),ヒメシマサシガメSphedanolestes albipilosus Ishikawa, Cai & Tomokuni, 2007 (Ishikawa et al., 2007)などが相次いで記載されるなど,国内の不明種が多く整理された(ishikawa et al., 2005; 石川・矢野, 2006).
この一連の研究の成果が反映されたのが,2012年発刊の日本原色カメムシ図鑑第3巻である.ここではサシガメ科は1巻掲載分と合わせて未同定種を含めて109種が掲載されている.その後に発刊された日本産昆虫目録(2016)ではサシガメ科は未同定種を含めて117種がリストアップされており,存在が知られている種が1989年から単純計算で約2倍に増加していることになる.その後もIshikawa & Naka (2016)によってウロアシナガサシガメProguithera kiinugamaが記載されたり,Nakamura & Okuda (2021)によって ムネナガホソサシガメNeothodelmus typicusが日本から初めて記録されたりするなど,研究は現在も進展し続けている.
一方で,ビロウドサシガメ亜科,アシナガサシガメ亜科,トビイロサシガメ亜科を中心にまだいくつも国内に未同定種が残っており,これらの種について同定・記載を進めていくことが今後の課題である.私はこのうちトビイロサシガメ亜科に焦点を当て,分類学的研究に着手している.
Canthesancus lurco Stål,1863
クロボシサシガメ
Oncocephalus assimilis Reuter, 1882
トビイロサシガメ
Pygolampis foeda Stål, 1859
ミナミホソサシガメ
Sastrapada oxyptera Bergroth, 1921
ヒメホソサシガメ