私が最も力を入れているのが,「アジア産トビイロサシガメ亜科の分類学的研究」です.この仲間は世界に112属750種が知られる,サシガメの仲間では中規模のグループで,熱帯を中心に汎世界的に分布しています.主に草地や樹林などの地表付近で発見されていますが,ほとんどのものが夜行性で,灯火で採集されること以外に詳しい生態はあまり分かっていません.ほぼ全ての種が茶色や黒などの目立たない色彩で,種間で姿形がよく似ている一方で,同種の雌雄がそれぞれ別種として記載された例も知られているなど,同定が難しいグループです.
日本列島が含まれるアジアはアフリカ,南米に並ぶトビイロサシガメ亜科の分布のホットスポットですが,これらの地域と比較して分類学的研究が大きく遅れています.特に1960年以前の研究については図版や記載が不十分であることなどから,全面的な見直しの必要性が提言されています.
私が研究に着手した2019年時点,日本においてトビイロサシガメ亜科は8属16種と複数の未同定種が知られていました.その後現在では9属20種が知られていますが,まだ複数の未同定種が残されています.このほかに,現在当てられている学名や所属などについて分類学的な再検討が必要と考えられる種も存在します.また,世界的に見て島嶼部の固有種が多いことが本亜科の特徴であり,多数の離島を抱える日本ではまだまだ未知の種が見つかる可能性があります.そして同時に,それらの種には開発や気候変動などによって絶滅の危機が迫っている可能性も高いと考えられます.ですが,名前のついていない昆虫は基本的に保全の審議の俎に上がることはありません.このため,これらの種を適切に保全していくためには,その正体を解明することが非常に重要な意味を持っています.
また,分類学的研究のみにとどまらず,餌や産卵環境など,生態学的な知見についても知見の蓄積が必要です.
そこで私は,日本にこのトビイロサシガメ亜科に属するサシガメが一体何種類分布しているのかを調べ,これらを体系的に整理することによって,種多様性の解明,さらにはこれらの仲間の国内での分布状況の把握に努め,必要に応じて適切な保全に役立つような研究成果の公表を目指しています.
日本から新種Pygolampis amamiko Okuda, Yoshikawa, & Ishikawa, 2024を記載(Okuda et al., 2024).
現在の居住地である佐賀県のカメムシ目相(どんなカメムシがいるのか)を調べています.佐賀県は九州屈指の広範囲の平野部(佐賀平野)を持ち,クリークと呼ばれる用水路が張り巡らされた特殊な都市環境を有しています.加えて有明海,玄海に面し,脊振山系,多良山系などの特徴的な山地も擁するなど,極めて多様な自然環境が特徴のエリアです.
これまで鳥類(渡り鳥)や魚類,トンボ類にフォーカスして県内の自然を考える試みは多くありましたが,トンボ以外の昆虫類ではなかなかそう言った試みはありませんでした.私の研究対象であるカメムシ亜目は昆虫類の中でも特にさまざまな環境に適応した分類群であるため,どんな環境でも何らかの種を見出すことができます.そんなカメムシという材料を用いて,佐賀県内各地の自然環境の特徴や構成,なりたちなどを考えようと思っています.
なお,現在佐賀県ではこれまで県内の研究者による調査で280種程度が記録されています.ただ,近隣県の記録と比較するとまだまだ少ないうえに,近年の調査データはさほど多くなく,特に近年研究が進んだ分類群や,当時資料が少なく同定の難しかった小型種についてはまだまだ分布情報が不足している現状があります.
また,実際にその地域の生物を知ることは,そこに住んでいる希少種を把握し,それらを保全していく上で極めて重要です.地域でどんな生き物がどのように分布しており,何を保全していかなければならないのか,それを知らずして種の保全は成り立ちません.
県内の自然を守るためには県内の自然の価値を正しく理解しておくことが大切だと考えており,常にその一助になる研究を目指しています.
佐賀県北部からハイイロイボサシガメを記録.九州本土では初めての記録となる(奥田 2025).
そのほか,上記のサンプリング地などで得られた国内のカメムシ目に関する新知見を記録しています.特にカメムシ目昆虫は研究者や愛好家がチョウやトンボなどと比べて少ないこともあり,生活史に関する情報が不足しています.環境アセスメント等において有効な保全策を策定するためには,このような情報は不可欠です.
このため,標本を集めるだけではなく積極的に生態を観察し,生態情報の収集に努めています.
ヨモギが稀種ヒメカメムシRubiconia intermedia (Wolff, 1811)の寄主植物の一つであると解明(奥田,2020)