古来、丹波地域の仏教や修験に関わる一大行場が、丹波市市島の妙高山にある。
かつては比叡山に引けを取らない大きな寺院群(僧坊)を誇ったことから「丹波比叡」と呼ばれていた古刹「妙高山 神池寺」。
かつて多くの僧侶、行者が修行の場として栄えた場所だったそうです。
丹波市の市島、春日をまたぐ連峰に位置する妙高山は、丹波篠山市の多紀連山と同じく多紀連山県立公園の一区域であり、
平安初期より大峰山をしのぐ山岳修行の場として栄えた多紀連山とは今も昔も深い関係がある場所です。
昔は山中に無数のお堂や僧坊、神社があり神仏習合の行場であったとの事で、今も石垣や平地が無数に残っている。
現在はご本尊の千手観世音菩薩をお祀りする御本堂、その横に旧護摩堂、不動堂があり、本堂下には観音堂、弁天堂、常行堂があり、
弁天堂の裏には山水を祀る不動明王像が祀られています。
観音堂奥に護摩堂から移動された不動明王像、神変大菩薩像(じんべんだいぼさつ/役行者)と護摩壇が納められており、ここで月護摩が厳修されている。
また山中には役行者様の杖跡と伝わる場所もあるとか。
「妙高山 神池寺」
養老2年(718年)に**法道仙人(ほうどうせんにん)**によって開基されたと伝えられる、1300年以上の歴史を持つ天台宗の古刹です。
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奈良朝元正天皇の養老2年、法道仙人の開基と伝える。俗界を離れた幽邃な所で山嶺に不増不減の霊池があるところから“神池寺”と名付く。
聖武天皇は勅願所とされ、行基菩薩、慈覚大師等来錫、往時は堂塔五十余、僧坊二百をかぞえ、丹波叡山と称された。
保元年間には、平重盛や武蔵坊弁慶も参篭し、天弘年中には、大塔宮護良親王が来山、山門の衆徒に論旨を賜り兵を京に進めるが、賊の追撃にあい、全山悉く兵火に遇う。(太平記第八巻に記載)その際当寺に残された親王の御鎧が現在の鎌倉宮の御神体としてお詣りされている。
法道仙人: 兵庫県内の古寺(一乗寺や清水寺など)の伝承に度々登場する伝説的な人物です。
名前の由来: 山頂近くにある「神の池」からその名がついたと言われています。
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