海氷は窒素固定生物のホットスポットか?


窒素固定は、生物が介在してN2からアンモニアを合成する窒素供給過程であり、18世紀の農業革命の際に利用されはじめ、農業の生産性を増加させるきっかけとなりました。20世紀に入ってからは、ハーバー・ボッシュ法の開発によって工業的にN2から簡便にアンモニアが合成可能となり、盛んにアンモニア肥料生産が行われ爆発的に生産性を向上させ、今日の農業生産を支えています。その一方で、大量の余剰窒素が大気や海洋中に放出されることにもなり、地球規模の窒素循環バランスを大きく崩す要因となっています。海洋においても窒素は植物生産を制限する主要素です。海洋中には硝酸塩やアンモニウム塩が存在していますが、窒素固定は海洋外から供給される主要な窒素源と位置づけられており、そのため海洋全体の植物生産の増減を制御すると考えられています。窒素固定の研究が海洋において本格的に始まったのは1990年代後半からです。そして、未だ手探りの探索的研究が多く黎明期の域を出ておらず、未解明部分が多いのが現状です。

 

海水中にN2は大量に存在していますが化学的に非常に安定であることから、一般的な基礎生産者である植物プランクトンはそのN2を窒素源として利用できません。窒素固定ができるのは一部の微生物(窒素固定生物)に限られています。窒素固定は他の窒素栄養塩(硝酸塩やアンモニウム塩)を利用するよりも大量にエネルギーを消費します。そのため、窒素固定生物が生息できるのは硝酸塩やアンモニウム塩など溶存態の窒素栄養塩が乏しい海域に限定されるというのが教科書的通例となっていました。ところが最近の研究により、熱帯・亜熱帯貧栄養海域以外でも窒素固定が行われていることが明らかとなってきました。その中でも注目されているのが極域です。

 

我々のグループがこれまで南極海において窒素固定の観測を行った際、大陸に近い海氷域においてのみ窒素固定生物が検出され、同時に活性も検出されることを明らかにしました(Shiozaki et al., 2020, Nat. Geosci.)。また北極海に生息する窒素固定生物のゲノム解読によって、北極固有種が多数のグリコシルトランスフェラーゼ遺伝子を持つことが示されました(Shiozaki, Nishimura et al., 2023, ISMEJ)。この結果は窒素固定生物が細胞外多糖類を多く算出し、何らかの物質に付着して生活している可能性を示唆しました。これは海氷に生息する微生物に一般的に見られる特徴です。そこでこのプロジェクトでは、海氷を窒素固定生物のホットスポットであると仮説し、そこに生息する窒素固定生物の生態と機能を明らかにすることを目的としています。

北極での観測の様子

南極での観測の様子

関連成果

Shiozaki, T.*, Y. Nishimura*, S. Yoshizawa, H. Takami, K. Hamasaki, A. Fujiwara, S. Nishino, N. Harada (2023), Distribution and survival strategies of endemic and cosmopolitan diazotrophs in the Arctic Ocean,  The ISME Journal 17, 1340-1350.

研究内容紹介

 

Shiozaki, T., A. Fujiwara, K. Inomura, Y. Hirose, F. Hashihama, N. Harada (2020), Biological nitrogen fixation detected under Antarctic sea ice, Nature geoscience 13, 729-732

研究内容紹介