内惑星領域における惑星間塵の分布の計測に成功

~NASAの探査機が観測して以来半世紀ぶりの成果〜

東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)の津村耕司准教授、関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森 康俊)の松浦周二教授、九州工業大学(福岡県北九州市、学長:三谷 康範)の佐野圭助教、瀧本幸司支援研究員、および、JAXA「はやぶさ2」ONC チームでつくる研究チームは、小惑星探査機「はやぶさ 2」(※1)が2020年12月6日の地球帰還後、別の小惑星へ向かう拡張ミッションの航行中に黄道光(※2)観測を実施し、内惑星領域における惑星間塵の分布を計測することに成功しました。この成果はSpringer Nature 社の発行する Earth, Planets and Space 誌に、8月22日付で掲載されました。

惑星間塵(※3)は太陽系内を浮遊する小さな塵(ダスト)であり、太陽系内に存在する最小の天体です。それらがどこで形成され、太陽系内をどのように移動しながら分布しているのかを探ることは、太陽系の進化史を探る上で重要です。本成果は惑星間空間を航行する「はやぶさ 2」探査機の光学カメラを利用して黄道光を長期間観測する(図1)ことで、地球近傍からの黄道光観測では得られない惑星間塵の分布情報の取得に成功しました。

図1 「はやぶさ2」での観測のイメージ

 (イラスト:木下真一郎)

【研究の背景】

本研究グループは、「宇宙背景光」の観測を通して、初期宇宙での星形成史を探る研究をかねてよりおこなっています(ロケット実験CIBER-2や超小型衛星VERTECSなど)。宇宙背景光観測の最大の不定性要因は、前景の明るい黄道光であるため、その不定性を低減させるために黄道光観測に着手しました。一方で、黄道光自身も、太陽系の構造進化や物質輸送を理解する上で重要な観測対象であり、特にその太陽系内における黄道光の分布は、その観測の難しさから新たな観測結果が求められていました。

 黄道光とは、惑星間塵による太陽光の散乱光を視線方向に重ねあわせたものです(図2)。従来の黄道光観測は、地球の公転軌道からの観測が主であったため、「手前」と「奥」で散乱された光が重なってしまい、惑星間塵の空間分布を得ることができませんでした。そのため、塵が太陽系内でどのように分布しているかを理解するには、地球から離れてさまざまな場所から黄道光を調べることが必要です。本研究グループはかねてより「はやぶさ2」が小惑星に向かう航行中に黄道光を観測できれば、惑星間塵の分布を直接的に検出できると主張し続けており、「はやぶさ2」が無事に地球へ帰還してメインミッションを終えたのちの「拡張ミッション」にて、その観測を実現させることができました。


 黄道光の観測のイメージ。

惑星間塵による太陽光の散乱光を、視線方向の重ね合わせとして見えているのが黄道光である。「はやぶさ2」は地球軌道の内側、0.7-1.0 auの範囲を飛行している。

【研究成果の概要】

 黄道光は、我々の住む太陽系内に漂う惑星間塵が太陽光を散乱することで生じる淡い光です(図2)。惑星間塵は太陽系内に存在する最小の天体であり、それがどこで形成され、太陽系内をどのように移動しているのかを黄道光の観測を通して探ることで、惑星や小惑星の研究とは別の側面から太陽系のダイナミックな変化を知ることができます。本研究では、「はやぶさ2#」 (「はやぶさ2」拡張ミッション)において、2021年から2022年にかけて、搭載の光学航法望遠カメラ(ONC-T)により日心距離0.76 auから1.06 au (※4) の範囲で黄道光の観測を成功させ(図3)、太陽系の内惑星領域における惑星間塵の分布情報が得られました。今回の観測で地球近傍での惑星間塵の濃度がべき乗則(※5)に従うことが明確に示されました(図4)。観測されたべき指数が示す惑星間塵の濃度は、惑星間塵の太陽への落下のみを考慮した標準的な理論と比べて、太陽に近づくほど予測より濃くなることを示しています。この結果は、惑星間塵の太陽への落下についての新たな物理があるか、地球近傍で惑星間塵が生成されるなどの知られていない天体現象があることを示唆しています。これは地球近傍からの黄道光観測では得られない情報であり、惑星間を航行する「はやぶさ2」を用いたからこそ達成できた成果です。これは、1970年代にPioneer 10号・11号とHelios A号・B号というNASAの探査機が黄道光を観測して以来、約半世紀ぶりの成果となりましたが、当時と比べて観測装置の性能は格段に向上しており、解析手法も洗練されています。この観測結果はこれらの先達と同様に、太陽系進化の理解にとって必要な惑星間塵の分布と移動を制約する重要な観測結果として、今後長く引用されることになるでしょう。

 本成果は「はやぶさ2拡張ミッション」における最初の科学成果となりました。従来の惑星探査ミッションの多くでは、探査機が目的の天体に到着するまで、観測装置を温存するのに対して、日本の惑星探査機では「のぞみ」、IKAROS、EQUULEUSなど、そのクルージング期間を積極的に利用した「クルージングサイエンス」が長らく実施されてきており、本成果も新たな一例となりました。特に今回は「はやぶさ2」探査機を、工学的な制約を乗り越えて「惑星間空間を航行する天文台」として活用し、天文観測を実現することで、天文学・惑星科学・宇宙工学の学際的協調という、まさに日本の宇宙科学を象徴する成果を挙げたと言えます。

図3 「はやぶさ2」観測画像(2022年8月29日、おうし座の方向)。

ONC-Tの視野サイズ(画角)は一辺6.27度と広く、この広い視野が空に大きく拡がった黄道光の観測に適している。このような観測された画像から、検出された星をマスクし、何も映っていない領域の明るさを導出することで黄道光を求めている。右図は明るい星を同定したもので、Tauはおうし座を表す。

図4 「はやぶさ2」が観測した黄道光の明るさの日心距離依存性。

【今後の展開】

 今回の成果は「はやぶさ2#」における最初の科学成果であり、クルージング観測におけるミニマムサクセスを達成したものであるため、「はやぶさ2#」の価値をさらに高めることに貢献しました。

 この成果を受け、「はやぶさ2」探査機による黄道光観測(およびより発展的な観測)は今後も引き続き継続され、特に2028年に予定されている地球スイングバイ以降は、地球公転軌道の外側(1-1.5 auの範囲)での黄道光観測の実現を目指します。さらに、将来の惑星探査機による黄道光観測も検討されています。

 今回の成果は、惑星間塵の研究だけでなく、黄道光に埋もれた遠方の銀河や初期宇宙から来る微弱な宇宙背景光を観測するためにも役に立ちます。本成果のメンバーを含む国際研究チームでは、2023年冬に打上げ予定のNASAロケット実験CIBER-2や将来の惑星探査機により、黄道光や宇宙背景光をさらに詳しく観測する予定です。


《用語解説》

※1 小惑星探査機「はやぶさ2」:
2014年12月3日に打ち上げられ、地球に接近する軌道を持つ小惑星リュウグウからのサンプルリターンに成功した小惑星探査機。2020年12月6日の地球帰還後は、「はやぶさ2」拡張ミッション(「はやぶさ2# [シャープ]」)が開始され、2026年の小惑星2001 CC21のフライバイ、2027年、2028年の2回の地球スイングバイを経て、2031年に小惑星1998 KY26に到着する予定です。本成果はそのクルージング期間中に得られたものです。

※2 黄道光:
惑星間塵(※3)が太陽光を散乱することによって、黄道に沿った領域がほんのりと光る現象を黄道光と呼びます。地球上でも暗い場所では、日没後や日の出前に黄道光を肉眼で見ることが可能です。

※3 惑星間塵:
太陽系内を漂う塵(ダスト)。小惑星同士の衝突や彗星からの放出などによって宇宙空間に放出されています。惑星間塵は現在も、毎日100トンほど地球に降り積もっていると見積もられています。

※4 日心距離:
太陽からの距離のこと。単位は一般的に地球と太陽の平均距離に由来する距離の単位であるau(天文単位)が用いられる。 1 au = 149,597,870,700 m (約1億5000万 km)

※5  べき乗則:
ある観測量が別の観測量のべき乗に比例する関係。物理法則をはじめ、多くの自然現象や社会現象はべき乗則で記述できます。本研究では、惑星間塵の個数密度 n が太陽からの距離 r のべき乗則に従う、つまりn(r)∝r(αをべき指数という)の関係がなりたつことを示し、べき指数を正確に決めることができました。



<共同研究者>

津村耕司(東京都市大学)、松浦周二(関西学院大学)、佐野圭(九州工業大学)、岩田隆浩(JAXA/総合研究大学院大学)、矢野創(JAXA/総合研究大学院大学)、北里宏平(会津大学)、瀧本幸司(九州工業大学)、山田学(千葉工業大学)、諸田智克(東京大学)、神山徹(産業技術総合研究所)、早川雅彦(JAXA)、横田康弘(JAXA)、巽瑛理(ラ・ラグーナ大学)、松岡萌(産業技術総合研究所)、坂谷尚哉(JAXA)、本田理恵(愛媛大学)、亀田真吾(立教大学)、鈴木秀彦(明治大学)、長勇一郎(東京大学)、吉岡和夫(東京大学)、小川和律(JAXA)、白井慶(神戸大学)、澤田弘崇(JAXA)、杉田精司(東京大学/千葉工業大学)