NASAロケットで宇宙に漂う塵の偏光特性を調査

~近赤外線で黄道光の偏光スペクトルを初観測~

瀧本らの国際研究グループは、米国のホワイトサンズ・ミサイル実験場(ニューメキシコ州)から2012年3月に打ち上げられたNASA観測ロケット実験Cosmic Infrared Background ExpeRiment(CIBER)の分光観測装置Low-Resolution Spectrometer(LRS)のデータを詳細に解析し、これまでに観測例がない近赤外域の黄道光※注1の偏光※注2スペクトルの測定に成功しました。

黄道光は、我々の住む太陽系内に漂う惑星間塵※注3の起源を調べるための重要な観測量です。しかし、これまでに偏光観測を行なった例はほとんどありません。そこで本研究グループは、打ち上げ観測で得られた大気上空からの夜空の偏光データを用い、世界で初めて近赤外線(波長0.8〜1.8マイクロメートル)の黄道光偏光スペクトルを導出しました。得られた偏光度は、これまでに観測された可視光域の観測とも矛盾することなく繋がり、波長に対する依存性がほとんどないことが明らかとなりました。また、5つの観測天域の観測値を比較することで、黄緯※注4や太陽離角※注5に対する明確な依存性を確認しました。これらの結果をモデルシミュレーションと比較した結果、惑星間塵は光を強く吸収する黒色物質からなり宇宙塵としてはとても大きい数マイクロメートル以上の粒径をもつことが明らかになりました。

本研究の成果は、黄道光に埋もれた遠方の銀河や初期宇宙から来る微弱な背景光を観測するためにも役に立ちます。研究グループは2021年6月に打上げ成功したCIBERの後継ロケット実験CIBER-2や将来の惑星探査機により黄道光や背景光をさらに詳しく観測する予定です。

【研究の背景】

太陽系内には大きさが1〜100 µm程度の体微粒子である惑星間塵が漂っており、それらが太陽光を散乱することで発生する黄道光は、可視光や近赤外線の波長で明るく光っています。黄道光の測定は、惑星間塵の分布構造や物性を理解する上で重要です。惑星間塵の発生源は、彗星と小惑星の両方から構成されていると考えられていますが、それぞれの相対的な重要性は定まっていません。発生源に対する議論は、主に黄道光の強度観測の結果に基づいて行われてきましたが、近年もう一つの重要な観測量として黄道光の偏光が注目されています。これまでの可視光観測では、黄道光の偏光度が波長によらず、おおよそ一定の偏光度を示すことがわかっていましたが、可視光より長い波長の近赤外線ではどのような特性を示すのか明らかではありませんでした。

図1 黄道光の仕組み

<ある視線方向で観測される黄道光は、視線上のあらゆる塵から散乱された積算光である。λ-λ◎:黄経、β:黄緯、ε:太陽離角、Θ:散乱角>

【研究成果の概要】

本研究グループは、黄道光の偏光度が黄緯や太陽離角に対して変化することを、惑星間塵の空間分布のモデル計算によって予測しました。そこで、観測ロケット実験CIBERの3回目の打ち上げでは、大気圏外から黄緯および太陽離角の異なる5つの天域を偏光観測しました。観測された夜空の分光データから、黄道光以外の太陽系内の光や等方的な系外背景光を除去し、近赤外線の黄道光の偏光スペクトルを測定することに初めて成功しました。

北黄極※注6天域で得られた波長0.8〜1.8 µmの黄道光偏光スペクトルは、波長によらず約20%の偏光度を示しました。これは、これまでに観測された可視光および近赤外線の偏光度と一致しており、黄道光の偏光度は可視光〜近赤外線では一定であることが初めて明らかになりました(図2)。波長依存性がほとんどないという特徴は、彗星由来の塵でも確認されていますが、小惑星由来の塵の偏光特性が未だ明らかではないため、惑星間塵の発生源は今後も調査する必要があります。

さらに、我々グループの予想通り、観測天域の黄緯および太陽離角によって黄道光の偏光度は変化しており、その特性も可視光の観測結果と一致していることがわかりました(図3)。

また、観測結果を再現するような惑星間塵の性質を見つけるために、塵の粒子サイズと組成(光をよく吸収する炭素化合物や、あまり吸収しないケイ酸塩など)をモデルに反映して、散乱シミュレーションを行いました。その結果、グラフェンのような黒い吸収体で、粒子半径が1 µmよりも大きいような塵粒子であれば、黄道光偏光度の測定値を再現できることが明らかとなりました。

2 黄道光偏光度の波長依存性

<赤丸はCIBERの結果のうち、北黄極の観測結果。四角と三角は衛星観測の結果。青線は異なる粒子半径のグラファイトによる散乱モデル計算。粒子半径が1 µm以上の塵であればCIBERの観測結果を再現できる>

図3 黄道光偏光度の太陽離角依存性

<星形はCIBERの観測結果で、惑星間塵の空間分布は2つのモデルでそれぞれ計算したもの。四角は異なる粒子半径のグラファイトによる散乱モデル計算。粒子半径が1 µm以上の塵であればCIBERの観測結果を再現できることが明らかになった。>

【今後の展開】

 本研究により、半径1 µm以上の吸収体粒子によるモデル計算で、観測した黄道光の偏光度を再現できることが明らかになりましたが、惑星間塵の詳細な形状や組成を調べるためには、より複雑なモデル計算と彗星や小惑星の更なる観測が必要です。CIBERプロジェクトの後継機である観測ロケット実験CIBER-2では、観測波長を可視光域まで拡張することで、より詳細な黄道光スペクトルの形状がその姿を現します。また、はやぶさ2による地球軌道外からの黄道光観測により、惑星間塵の太陽系内分布が緻密に調査されていきます。近赤外線で未だ観測例がない、太陽近傍や対日照の領域で偏光観測を行うことも、惑星間塵の性質を探るための鍵となるでしょう。

※本実験は以下の科研費の支援を受けて実施しました

・2009~2011年度 基盤研究(B)「赤外線背景放射のロケット観測による初代天体の探査」21340047 (研究代表者 松浦周二)

・2009~2013年度 新学術領域研究(研究領域提案型)「宇宙赤外線背景放射の観測によるダークエイジの探査」21340047 (研究代表者 松浦周二)


《用語解説》

注1)黄道光

天球上で太陽近傍を中心に黄道面に沿って観測される帯状の光。黄道面付近に漂う惑星間塵が太陽光を散乱した光。

注2)偏光

横波である光の電場成分は進行方向に対し垂直に振動し、その振動面が偏っている状態。太陽光は偏りのない光(自然光)であるが、塵に入射すると散乱光の電場の向きに偏りが生じる。

注3)惑星間塵 

太陽系空間に存在する様々な大きさの塵(ダスト)の総称。主な起源の候補として、小惑星と彗星が考えられている。

注4)黄緯

黄道面を基準面と定義した天球の座標系における緯度。黄緯0が黄道面、黄緯90が黄道の極である。

注5)太陽離角

望遠鏡の観測方向と太陽のなす角度。

注6)北黄極

黄道の北極。黄緯90、太陽離角90の天域を指す。


<共同研究者>

■日本チーム

関西学院大学瀧本幸司、松浦周二

九州工業大学:佐野圭

東京都市大学:津村耕司

アストロバイオロジーセンター:高橋葵

JAXA宇宙科学研究所:松本敏雄、白旗麻衣、新井俊明、大西陽介

■米国チーム

ロチェスター工科大学:Micheal Zemcov、Chi Nguyen

カリフォルニア工科大学:James Bock、Philip Korngut、Richard Feder

カリフォルニア大学アーバイン校:Asantha Cooray

カーネギー研究所天文台:Aricia Lanz

■韓国チーム

韓国天文学研究所KASI:Dae Hee Lee