高橋研究室における2024年度卒業研究の題目と要旨です.
上村 すず「思考パターンから主観的幸福度への因果効果:傾向スコア分析」(2024年度卒業研究)
研究内容の要旨
本論文は、人々の主観的幸福度をテーマとする。2024年の日本の名目GDPは約4兆ドル(約630兆円)であり、世界で4番目に高い結果であったにもかかわらず、同年の世界幸福度ランキングにおいて日本は51位であり、主観的幸福度が低い状態であることがわかった。そこで、本研究では,主観的幸福度に影響を及ぼす要因について研究し、主観的幸福度を高める要因を明らかにすることを目的とする。
先行研究より、主観的幸福度に影響を及ぼす要因として自動思考、年齢、性別、勉強時間、生活水準、人間関係、居住地域、衝動買いの頻度、外食の頻度、社交性、結婚、子供の有無、職の有無が挙げられることがわかった。これらの先行研究を受け、本研究の仮説は、「ポジティブ思考の人とネガティブ思考の人の主観的幸福度には差がある」とする。つまり、帰無仮説は「思考パターンは主観的幸福度に対して効果がない」、対立仮説は「思考パターンは主観的幸福度に対して効果がある」とした。思考パターンが主観的幸福度にどのように影響を及ぼすのかを明らかにできれば、教育や研修の場において、主観的幸福度が高くなるような思考パターンの育成の重要性を示唆することができるという社会的な意義がある。
この仮説を立証するため、調査票を用いた分冊版調査を行い、セルフ型アンケートツールに登録されている20代から50代のデータを収集した。データのエディティングとコーディングを行ったところ、有効回答は510人であった。このデータの記述統計を行い、母集団の分布とほぼ等しいことを確認した。その後、先行研究で紹介した、主観的幸福度に影響を及ぼす説明変数である交絡因子及び共変量を1つの値に縮約した傾向スコアを用いて解析を行った。解析結果より、95%信頼区間は0.780から1.722であり、5%の有意水準で帰無仮説は棄却された。また、ポジティブ思考の人はネガティブ思考の人より、0から10までの11段階の主観的幸福度が平均して1.251高いことがわかった。この結果は、感度分析の結果から仮定に対して頑健であることを確認した。このことから、人々の主観的幸福度を高めるために、教育や研修の場において、物事を肯定的に捉えることができるような指導をするべきだと提言できる。
江口 龍星「QRコード決済の利用と衝動買いの頻度の関係:傾向スコアによる因果効果の推定」(2024年度卒業研究)
研究内容の要旨
本研究は、消費者によって衝動買いの頻度に差が生まれる要因をテーマとした研究である。先行研究では、1992年から2024年まで衝動買いをする消費者の割合はほとんど変化がないことがわかった。そこで、研究を通して衝動買いを増加させる要因が何であるかを追求することを目的とする。衝動買いを増加させる要因が明らかになれば、店舗での売上向上につながることが期待できる。
先行研究より、店舗での滞在時間や店頭のPOP広告、消費者のセルフコントロール能力などが衝動買いの頻度に影響を与える変数であることがわかっている。本研究では、先行研究では明らかにされていなかったQRコード決済の利用が衝動買いの頻度に与える影響について研究を進める。
先行研究で分かったことをもとに方向付き非巡回グラフ(DAG)を用いて変数間の関係を整理し、本研究でモデルに入れる共変量と交絡因子を定めた。共変量は結果変数にのみ影響を及ぼす変数、交絡因子は処置変数と結果変数の両方に影響を及ぼす変数である。
本研究の仮説は、「QRコード決済の利用が衝動買いの頻度に影響を及ぼす」である。このとき、帰無仮説は「QRコード決済の利用が衝動買いに影響を及ぼさない」、対立仮説は「QRコード決済の利用が衝動買いに影響を及ぼす」である。
この仮説を検証するために、データは事前に作成した調査票を用いて外部のアンケートサイトで調査を行って入手した。
統計的因果推論の傾向スコアの技術を用いて交絡因子や共変量を1次元の値に縮約してデータ解析を行った結果、QRコード決済の利用が衝動買いの頻度を平均して9.5%増加させることが明らかとなった。95%信頼区間は0.005~0.186であった。これは影響を全く及ぼさない場合の効果(0)が信頼区間に含まれていないことを意味する。よって、5%の有意水準で帰無仮説を棄却し、対立仮説である「QRコード決済の利用が衝動買いに影響を及ぼす」を採用した。結果の妥当性の検証のため、傾向スコアによる層化解析法などの手法を用いて感度分析を行ったところ、その結果からも同様の結果が導かれたことから、本研究の結論は仮定に対して頑健であると言える。
この研究結果から、現金のみで運用を行う店舗にQRコード決済を導入することで売上の向上が期待できる。その点において本研究は、社会的意義がある。
仲森 司「傾向スコアによる社交性から外食頻度への因果効果の推定」(2024年度卒業研究)
研究内容の要旨
本研究は、「なぜ外食の頻度が個人によって異なるのか」という問いをテーマとする。その背景として、近年、食の外部化が進行している。その証拠として、外食産業市場の動向は、新型コロナウイルスの影響があった2020年は一時低迷したものの、2023年には前年比114.1%、新型コロナウイルス流行前の2019年比でも107.7%と成長を続けている。外食産業市場が成長している要因の1つとして考えられることは、消費者の外食頻度が高くなっていることである。外食の頻度に影響を与える要因を追求すれば、さらなる成長を促すことができるだろう。先行研究では、外食の頻度の規定要因として調理負担感、所得、性別、年齢、勤務時間、世帯人数など挙げられている。社交性の有無が外食の頻度に与える因果的な効果は、先行研究では明らかとなっていないため、本研究では、その効果について検証することを目的とする。
本研究の仮説は、「社交性は外食の頻度に対して因果効果を持つ」である。そして、帰無仮説は「社交性は外食の頻度に対して効果がない」、対立仮説は「社交性は外食の頻度に対して効果がある」とする。この仮説を検証するために、インターネット上でアンケート調査を実施し、欠測値を含む分冊版調査データを収集する。得られたデータは、欠測値を含むため、多重代入法で処理を行う。また、DAG(方向付き非巡回グラフ)を用いて、得られたデータの変数間の関係を整理する。そして、統計的因果推論の考え方に基づき、適切な変数選択を行い、交絡を統制するためにモデルに含める変数を決定する。解析では、統計的因果推論の解析手法の1つである傾向スコア解析を用いる。主解析として傾向スコアによる重み付け法、感度分析として傾向スコアによる層化解析法から因果効果を推定し、仮説を検証する。
主解析である傾向スコアによる重み付け法の結果、95%信頼区間は、[0.211, 0.515]という結果が得られた。95%信頼区間が、効果がないことを示す「0」を含まないため、有意水準5%で帰無仮説が棄却され、本研究の仮説である「社交性は外食の頻度に対して因果効果を持つ」が立証された。また、点推定値0.363より、「他の変数が一定の場合、社交性がある人は、ない人に比べて外食の頻度が36.3%高くなる」ことが示された。