今年のプレシンポは、宮崎大学の安田仁奈さんに講演をお願いしています。以下のような内容で講演していただく予定です。乞うご期待!
・温暖化でサンゴが増えている温帯域は避難所になりえるのか?遺伝的多様性と海水流動の観点から
・白亜紀から生きのびてきた生きる化石アオサンゴにおける異所的、異時的種分化の可能性
・インド洋太平洋におけるサンゴ礁ヒトデ類の種分化について
・最近、新規に発見した、オニヒトデの謎の共生菌とそのゲノム。前代未聞のスピロヘータは、オニヒトデが種分化する前から共生していたか?
・MIGseqの利用(アオサンゴと宝石サンゴ)と今後の展望
サンゴ礁生態系は、海洋面積の0.1%未満しか占めないにもかかわらず、海洋生物の約25%以上が集中する生物多様性の宝庫である。しかし、近年では、人為的な沿岸環境負荷の負荷やサンゴ捕食者であるオニヒトデの大量発生の慢性化、地球規模での気候変動等により、サンゴ礁生態系は脅かされている。サンゴ礁生態系の保全において、生物多様性の起源や正確な種の境界を調べることやサンゴ捕食者であるオニヒトデについての知見を増やすこと、どの海域を重点的に保全するべきか、海洋保護区設定に役立つ知見を増やすことは重要である。そこで、ここでは、サンゴ礁生態系の多様性理解と生態系保全の実現に向けて行っているいくつかのトピックを紹介する。
1.温暖化でサンゴが増えている温帯域は避難所になりえるのか?:温暖化による海水温の上昇に伴い、ここ80年の間に日本の温帯域においては、さまざまな造礁サンゴ種が北上・分布拡大している。そのため、さらに気候変動が進んだ場合には、高水温白化で絶滅の危機にある熱帯・亜熱帯サンゴにとって、温帯生息域は避難所の役割を果たすことが期待される。一方、こうした新規に形成された若い集団は遺伝的多様性が乏しく、少しの環境変化で地域絶滅するリスクや脆弱性を秘めている可能性がある。そこで、本研究では、北上傾向のあるミドリイシ属サンゴを中心に北上・分布拡大して出来た集団の遺伝的多様性や遺伝子流動を明らかにし、これらを考慮に入れた分布統計モデルから、温帯域を含む海域の相対的重要度を推定することを目的とした。また一方で27年間分にわたる黒潮の海流モデルにより海域間の幼生分散を推定した。こうした情報を踏まえ、EBSA(生態学的、生物学的に重要な海域)の基準に沿って、海域間の相対的重要度を算出した。クシハダミドリイシの仲間では、亜熱帯から温帯域にかけて遺伝的多様性が低くなり、もっとも近年出来た最北限の集団においては遺伝的多様性が有意に低くなる傾向があった。一方、エンタクミドリイシ・ミドリイシの仲間では、最北限の集団まで遺伝的多様性はほとんど低下せず、比較的高い遺伝的多様性が維持されていることが分かった。海流モデルにより亜熱帯から温帯域への1世代での分散の可能性が黒潮バリアの存在により低いものの、複数世代では移住の可能性があることが分かった。統計モデルにより、亜熱帯域は依然として重要度が高いこと、温帯域で昔からサンゴの分布する一部の海域も比較的相対的重要度が高く、一部のサンゴ種の避難所として機能することが期待され、保全重要度が高いことが示された。
2.白亜紀から生きのびてきた生きる化石アオサンゴにおける異所的、異時的種分化の可能性:
造礁サンゴ類は形態的特徴が少ないことに加え、環境による形態の可塑性も大きく、遺伝子マーカーも適切なものが少ないことから種境界の見定めが困難であった。本研究では、種の起源が比較的ふるいと考えられる生きる化石アオサンゴについて遺伝子解析を行ったところ、黒潮海域、西オーストラリア海域それぞれで新たな隠ぺい種が明らかとなった。これらは、光合成量や褐虫藻量など生理的にも異なっており、異なる環境に適応していることが考えられた。さらに同所的にいる隠ぺい種は産卵期が異なることが分かった。これらをRADseqで2種間の遺伝子を比較したところ、生物時計に関連する遺伝子とストレス耐性関連の遺伝子に固定した変異が生じていることが分かり、産卵期の異時性が生殖隔離を維持させていることが分かった。
3.オニヒトデの謎の共生最近の発見について:サンゴ捕食者であるオニヒトデについてこれまで、生理・生態について多くの知見が集積されてきた。その一方、オニヒトデに関連する細菌については情報が限定されている。本研究では、オニヒトデと密接かつ生存に重要な役割を果たす可能性のある細菌を探索するため、まず、菌そう解析を行いオニヒトデと優占的に共在する菌を特定した。次に、その菌について、FISHを用いたオニヒトデにおける分布および菌の常在性を詳細に調べた。菌そう解析の結果、オニヒトデの体表面に優占して存在する単一OUTの存在が明らかとなった。この細菌は、海洋生物から得られたスピロヘータと最も近縁であることが系統樹で示されたものの、これまでに報告のあるどの細菌とも遺伝的に大きく異なる種であった。FISH法により細菌の局在性について調べたところ、管足のひだ部分、棘の根元、盤の体表面などに海水と直接触れる部分(クチクラ層)に、膜状に集中して分布していた。次に、オニヒトデにおける常在性を調べるために、インド・太平洋18海域から得られたオニヒトデを対象にこの菌の常在性を調べた。その結果、全ての成体オニヒトデにはこの菌が存在することが分かった。以上の知見から当細菌はオニヒトデの成体と種特異的かつ互いにとって重要な役割を果たす共生関係を結んでいる可能性が高いこと、海洋無脊椎動物の表在細菌との共生研究において有効なモデル系として利用できると考えられた。また、この菌がオニヒトデや同所的に存在する魚類の免疫賦活性と関わる可能性について現在検証しようとしているところである。
4.MIG-seq法と今後の展望:海洋生物多様性保全戦略(平成23年3月環境省決定)において海洋生物の希少性の評価の推進などが推進され海洋生物の保全に関する関心は高まっている。しかし、海洋生物は陸上生物とは異なり、調査の困難さなどから、大幅に情報が不足している。実際、平成29年3月に発表された環境省版海洋生物レッドリスト作成において、情報不足(DD)によって希少種であるかどうかをそもそも判定できないものが掲載種全体の約50%を占めていた。Suyama and Matsuki (2015)によって開発されたMIG-seq法は、これまで、従来の遺伝子マーカーでは見えない海洋生物の種境界を明らかにすることができることがm宝石サンゴやアオサンゴを含むサンゴ類で示されている。今後、形態解析とともに、MIG-seqデータを整えデータベース化することにより、知見の不足する海洋生物の希少種の同定や保全を加速させることができると考えられる。