2023年

『決定木分析による言語研究』(くろしお出版)出版記念講演

シリーズ1

 2023年7月30日20時~21時(日本時間)にオンラインによって開催されました。

参加者された方々に感謝の意を申し上げます。

テーマ:「マレーシア人日本語学習者の来日前後のスピーチレベルシフト」

講師:玉岡賀津雄(名古屋大学)
要旨:著書の第2章では,マレーシア人日本語学習者のスピーチレベルシフトの研究を紹介しています。スピーチレベルシフトは,談話ストラテジーの一つです。会話において,ある口調から別の口調に一時的に変わったり,戻ったりすることを意味します。これが顕著にみられるのは,デス・マスの丁寧体から普通体に変わるダウンシフトとその逆に普通体から丁寧体に変わるアップシフトです。Jamila (2008,2009)は,初対面の目上の日本人と話す設定で4回の異なる時期に面接を行い,会話コーパスを作成しました。そして,マレーシア人日本語学習者の普通体と丁寧体の使用頻度が,来日前後で大きく変わることを証明しています。普通体と丁寧体の使用頻度は,分類木分析(決定木分析の一種で質的変数を予測する)を使って解析しています。この出版記念講演では,IBM SPSS Decision Treesを使って,データ入力から分析,解釈までを紹介します。

『決定木分析による言語研究』(くろしお出版)出版記念講演

シリーズ2

 2023年820日20時~21時(日本時間)にオンラインによって開催されました。

参加者された方々に感謝の意を申し上げます。

テーマ:「中国人日本語学習者による精神動詞および物理動詞のニ格とヲ格の付与

講師:早川杏子(一橋大学)
要旨:著書の第9章では,中国人日本語学習者による精神動詞および物理動詞のニ格とヲ格の付与の研究を紹介しています。動詞は動作や状態性を表し,文の主要な部分となります。日本語の場合,主語や目的語の名詞句との格関係は,助詞によって示されます。助詞が格を示すマーカーとなるため,助詞は格標識(case marker)とも呼ばれます。日本語は,格助詞で文の意味が規定できてしまうので,語順のみで文全体の意味が決定されることはありません。一方,中国語は格を示す助詞のような明示的な文法標識ではなく,語順が文全体の意味を決定します。では,格助詞を持たず,語順によって文の意味が決定する言語を母語に持つ学習者は,日本語の格助詞の知識をどのように習得していくのでしょうか。早川他(2015)は,物理的な活動性と精神的な活動性を示す活動動詞に着目し,中国人日本語学習者に対し,格助詞「ニ」と「ヲ」の選択テストを行いました。そして,決定木分析を用いてデータを分析し,母語に格助詞を持たない中国人日本語学習者が,どのように目標言語の格標識の知識を発達させていくのかを考察しました。この講演では,早川他(2015)のデータをもとに,仮説検証型の調査研究に用いられた分類木分析(決定木分析の一種で質的変数を予測する)の分析例を紹介します。

『決定木分析による言語研究』(くろしお出版)出版記念講演

シリーズ3

 2023年9月21日20時~21時(日本時間)にオンラインによって開催されました。

参加者された方々に感謝の意を申し上げます。

テーマ:「行為要求表現における丁寧度の変化ー否定や疑問などの言語特性は日本語の行為要求表現の丁寧度を上げる要因なのか ー 

講師:林 炫情(LIM HYUNJUNG;山口県立大学)
要旨第3章は、日本語の行為要求表現における丁寧度の変化に関する研究を紹介しています。日本語において相手になんらかの行動を起こさせることを目的とする行動要求表現は、授受の補助動詞(「くれる/くださる」や「もらう/いただく」)を含んだ表現が頻繁に用いられます。これらの表現形式の丁寧度は、「くれる<もらう<くださる<いただく」の順に高くなることが予想されますが、これに加えて、ストレートに要求するのではなく、「~てもらえますか」と相手に可能かどうかと尋ねることで、より丁寧さが増すとされています。そして、「~ていただけますか」の肯定の疑問形よりも、「~ていただけませんか」の否定の疑問形のほうが丁寧であるといわれています。その理由として、依頼の相手に対して選択の余地を与えることで心理的負担を軽減し、より丁寧な印象を与えるからだという指摘があります。林他(2011)では、4種類の動詞と「~くれる(平叙形)」、「~もらえる(平叙形・可能)」、「~てもらえますか(丁寧・可能)」、「~てくださいますか(尊敬)」、「~ていただけますか(謙譲・可能)」の5種類の行為要求表現とその否定表現を用いて、肯定形か否定形か、平叙形か疑問形か、という言語特性によって丁寧度がどう変わるのかを実証的に検証しました。この講演では、林他(2011)のデータをもとに、複数の説明変数(5種類の表現、肯定・否定、動詞の種類)で量的尺度の目的変数(丁寧度)を予測する回帰木分析を紹介します。 

『決定木分析による言語研究』(くろしお出版)出版記念講演

シリーズ4

 2023年1025日20時~21時(日本時間)にオンラインによって開催されました。

参加者された方々に感謝の意を申し上げます。

テーマ:語用論への応用―間接発話の理解と助言の難しさを決める諸要因 

講師:玉岡賀津雄(上海大学教授・名古屋大学名誉教授)
要旨今回の講演は著書の第4章と第10章の紹介です。SPSSのDecision Treesを使ったデモンストレーションも行います。

 4,間接発話の理解です。Taguchi(2008, 2009, Modern Language Journal)は,日本語では「慣習的」な間接発話のほうが「非慣習的」な間接発話よりも正答率が低いと報告しています。そこで,李・玉岡(2019)は,中国の大学で日本語を専攻する中国語母語話者47名に対して,慣習性と非慣習性の間接発話の理解と日本語習熟度(下位・中位・上位群)を測定しました。回帰木分析の結果,英語と同様に,日本語でも「慣習的」な間接発話のほうが「非慣習的」な間接発話より容易に理解されることを示しました。

[文献] 李璐・玉岡賀津雄 (2019).「中国人日本語学習者の間接発話行為の理解―慣習性と習熟度の影響―」『中国語話者のための日本語教育研究』10, 12-28.

 第10章は,Brown & Levinson(1978, 1987)のポライトネス理論の枠組で,中国人日本語学習者の助言場面における意識に影響する諸要因を検討した研究(黄・玉岡, 2015)を紹介しています。回帰木分析の結果,助言の難しさは,心理的な要因である助言により「相手を恥ずかしがらせる程度」が最も強く影響しました。「社会的距離(親疎関係)」が次に強い影響要因になりました。ポライトネス理論は基本的に社会的要因に焦点をあてた議論であり,心理的な側面はその他の要因とされています。黄・玉岡(2015)は,心理的要因も強く影響することを示しました。

[文献] 黄郁蕾・玉岡賀津雄 (2015).「中国人日本語学習者の助言場面における意識と行動に影響する諸要因」『言語文化と日本語教育』48/49合併号, 11-21.

『決定木分析による言語研究』(くろしお出版)出版記念講演

シリーズ5

 2023年11月29日20時~21時(日本時間)にオンラインによって開催されました。

参加者された方々に感謝の意を申し上げます。

テーマ:「音韻論への応用―方言のアクセントの変化と中国人および韓国人日本語学習者の連濁の習得―

講師:玉岡賀津雄(上海大学教授・名古屋大学名誉教授)
要旨今回の講演は著書の第5章と第6章の紹介です。第5章では,方言の世代間の変化を示した池田・玉岡(2013)の研究を紹介しています。山口方言ではアクセント核が特殊拍あるいは連続した母音に置かれることが知られています。ところが若年層ではその頻度が減少しているようです。そこで,山口県内だけに居住してきた若年層と老年層に,促音,撥音,長音,二重母音/ai/の4種類を含む語彙についてアクセントの頻度を数えて,分類木分析で世代間の違いを検討しました。その結果,同じ山口方言話者であっても,世代間でアクセント核を置く頻度に大きな違いがみられました。第6章は,連濁におけるライマンの法則に関する研究(Tamaoka, Hayakawa & Vance, 2016)です。日本語には,「青空 /ao zora/ アオゾラ」など複合語を作る際に第2要素のはじめの子音の清音が濁音になるという「連濁」という特徴がみられます。ただし,第2要素にすでに濁音が含まれている場合は,基本的に連濁は起こりません。これは,ライマンの法則と呼ばれる不連濁規則です。ライマンの法則は,類似した要素の繰り返しを避けるという普遍的なOCP(Obligatory Contour Principle)原理に導かれている可能性があります。そこで,中国語と韓国語を母語とする日本語学習者を対象に知覚調査を行いました。分類木分析の結果,中国語と韓国語の日本語学習者は,第2要素に濁音が有る場合,無い場合と比べて連濁を避けることを実証しました。

2023年11月29日をもちまして,言語実証プロジェクト主催の『決定木分析による言語研究』(くろしお出版)出版記念講演の全シリーズが終了しました。多くの皆様に最後までご参加いただき,誠にありがとうございました。また,本プロジェクトに深い関心を寄せてくださった皆様にも感謝いたします。今後も引き続き,言語の実証研究に関する情報をお届けする予定です。