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少林寺拳法 津田沼道院 Web へ
少林寺拳法は 2027年 創始 80 周年 を迎えます
創始者語録 2026/06/01 創始者語録を更新しました
2026/05/16 「合格証書」授与
2026/04/26 津田沼道院OG インターハイ出場決定おめでとう!
年末年始およびお盆はお休みです
詳細はその都度お知らせします
《最寄り駅》京成松戸線
「二和向台駅」から徒歩 約10分
火曜日・金曜日 18:30 ~ 20:30
※ 祝祭日と重なる日はお休みです
※ 部活動・塾・仕事などでの遅刻・早退もOK
※ 親子一緒に修練ができます
少林寺拳法創始者
宗 道臣 像(本山/香川)
Half for one's happiness, and Half for happiness of others
自分の体と心を養いながら
他人とともに援け合い 幸せに生きる ...
自身の成長を実感し
仲間とともに上達を楽しむ ...
少林寺拳法では次のような人になれるよう身心の修行に励んでおります。
・自己の可能性を信じる生き方ができる人
・主体性を持った生き方のできる人
・他人の幸せを考えて行動できる人
・正義感と勇気と慈悲心を持って行動できる人
・連帯し協力し合う生き方ができる人
少林寺拳法創始者
宗 道臣(1911~1980)
人の話をよく聞き、自分でよく考える
正しいと思ったことは勇気を持って実行する
私は今でも、時によると、本部にいる連中を「このくそバカッ」なんてひどい
叱り方をしていますけれども、それは、決して憎くて叱っているわけではない。
憎かったら、本当に腹を立てていたら、私はものを言わんようになります。
言うてもだめだから、もうアホらしいから、叱ることもしない。
だから、私がものを言わんようになったら、叱ってくれんようになったら、
匙を投げられたんだと思えよ。
最初はもう一所懸命叱っているのです。何とか直してやりたいから。
「わかってます」と言うけれども、しない、あるいは、できない。
だから、私は怒る。
知っていたら、すべきである。「わかっています」と言いながらしないのは、
私は最も軽蔑すべき態度だと思うんですね。
知らなかった、というのならわかる。
知っていてできない、これは無能力。
知っていてやらない、これは反抗している。
知ったけど、次の日忘れました...これはほんまに程度が悪いね。
先生は偉そうに言うとか、俺を憎んでいるとか、
そういうふうに受け取るのは、そう受け取る方がおかしいと私は思う。
何度も注意されて、それでも理解できない、
あるいは忘れたのか、それとも聞く気がないのか、
どっちかわからんけれども、まあ、どっちにしても、いいことじゃないですね。
私が叱るのは、改めさせたい、教育したい、同じことは二度と言わすまい、
ということから始まっているのです。
君たちだって、親から叱られることもあるでしょう。
親の程度もいろいろだから一概にはいえんけれども、やっぱり年の功で、
たとえ大学は出ていなくても人生経験は豊かなはずだから、
いいことを言うてるはずである。
「うるせえな」と感情的に反発しないで、素直に親の言うことを聞けるように
なってもらいたいと私は思う。
聞いて、それで、自分で判断する。
それが本当に正しいのか、いいことなのか。
親や先輩の言葉でも、いつも正しいとは限らなくて、間違いもあるかも知れない。
しかし、最初から感情的に反発して拒否していたら、何事も始まらない。
まず素直に聞いて、自分で判断して、そうやって試行錯誤を繰り返しながら
人は進歩していくのです。
これが、己を拠り所とするということです。
だから、自分勝手をすることとは違います。
まずは、人の話をよく聞くことから始まる。
で、自分でよく考える。
そして、正しいと思ったことは勇気を持って実行する。
(1978年11月 本部定例昇格考試・武専)