【大会主題】
地域に学び,未来を共に拓く生き方を問い続ける社会科学習
~ 互いに関わりながら,主体的に考え,追究する力の育成を目指して ~
【研究構想】
1 取組の基本的な考え方
(1) 過去の取組と2017年度版学習指導要領
わたしたちの先輩は,1979(昭和54)年の全国小学校社会科研究協議会研究大会・島根大会において「人間を大切にする社会科学習の再構成」という主題を掲げ,その考え方について実践を通して提案した。そこでの基本的な考え方は,以下の通りである。
① 子どもたちが生きた人間として学習すること。
② 学習対象としての社会的事象の中に人間を見出し,人間にふれる学習をすること。
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本当に「社会がわかる」学習として,社会科学習を再構成する。
この提案から40年以上が経過し,その間,学習指導要領は4度の改訂が行われてきた。
社会をつくり社会を動かす人間との出会いの中で,子どもたちが「人間とその社会」を理解していくという考え方は社会科学習の基本であり,決して変わらないものである。むしろ,変化が激しく,予測困難な時代の中で,わたしたちの先輩が1979年に提案した社会科学習の在り方がいっそう大切にされてきていると考えられる。
実際,現在の小学校社会科への改訂に先立って示された中央教育審議会答申の中に「社会科,地理歴史科,公民科の改善の基本方針及び具体的な改善事項」としてまとめることのできる事項が挙げられており,その中で次のような点が指摘されている。
○ 社会との関わりを意識して課題を追究したり解決したりする活動を充実し,知識や思考力等を基盤として社会の在り方や人間としての生き方について選択・判断する力を育んでいくことが求められる。
○ 対話的な学びについては,実社会で働く人々が連携・協働して社会に見られる課題を解決している姿を調べたり,実社会の人々の話を聞いたりする活動の一層の充実を期待する。
これらは,先に示した「人間を大切にする社会科学習の再構成」での基本的な考え方にも共通するものである。
島根県の社会科学習は,1979年の提案以降,この「人間を大切にする社会科学習」を大切にしながら,実践を積み重ねてきた。現在の学習指導要領にも通じるこの考え方を足がかりとして,小学校社会科学習としてめざすものを再度検討し,整理していきたい。
(2) 現在の研究主題のポイント
わたしたちは,「地域に学び,未来を共に拓く生き方を問い続ける社会科学習」を研究主題として掲げ,社会科学習の充実をめざして取組を続けている。この研究主題のポイントとして,次の3点を挙げる。
○「地域に学び」
学習指導要領では育てたい資質・能力が明確化され,その1つの柱として「学びに向かう力,人間性等」が示されている。この学びに向かう力は,子どもが自分とのつながりの中で課題をとらえ,自ら「知りたい」「考えたい」という思いをもつことで育成できるものだろう。しかし,学習指導要領に示されている「教えたい」内容と子どもが「知りたい」「考えたい」こととが合致しているとは限らない。小学校社会科の場合,教えたいことを子どもの学びたいことに転換するものの一つが,地域のひと・もの・ことだと考える。
ここでいう「地域」とは,例えば小学校区や市町村,県などの行政区域といったものだけを示しているのではない。子どもに見えているひと・もの・ことは,その年齢や生活経験等によって異なっている。そのことを前提としながら,子どもとくらしの中でつながっている場も「地域」としている。小学校区や市町村,県などの行政区域といった地域も考慮に入れながら,子どものくらしの場での学習活動を大切にすることを表したのが,この「地域に学び」である。
つまり,地域のひと・もの・ことに積極的に関わることのできる学習過程を大切にすることは,子どもと学習課題とをくらしという観点でつなぐことを意味している。こうすることで,課題を自分に関係ある事としてとらえられるようにし,「何のために活動(学習)するのか」という子ども自身が目的をもった学習活動の成立をめざしたい。また,地域のひと・もの・ことについて,社会的事象の見方・考え方を働かせながら課題を追究したり解決したりする活動を行うことで,他の事象についても見方・考え方を働かせることができるようになることをめざしたい。
○「未来を共に拓く」
社会科は,長らく「内容教科」とか「暗記教科」と言われてきた。それは社会事象間の因果関係やある事象に対する価値判断,未来予測といったことよりも,それらを考えたり判断したりする時の手がかりとなる事実を教えることが中心となっていたためだろう。また,何を学習したかを問うテストでも個別具体的な知識を答えさせる問題が多く,「覚えれば点がとれる」教科という認識がもたれたことも要因である。
しかし,戦後の教育改革の中で,社会科は「現実社会の問題を,探究しながら解決していく」教科として新設されたものだった。また,小原友行氏(当時,広島大学教授)は,「初期社会科は子どもたちの好きな教科の1つであった。それは『こんな社会になってほしい』という夢を語ることができたからだろう。」と講演の中で述べたことがあった。つまり,社会科はもともと,よりよい生き方,よりよい社会,よりよい未来を生み出すための教科だったと言える。そして今改訂で,社会科は現実社会を生きていくうえで使える資質・能力を育成する教科として,再び位置づけられた。
このような社会科学習を考えたとき,社会にある課題に気づき,その解決のために何が大切なのかを生活者の一人として考える活動が大切になるだろう。またその活動は,社会的事象に関わる人々の願いや思いにふれたり,仲間とともに話し合ったりしながら,よりよい社会の在り方やその社会への関わり方について考えられるようにすることになるだろう。
このような過程を経て育成を目指す,よりよい社会の実現のために表出される姿が「未来を共に拓く」である。
○「問い続ける」
社会科学習を通してどんな子どもを育てたいかを考えたとき,「くらしや資料から問題が発見できる」「課題解決するための調査活動が好き」「調べたこと,考えたことを工夫して伝えられる」などが挙げられるだろう。その1つとして,「問い続けることができる」ことも大切だと考えている。ここで言う「問い続ける」とは,誰かに求められて行うものではなく,「問い続けたいと自らの意欲に支えられた問い続けられる力」が自然に発揮されることである。
社会の変化が大きな今日,問題解決のための絶対的な知識や方法を誰かが与えてくれるわけではないし,一度習得した知識や見方・考え方について修正・変更せざるを得ないことも起きるだろう。学習終了後も対象の社会的事象に関心をもち,追究・検証し続ける態度を育てることは,どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送ったりよりよい社会をつくったりするかにも通じるものだと考える。
2 子どものとらえとめざす姿
社会科学習において学習の対象となる社会は,人間がつくり出したものである。そこには喜びや楽しさ,快適さだけでなく,悩みや辛さ,苦しさも生まれ続けており,人々は「よりよいくらしにしたい」「よりよい社会をつくりたい」という思いや願いをもってきた。また,その思いや願いを原動力に人々が社会に対してはたらきかけてきたことによって、常に社会は変化し続けてきた。
子どもは,これまでの社会諸科学がその研究成果として明らかにしてきた知識や研究方法としての技能,あるいはその思考方法を追体験し習得する学習者である以前に,社会に生きる一人の人間であり,生活者である。このように子どもをとらえるわたしたちは,子どもが社会に関わることで見出した疑問や問題点について,「よりよいくらしにしたい」「よりよい社会をつくりたい」という思いや願いをもちながら,解決に向けて主体的に活動するだろうと考えている。また,自分のくらす社会をよりよくするために「自分には何ができるのか」「自分は何をすべきか」という問いをもち,それに対する答えを見出そうと追究するだろうと考えている。
このような追究が始まったとき,子どもたち一人一人のくらしの場やそこでの経験が一様でないことから,学習活動の契機となる問題意識,対象への迫り方,わかったことや考えたことの内容や伝え方,解決方法やそこに込めた願いや思いなどの一つ一つにそれぞれの個の姿が表れるだろう。その一つ一つを大切にすることで,子ども一人一人のくらしや経験に裏打ちされた様々な見方や考え方が発揮されるようにし,事象に対する多様な考えや思い,願いが学習場面で語られるようにすることが望まれる。そうして展開される話合いは多面的・多角的なものとなり,教室はより確かな見方・考え方で社会をとらえることのできる社会科学習の場であるとともに,様々な個が大切にされた一つの小さな社会となる。また,その小さな社会で大切にされていることを実感した子どもは,自らの思いや願いをいっそう大切にしながら,社会に学び,社会にはたらきかけようと行動するだろう。
以上のような存在として子どもをとらえると,子どもが社会と一定距離をとり,客観的に社会が抱える問題を分析し,設定された課題を解決することにとどまる姿は,わたしたちのめざす子どもの姿ではない。
社会に関わり,そこで見つけた疑問や課題を自分自身の課題としてとらえ,追究することを通してその社会のしくみやあり方がわかり,わかったことや自分を含めた人々の思いや願いをもとに,社会にはたらきかけたり自分の生き方を考えたりすることができる。これが,わたしたちのめざす子どもの姿である。
3 めざす子どもの姿を実現するために社会科学習を展開するうえで大切にしたいこと
(1) よりよい社会を形成するために必要な資質・能力を育成できる教材開発
子どもを一人の生活者としてとらえ,子ども自身がくらす社会のしくみやあり方について考えられる学習を構想するとき,地域にある社会的事象を教材化することは,子どもの主体的な学びを支えるうえで大切なことである。研究主題に「地域に学び」と掲げているのは,地域にある具体的な社会的事象を豊かな学びを可能にする教材と考え,子どもの主体的な学びを構想し,支えたいという願いの表れである。
地域に学ぶ教育活動については,2005(平成17)年度から県内全ての公立小中学校・全学年・全学級で進めてきた「ふるさと教育」もある。これは,地域のひと・もの・ことを活かし,地域の人々とともに行う自然体験や社会体験等を通じて子どもたちに地域社会の一員としての自覚をもたせ社会性を育むことや,地域課題に正対することでふるさとへの貢献意欲や実行力を育むことをねらいとして実施してきている教育活動である。この取組は島根県の重点施策の1つであり,学校にも地域にも定着し,今日では各学校,各地域で特色ある活動が展開されている。
この「ふるさと教育」にとって社会科学習は,よりよい地域をつくるための「実行力」を育むために必要な確かな学力を育成するものである。また,社会科にとって「ふるさと教育」は,くらしとつながった知識を得たり,思考・判断ができたりするための豊かな体験活動の機会と位置づけることができるだろう。
このように整理すると,社会科学習と「ふるさと教育」は,それぞれの活動が両輪となり互いに作用しながら,一人一人がよりよく生きていったり,よりよい社会を形成したりするために必要な資質・能力を育成していくものだと考えられる。
島根の子どもたちの多くは,将来,様々な理由でふるさとを離れることが多い。そうなった時に,移り住んだ土地でも一人の人間としてよりよい人生を送るとともに,社会に関わりその社会の一員としてよりよく生きていくことを,わたしたちは願っている。そのような生き方をしていくのに有用となるのが,「社会的な見方・考え方」を働かせられることだろう。小学校段階では,その基礎となる「社会的事象の見方・考え方」を働かせながら課題を追究したり解決したりする学習をすることで,他のさまざまな事象についても見方・考え方を働かせることができるようにすることが,確かな学力の育成につながると考える。
このように考えると,社会科学習にとって地域の社会的事象を教材化することは,地域のひと・もの・ことを学ぶことだけに留まらず,「社会がわかる」ための窓としての意味づけが重要となる。そのために,教材開発をする際には,以下の確認や検討が不可欠となる。
①社会科としての教科目標,単元目標を確認する。
②単元全体としてどんな資質・能力を育成するかを確認する。
③そのために,どんな「社会的事象の見方・考え方」を働かせたいかということを明確にする。
④地域にある社会的事象で,教材化が可能なものがあるか調査,検討する。
・問題解決が求められている地域が抱える事例
・問題解決に向けて動く地域の人の姿,生きざま,知恵
・事例を通して日本や世界の課題もとらえることができる地域の事例
⑤「社会的事象の見方・考え方」を働かせるために,どんな出合わせ方をすればいいか検討,吟味する。
地域にある社会的事象は,子どものくらしの中から生じる発見や疑問を起点とした主体的な学びを保障しやすい。ただし,地域性をこえた一般性や普遍性も見出せるような教材である必要がある。地域を「学びの原点」と位置づけ,「社会的事象の見方・考え方」を働かせながら課題を追究・解決する学習を通して,よりよい社会を形成する生活者の一人としての資質・能力の育成を,わたしたちはめざしている。
(2) 社会がわかり,社会にはたらきかけることができるようになるための学習過程と問い
生活者として主体的に社会に関われるようになるためには,次のような学習過程が重要である。
① 対象となる社会に関わることで,解決したい疑問や問題点を見出す。
② その社会の様子やその仕組みを調べ,知る。
③ 習得した知識をいかし,「何ができるのか」「どうすべきか」を思考・判断する。
④ 思考・判断したことが適切か,よりよい方法はないかと考え,①~③を繰り返す。
生活者として主体的に社会に関われるようになるためには,まず,社会の仕組みや様子などを「社会的事象の見方・考え方」を働かせながら調べ,知ることが重要である。次に,その習得した知識を手がかりとしながら,その社会を形成する生活者の一人として「自分には何ができるのか」「自分は何をすべきか」を考えられるようにする。このような活動を繰り返していくことで,よりよい社会を形成する生活者の一人としての自覚や資質・能力が育成できると考える。
「社会的事象の見方・考え方」を働かせながらどのような知識を習得させるのかについては,自分はどう生きていきたいかを構想する手がかりとなるものであるから,単元全体を見通して構造的に計画を立てる必要がある。社会科学習を計画するうえでスタンダードとなった「知識の構造図」は,どの時間にどの見方・考え方を働かせてどんな知識を習得させるか,どんな知識を関係づけながら思考させることで生活者として主体的に社会に関われるようにしたいかがわかりやすいという点で有効である。ただし,対象となる社会的事象や各種資料と子どもをどうつなげ,「社会的事象に対する見方・考え方」を働かせながら主体的に知識を習得させるかの手立てはわかりにくい。例えば,対象となる社会的事象について「地図から特色を考えよう」と子どもに投げかけることもできる。しかし,これでは子どもが自ら「見方・考え方を働かせて」考えているのではなく,「地図から」と指示されて地図を見始めていることになってしまう。
この活動を主体的なものにするための手立てが,問いである。先述の例だと,「○○はどんなところに多く集まっていますか」と問うことで,子どもは資料を読み取り,気づいたことを伝え始めるだろう。どちらの場合も,一見すると同じ活動である。しかし後者の場合は,多く集まっているのを調べるにはどうすればよいか考え,地図を利用することを選び,「多く集まっているのはどこか」と言う視点をもちながら読み取りを始め,特色を明らかにしていく姿がイメージできる。また,「多く集まっているのはどこか」という問いが,子どもたちが解決したい課題とどう結びついているかが明らかになっていれば,たとえこの問いが教師から示されたものであったとしても,子どもはその問いを自分のものとして主体的に追究を始めるだろう。
子どもの主体的な学びを支えるものとして,2019(令和元)年に打ち出されたGIGAスクール構想による一人一台端末と高速大容量の通信ネットワーク環境の実現も忘れてはならない。これまでの社会科では,子どものもっている個別具体的な知識は少なく,教師がその習得のための手立てを講じる必要があるというのが前提であった。しかし,GIGAスクールが実現した今日,教師と同等の知識や資料に子どももアクセスできるようになった。また,これまで実現できなかった見学や聞き取り調査なども通信ネットワークを活用すれば可能となる場合もあるだろうし,話合い活動をするときにインターネット上にある図表を根拠として示しながら発表することもできるようになった。このような状況は,子どもの「知りたい」「調べたい」という意欲を主体的な学びの姿につなげることが容易になったということもできるだろう。一方で,常に教師が資料を用意し,問いかけ,子どもが考えて知識を習得するという授業観の転換が迫られていると言ってもいいだろう。
とは言え,子どもが追究を始めるきっかけをつくったり,子どもの追究を深めたり広げたりするのは,やはり教師のはたらきかけや支援によるものである。となると,子どもが追究を始めたくなるような社会的事象との出合わせ方や単元全体を貫く問い(学習課題)の設定,単元の構造化(単元全体における1時間1時間の位置づけ)がますます重要になるだろう。
本県では2017(平成29)年に開催した中国地区小学校社会科研究協議会研究大会(島根大会)において,「知識の構造図」にそれぞれの知識を習得するための問いも明示した「知識と問いの構造図」を提案し,それを用いて構想した授業を公開した。また,2021(令和3)年に開催した島根県社会科教育研究大会(安来大会)では,「知識と問いの構造図」にそれぞれの時間で働かせたい「社会的事象の見方・考え方」を明確にし,問いを検討した授業を公開した。このような取組を継続・充実させながら,主体的な学びの実現をめざしている。
4 研究の具体的内容
これまで述べてきたことをもとに,わたしたちは以下の点を大切にしてよりよい学習の実現をめざしていく。
(1) 教材の開発
○育てたい姿の育成にむけ,該当単元で必要な資質・能力を明確にする。
○資質・能力を明確にする際に,他単元とのつながりもふまえながら,子どもが課題を追究するうえで働かせる「社会的事象の見方・考え方」として効果的なものを検討する。
○子どもの追究意欲を支える,地域にある社会的事象の教材化を図る。
(2) 学習過程と問い
○子どもが追究したくなるような社会的事象との出合わせ方を工夫する。
○「社会的事象の見方・考え方」を働かせることのできる問いを検討する。
・情報を得るための〔いつ〕〔どこ〕〔だれ〕〔なに〕という問い
・社会を知るための〔どのように〕という問い
・社会がわかるための〔なぜ〕という問い
・社会に関わったり自らの生き方を決めたりするための〔どうしたらよいか〕という問い
○習得させたい知識とそのために見方・考え方が働くよう促す問いについて,単元全体で見通すことのできる「知識と問いの構造図」を作成する。
(3) 1時間1時間の学習が充実するための支援
○子どもの思考を予想し,追究の契機となる中心資料とそれを支える補助資料を用意する。
○子ども一人一人の意識や思考,あるいはその変容の様子が教室内で共有できる方法を工夫する。
○子どもの意識や思考を認めたり掘り下げたりするための視点を明確化する。
○子どもの追究を後押しできるとともに,子ども自身がその追究のよさを自覚できるための方法やその伝え方を工夫する。
【研究構想イメージ図】
【知識と問いの構造図(実践事例)】