学生のための参院選入門

【2016.12.6】 当研究室ではFacebookページ「100%GoVote めざせ100%」(ログイン不要。ログインを求められても全体が見られます)を使って、学生はじめ多くの若い人が投票に行くために、日頃大学生と接する大学教員の立場から情報提供しています。2016年参院選を機に開始したアピール活動です。国立市選挙管理委員会の協力のもとで展開しています。

「100%GoVote めざせ100%」チラシのほか、学生が投票するためのしくみ、具体的には不在者投票、大学での投票所設置などに関する情報を掲載しています。

このアピールは、音楽文化と社会について考察する一橋大学小岩信治研究室の活動として始まりました。

【2017.3】2016年参院選にあたって浮上した問題点を次の論文で整理しています。

小岩信治 2017「「一八歳選挙権元年」が明らかにした選挙制度の課題」一橋大学言語社会研究科紀要『言語社会』11: 25-44.

学生のための参院選入門(2019)


【2022.6.22:以下は、前回2019年の参議院議員選挙の際にFacebookページ「100%GoVote! めざせ100%」に掲載した文章です。投票の仕組みや問題の背景はこの間も基本的には変わっていませんので、今回2022年の投票にあたってなお参考になるはずです。】

 参院選の宿命

2 期日前投票とは違います – 不在者投票とはなにか

3 不在者投票の手順の難しさ

4 学生が請求する2つの事由

5 学業を事由とする不在者投票は認められないか – タテマエと現実

6 住民票を移そう

 保護者の方々へ

8 100% Go Vote! のために必要な勇気 – 100%満足できる投票先はまれ

 本日2019年7月5日から各地で第25回参議院選挙の投票ができます【2022年は6月22日から】。当研究室では前回2016年参院選以来、学生が国政選挙で投票する場合の問題について、国立市選挙管理委員会のご協力のもと情報収集を行ってきました。選挙がはじまったタイミングで、とりわけ進学にあたって引っ越した学生と国政選挙、とくに参院選をめぐる現時点での状況を、8つのテーマに分けてお伝えします。3年経っても選管の方に基本的な質問をしながら活動している状態で、また問題の性質上なかなかさくっとはまとめられず、ゆっくり書いていきますので、お時間あるときにご覧ください。なお以下の内容について国立市選管事務局の厳密なご確認を頂いているわけではなく、文責は一橋大学小岩信治研究室にあります。

1 参院選の宿命


 衆議院・参議院選挙の過去の投票率を比べると、参院選のほうが低い傾向がはっきりみてとれます。その理由はなぜでしょう。「衆議院の優越」や「政権選択」という言葉に結び付く衆議院のほうが重要だから、という面はあります。

 けれども参院選には投票率を低くする決定的な条件があります。それは必ず7月に行われるということです。7月に投票日ということは、選挙が始まる公示日が6月、遅くとも7月上旬になります。自分が住んでいる地域の選挙区の投票ができるためには公示の前日までにそこに3ヶ月、「住民票を移した住民」でなければなりません(「3ヶ月住所要件」)。つまり、年度替わりに引っ越した人が適切なタイミングで住民票を移していないと、新居の選挙区の投票ができません。前回2016年参院選のときには、実質的に3月18日までに住民票を移していなければなりませんでした。今回2019年参院選の場合、7月21日投開票、6月4日公示で、公示前日6月3日までに3ヶ月経過していればいい、とすれば4月3日までに住民票を移せばよかったことになります。参院選の日程は6月に入っても確定せず、「住民票を何月何日までに移しておけばよかった」という「起算日」は結局、後にならないとわかりません。しかし今年の場合はまだ、引っ越して、住民票異動が間に合った人が少なくないでしょう。3年前のように「起算日」が3月中旬では、引っ越した人には投票のチャンスなしというようなもの - 実際にはそうではないのですが - です。

 住民票の記載に従ってわたしたちには参院選の投票所入場券が郵送されます。けれどもそれは、遠くに引っ越した人にはいまや大きく離れた新天地に転送されてきます。それを見てもあまり投票できるとは思えません。加えて近年は18歳選挙権、つまり高校を卒業して大学等への進学のために引っ越した人にも同じことが起きます。住民票を「起算日」までに移していればともかく、そうでなければ大学近くの下宿や寮に「実家」の選挙区の投票所入場券が転送される、または、保護者の方々のところに今やいない学生の分が届く、という具合です。 

 これが、参院選の不利な条件です。衆議院と違って解散がない参院は、毎回規則的に7月投票のパターンがくり返され、年度替わりに引っ越した人が、適切な期日に住民票を異動させないかぎり投票しにくいのです。遠隔地に転送されたり、主がいない住居に届く投票所入場券の枚数は100万枚単位で、その票が集まれば参議院の比例代表の議席が得られるほどです。従って提案したいのは、せめて住民票異動がおちつく5月以降が3ヶ月住所要件の「起算日」になるような、けれども投票日が夏期休業にあたらない9月が参院選の投票日として定着することです。

 しかし現状の制度のもとでは、転勤後の遠い地の新居や、学生がいなくなった「実家」のげたばこの上に放置されるこうした投票所入場券はどうしたら活用できるのでしょう。解決の方法は「不在者投票」です。ただし制度の問題があり、それに連動して有権者側の要注意点もあります。

2 期日前投票とは違います – 不在者投票とはなにか


 「昨日もう投票に行ってきました」-- 今回もうそんな声を聞いたかもしれません。かつて厳しかった条件が次第に緩和されていったことで、投票日以前に投票を済ませることができる期日前投票制度の利用者数はこのところ増加の一途です。しかし期日前投票は「自分の住所地の選挙区の投票」です。

 これに対して不在者投票は、「自分が住んでいない地域の選挙区の投票」です。(1)にあるとおり、3ヶ月住所要件を満たさないと新しい住所地の選挙区の投票ができません。けれども「新居の選挙区「の」投票」はできなくても、「新居の選挙区「で」、「旧住所の選挙区の投票をすること」はできます。ただし、想像すればすぐわかることですが、この手順は期日前投票よりはるかに複雑です。

 まず「不在者投票宣誓書・請求書」を旧住所、たとえば3月まで住んでいた地域の選挙管理委員会に送ります。ウェブ検索で総務省HPのものも使えますし、地域によっては投票所入場券の裏面を活用できますが、いずれにせよ郵送料82円【現在は84円】を負担しなければなりません。ほどなくして投票用紙等が送られてきます。本人確認が必要なので郵便配達員から直接受け取る(つまり郵便が届くときに在宅している)、または不在通知を受け取って最寄りの郵便局に出向いて受け取る必要があります。届いた郵便を開封せずに最寄りの選挙管理委員会の、不在者投票を受け付ける投票所に持って行き、とくに仕切られた区画で投票用紙に記入、それを受け取った選挙管理委員会は該当する選挙区にあなたの書き入れた投票用紙を郵送します。投票日の開票にそれが間に合わなければあなたの票は開票されませんので、不在者投票は投票日までの余裕があるうちに行う必要があります。有権者側は上記の最初の郵送料を負担しますが、一連の選管側の経費は1件あたり1000円弱とみられ、自治体と国庫が負担します。つまりまわりまわってわたしたちの税金です。

 期日前投票とは全くちがう、時間と手間と費用のかかる制度であることはわかるでしょうか。せめてあなたが記入した投票用紙をスキャンして当該選挙区に送れば、投票日前日土曜日に不在者投票しても間に合い、また郵送費も節約できるはずですが、現行の制度はそうはなっていません。経費のこと、そしてこの間のテクノロジーの進歩に鑑みると、まずこの点の制度改善が必要です。

 しかし不在者投票は、手順が複雑なだけではなく、どのような事由で請求するかという問題があります。それについて次回まとめますが、結論から言えば、社会人に比べて学生は不利であり得ます。

3 不在者投票の手順の難しさ


 「○○大臣が不在者投票を済ませました」といった報道がそろそろあると思います。あきらかに居住実態が東京にある閣僚が、地方の選挙区の不在者投票を行うのを見ると、それが適切なのかどうかちょっと考えてしまいますが、国会議員のみならず社会人には、そのようなかたちでの選挙権行使が認められています。

 しかし学生の場合そのような制度には、少なくとも公式には、なっていません。1954年の最高裁判例によって、公職選挙法でいう住所は「各人の生活の本拠」であり、学生寮に住む学生の場合は(郷里ではなく)その寮、と示されているからです。つまり、例えば筆者は高校まで静岡県で過ごして東京都にある大学に進学して大学の寮に住みましたが、その場合入学以降の居住実態は東京にあり、住民票が静岡に残っていても静岡選挙区の不在者投票はできない、ということになります(=つまり「住民票を東京都に移して東京都の選挙区の投票をすべき」ということ)。この判例に基づいて少なくない数の選挙管理委員会が、進学により居住実態がなくなった生徒・学生の不在者投票を認めない旨、ホームページなどで周知しています。(それでも完全に諦めることはなく、それについては(5)にまとめます。) さらにいくつかの自治体では、他市に進学したけれども住民票を移していなかった高校生について、選挙のときに作成する選挙人名簿から選挙管理委員会が削除していたことがわかりました。住民票を移さず他市で生活し国政選挙で18歳選挙権を行使しようとした高校3年生が、投票するために不在者投票を請求したら自分の名前がそこにはなかった(ゆえに投票できなかった)、というとんでもない事件が、3年前に起きています。(その後、そのような問題は少しずつ解消されています。)

 投票する側からするとなんとひどい制度だろうと思いますが、いたずらに選挙管理委員会の職員を責めるのではなく、なぜそんなことが起きるかを確認しておくことが大切です。基礎自治体(市町村)の選挙管理委員会には、選挙ごとに、加えて日頃から、正確な選挙人名簿を調製するという重要な職権があります。そして前述のような事態は、選挙管理委員会が正確な選挙人名簿を作ろうとするゆえに起きるのです。問題のあった(小規模な)自治体では日頃から、「住民票に記載された住民が実際に住んでいるか」調査していたとのことです。住民票はあっても実際は住んでいない人が選挙で投票できるのは、原則として適切でないからです。当然ですね。国政選挙ではなく自治体の首長や議会の選挙を想像してください。実態なき住民が一定数いて、外部から首長や議会の選挙に影響を与えてしまう、などということがあってはなりません。

 けれども国政選挙の場合、たとえある地域の住民でなくなっても、国内のどこかの選挙区で投票権が保障されるべきではないか、と誰でも考えるでしょう。それにもかかわらず上述のような事態になるのは、国政選挙の選挙人名簿のために基礎自治体の選挙人名簿が転用されるからです。そしてその名簿は住民票に基づきます。つまり「市町村の選挙ができる人」のリストに載らない人は、日本国民であっても国政選挙ができないという事態が生じうるのです。上述の高校生は選挙管理委員会からの目線からはそのようなケースに当たります。もちろんそのようなことがあってはなりません。

 まとめますと、住民票のある選挙区の投票が他地域でできる不在者投票制度はあるのですが、それは社会人にはやさしい、学生には厳しい制度です。今日、学生は遠距離通学したり、また逆に日帰りできる距離でも下宿したりしていて、居住実態は多様化しており、それは1954年時点とは大きく異なるはずで、現状に対応する制度改善が必要です。今回参院選にあたって、一部自治体の投票所入場券の裏面が期日前投票と不在者投票のためのフォームとなっているのは、後者が前者並みに認知され、活用されていくための実務的な改善として評価できます。各地選管におかれましてはこのフォームによる学生の不在者投票申請を可能な限り幅広く受け付けるよう、当FBページとしては心より希望いたします。

 なお上記の1954年最高裁判決は、学生寮に住む学生が「公選法の住所とは生活実態のある寮にあるのではないか」と確認を求めたものであり、現在のように郷里に住民票を置き続けたいという意志がある場合について争われたものではありません。

参考

「下宿生ら3462人 投票認められず 昨年衆院選 実家に住民票 選挙人名簿抹消」(東京新聞, 2018.3.6)

「総務省調査によると、自治体によって対応は割れていた。全国千七百四十一市区町村の大半は、居住実態の確認作業が膨大になるとして住民票があればそのまま選挙人名簿に登録。実態を調べたのは四十市町村。実態がないとして名簿から抹消したのは、このうちの三十市町村だった。」


「実家に住民票残す学生ら選挙人名簿登録 道内5町 利尻、厚岸は従来通り」(北海道新聞, 2018年6月6日)

「昨年10月の衆院選で道内179市町村のうち9町が、実家などに住民票を置いたまま他自治体に転居した学生らを選挙人名簿に登録していなかった問題で、このうち5町が6月に学生らを名簿に登録したことが北海道新聞の調べで分かった。」

「学生らを6月に選挙人名簿に登録した町(人数)は、十勝管内本別町(83人)、足寄町(74人)、陸別町(非公表)、後志管内共和町(107人)、宗谷管内幌延町(26人)。後志管内寿都町は9月の定時登録で十数人を記載する。胆振管内壮瞥町は対応を検討中。」

「「実家に住民票残す学生らの投票可能に 壮瞥、利尻、厚岸が転換」(北海道新聞, 2019年6月11日)

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/313914

「道内の一部の町が、住民票を実家に残したまま他の自治体で暮らす学生らに対し、「居住実態がない」として選挙人名簿に登録しなかった問題で、対応を検討していた残る3町が、住民票を町内に置く学生らを名簿に登録する方針を決めたことが分かった。道選管によると、これにより夏の参院選は、道内全179市町村で、実家でも下宿先でも投票できない状態は解消されるという。

 方針を決めたのは胆振管内壮瞥町、宗谷管内利尻町、釧路管内厚岸町。3町は従来、18歳で新たに有権者となる人を選挙人名簿に登録する際、文書などで居住実態の有無を確認し、実態がないと判断すれば名簿に登録しなかった。今後は実態調査はせず、住民票があれば原則、名簿に登録する。道内の大半の市町村が実態調査をしておらず、これにならうことにした。

 ただ、道選管は「転居したら住民票を移すことが大前提。投票に限らず、住民サービスが受けられないこともある」と注意を促している。」

4 学生が請求する2つの事由


 それでは、先に(3)で書いたとおり「学生には厳しい」不在者投票制度を活用するにはどうしたらよいでしょうか。そのようなわけで注意が必要です。

 今回の参院選で学生が不在者投票請求を行う場合、請求事由として2つが考えられます。第一に「1号事由」(イ 学業)。つまり「他の区市町村で学生をやっているのでそこにはいません、だから不在者投票を認めてください」というものです。しかし上述のとおりこれがたとえばごく短期であればともかく、3年間高校に通うとか4年制大学で学んでいるということなら、過去の判例から選挙管理委員会としては認めにくい事由です。従って、本件について電話や対面で、つまり「口頭で」問い合わせれば原則的に「そのような事由での不在者投票請求は認められません」という回答が返ってきます。(それでも完全に諦めることはなく、それについては次回まとめます。)

 第二に「転居」という事由があります(5号事由)。これは、「住民票を移したけれどもまだ間もないために新住所での「3ヶ月住所要件」を満たさないので、旧住所での投票を認めてください、ただし引っ越して離れているので不在者投票で」という事由です。当然ながら引っ越した理由が転勤であろうが進学であろうが関係ありません。今回の場合、4月3日以前に住民票を移すことはできなかったけれども、その後に住民票を移した(あるいはそもそもその後に引っ越しした)人がこれに当てはまります。

5 学業を事由とする不在者投票は認められないか – タテマエと現実


 前回(4)でまとめたとおり、(長期的な)学業を事由とする不在者投票は認められない、というのが選管の公式見解です。けれども現実には前回参院選でもその後の衆院選でも、筆者の周りの学生は、長らく住民票を移さずにいたにもかかわらず1号事由で不在者投票を請求し、いずれも問題なく出身地の選挙区の投票が国立市でできました。(筆者としてはもちろん、そのときもその後も、住民票を移すよう促しています。)このFacebookページでは「書面で、1号理由で、不在者投票を請求して拒まれた例」について情報提供を求めていますが、確認できたそのような例はいままで1例のみです。

 注意していただきたいのですが、新聞報道されている「不在者投票ができなかった学生」の例は、「口頭で問い合わせて受け付けられない旨知らされた例」が大部分とみられます。この件について網羅的な調査を行った毎日新聞の記事https://mainichi.jp/sen…/articles/20170313/…/00e/010/186000c

に基づき、当研究室から中国地方、四国、九州から県庁所在地を含むいくつかの自治体選管に問合せたところ、「書面で請求されたものを不受理とした例はなかった。すべて電話など口頭での問合せに答えたケース」という回答が、とくに比較的大きな規模の自治体からありました。書面で請求することが周知徹底されれば、これまで「不受理となった」(実際はおそらくほとんどが「事前に対面・電話で尋ねて諦めた」)ケースは、実態として1773人から激減する可能性があると考えられます。

https://www.facebook.com/100percentGoVote/posts/2038207449741227

結論として、住民票を移していない人でも、かなり高い確率で、1号事由で不在者投票が可能です。

 前回(4)にあるように、学生やその家族が「口頭で」不在者投票の可否を尋ねた場合にほぼ必ず不可という回答があります。なぜ口頭だとだめかというと、1954年最高裁判例が適応される例であることを選管職員が確認できてしまい、その事実を把握した以上、「不可」と回答せざるを得ないからです。住基台帳法に抵触する「証拠」を有権者がわざわざ提供してしまう、とも言えます。これに対して書面の場合は、確かに事由としては「学業」が選択されていても、その人がいつから不在なのかは判然としません。じつはごく短期間たとえば3ヶ月だけ不在で夏休みには戻ってくる、という可能性も、請求書面からは排除できません。それゆえ、当FBページでは保証することはできませんが、請求はおそらく認められるのです。

 前回参院選の折に学生の不在者投票が話題になったとき、各地選管で学生の保護者の方の質問に応対する職員の方々の申し訳なさそうな説明が新聞などで伝えられました。みなさん想像してください。選管の方々はまずは投票してほしいのです。投票数を少しでも増やしたいのです。また、不在者投票請求を拒むのは投票の権利を奪うという重大なことであり、それは明確な根拠がなければ不可能です。

 当研究室としては、学生が住民票を移さないまま参院選が近づいた場合には、ぜひ「書面で」請求してほしいと考えています。口頭での問合せには上述のとおり意味がありません。次回(6)で述べるように、基本は住民票を移すこと。そして引っ越し後4ヶ月に満たず、新住所で3ヶ月住所要件を満たさない場合に確実なのは「住民票を移して不在者投票」であり、「住民票を移さないままの不在者投票」はあくまで窮余の策です。しかしその窮余の策でも、前回参院選での経験から、問題なく投票できる可能性は十分にあります。そして、最初の請求時の郵送費用は82円【現在は84円】かかりますが、たとえそれが無駄になってでも投票をあきらめない、という人の数が多ければ多いほど、現代の学生の実情にあった制度設計の必要性が可視化されることになります。当研究室では参院選後の調査を計画しています。いずれにせよ早めに不在者投票のために行動してください。そしてもし不受理の場合、その経験を無駄にしないために、選管からの書面を保存しておき、選挙後に当研究室の調査にご協力ください。

6 住民票を移そう


 ここまでの説明で、問題の根本が住民票にあることは明らかでしょう。学生のみなさんが住民票を転居後すみやかに動かせば、いちばん簡単な「現住所地の選挙区の投票」、つまり普通の投票への道が自ずと開けるのですから。けれども現代の学生は住民票をなかなか移しません。明るい選挙推進協会の約5年前の調査によると、学生生活にあたって転居した(保護者のもとを離れた)学生の6割以上が住民票を移していません。http://www.akaruisenkyo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/07/18sai_bunseki.pdf 今回の参院選にはもはや今から異動する意味はありませんが、このことについても考えてみましょう。

 なぜ学生のみなさんは住民票を移さないのでしょうか。まずそこにはいくつかの誤解があるようです。まず「戸籍」との違いがわかっていない、それゆえに「住民票を移す」=「籍を外れる」=「親とのあいだに何か問題があるのではないか」と想像する人が実際にいます。(これは、筆者の周囲の学生が実際に体験したやりとりです。) つぎに、住民票を移すことで税制上の被扶養家族ではなくなってしまうのではないかと懸念する人もいます。被扶養家族かどうかは住民票ではなく、当該の学生がアルバイトで一定以上の収入を得たかどうかによります。出身地での成人式には、わずかな例外を除いて参加できます。心配ならあらかじめ問い合わせておけばよいでしょう。

 他方、住民票を移しておけば、運転免許証やパスポートの手続きを大学生活のかたわら簡単に済ませることができます。また、あまり想像したくないことですが、災害時の見舞金は住民(つまり住民票がある人)にしか支給されません。そしてそもそも住民票を住居実態のある場所に置くことは住民基本台帳法に定められた義務で、違反者には5万円以下の過料が課せられることになっています(ただし実際の徴収事例は確認されていません)。

 こうしたことをいくら説明しても、住民票を動かさない人は動かしません。それは、動かさないいちばんの理由が「何となく」だからでしょう。

 けれども住民票を移したからといってそれがふるさとへの自分の思いを否定することになるわけでもなく、また逆に住民票を移さなかったからといって故郷への帰属意識が証明できるわけでもありません。住民票を転居に合わせて異動させることは現住所を公に確認する(このこと自体は必要なことだと思われます)ための手順に過ぎません。

 住民票と選挙の関係については、自治体の選挙と国政選挙で分けて議論すべきです。その市町村、その都道府県に住んでいないと判断できない問題について、そこに実際に住んでいる人にのみ投票権が与えられるのは自然でしょう。他方国政選挙の場合は、住居実態がどこにあっても投票の権利が保障されるべきですから、「自治体の選挙人名簿=国政選挙の選挙人名簿」ではないはずです。実際、国外に住んでいる人に国政選挙の投票権が限定的ながら認められており、国内に居住しながら住民票のありかによって投票権の行使が制限されるという事態は、在外投票制度とのバランスから見ても問題です。

 こうしてみると、この問題には二つの方向から対応が必要なことがわかります。第一に、上記のとおり、住民票は現住所を証明する手段にすぎませんので、行政には異動の手続き(転出届の交付や転入届の提出)をインターネットだけでできるようにして一層簡略化するなど、住民票異動の物理的そして心理的ハードルをさらに下げる制度が望まれます。転入届を受け入れる自治体の側では、住民が増えることなのですから、転入者への行政サービスを一層充実させ、転入届をだすインセンティヴが高まる工夫が重要ではないでしょうか。 第二に、国政選挙に関して総務省は、今日の学生生活の多様化に鑑みて1954年最高裁判例に基づく運用を改めるよう各地選管に指示するとともに、期日前投票に関して段階的に行ってきたように、不在者投票の範囲を緩和することが望まれます。国政選挙を(在外投票と異なり)住民票ベースの選挙人名簿と選挙区で実施するかぎり、社会人と同様に学生にも不在者投票の門戸を完全に開放することが必要です。18歳選挙権が整備され、大学入学と同時に住所が変わる有権者が誕生し、(1)に述べたように毎回の参院選で新1年生が住民票異動のタイミングによって対応を分けなければならなくなる現状に鑑みれば、この問題のための制度改革(というか運用の改革)は抜本的に行われなければなりません。なお、この制度改革にマイナンバーを使うことには個人的には反対です。学生の国政選挙の問題をマイナンバーで解決するためには、3年を経過して8人に1人しか所持していないマイナンバーの普及率を高めるという根本的な課題に加えて、選挙での活用のために各地選管つまり自治体で多くの設備投資を行う必要があるようです。それよりは、現行制度を上記の通り柔軟に運用するほうがはるかに近道です。

 しかし学生が住民票を移そうとしないもう一つ大きな理由は「保護者の態度」にあるのではないか。3年前からの情報収集を経て、じつはこの理由が一番大きいのではないかとすら考えられます。

7 保護者の方々へ


 筆者が学生だったころ、学生はいまよりも気楽に、当然のこととして住民票を移していました。けれどもその手続きをせずとも実質的に罰せられないことが知られ、「移さなくても問題ない」ということを知っている方々が今や大学生の保護者になっている時代です。保護者のみなさん、まずは、住民票を移しても家族のかたちはかわらないことをご確認ください。そして(6)にまとめた「住民票を移すメリット」についてご理解ください。

 大切なのは学生が、自分のこととして投票について考えるようになることです。住民票を移すことはもちろん、もし移していない場合は不在者投票について自分で情報収集し、行動すること。こういうことを「言われてやる」のではなく「自分のこと」として実行する有権者が育たなければ、参政権はなきものとなります。若者がこれからの社会を担うとはよく言われますが、その自覚は一朝一夕には育ちません。その第一歩としてぜひ選挙について自分で考えるよう、若い有権者に促していただければと思います。「18歳選挙権」が現実のものとなったのは、特定の政治勢力が若者を自分たちの味方に取り込むためではなく、社会を担う一員として若い人々を構成員が協力して早くから育てる、という意味があるはずです。

8 100% Go Vote! のために必要な勇気 – 100%満足できる投票先はまれ


 視点を変えて、若い学生のみなさんが投票を躊躇する、選挙制度以外の理由について想像してみましょう。

 まず、選挙に真摯に取り組もうというまじめな学生ほど投票先を選べない、という現実です。

 参院選には32の1人区がありますし、衆議院では小選挙区での投票があります。そこでは候補者がかなり絞り込まれていて、自分のイメージする、自分が期待できる投票先が見つからないのもわかります。比較的広い選択肢がある参院選の比例代表にしても、自分が完全に納得できる政党・候補者は(い)ないかもしれません。

 「投票したい人がいない」と感じる・感じてきたあなた。それは決してあなただけではありません。まず、「100%満足のいく候補者なんていない」というところから考え始めませんか。筆者がこれまでお話した選管の方からは、「あくまで『相対的にどの人や政党がいいか』ですから。ぜひ学生のみなさんに強調してお伝えください」と言われています。

 完全に納得できる人がいないからといって棄権するのは「オール・オア・ナッシング」の思考です。人生においてはそれが必要な場面もありますが、選挙にあたってそれは役に立ちません。棄権によって、あなたが社会についてささやかに感じてきたこと(不満や意見)が社会に反映されないからです。「この人よりはこの人のほうがいい」という一人一人の判断=投票の積み重ねで社会を変えていくのです。

「私たちのうち大多数にとって、1つ1つの論点に関して100%同意できる候補者や政党はぜんぜん見つからないかもしれない。けれどもとにかく投票しなければ。For a lot of us, we may never find a candidate or party with whom we agree 100% on every issue, but we have to vote anyway. 」(テイラー・スウィフト, 2018.10.8)

https://www.instagram.com/p/BopoXpYnCes/?utm_source=ig_embed

 はじめて国政選挙に臨むみなさんは、「間違ってはいけない」という責任感が強いかもしれません。すばらしいことです。ただし、そうして純粋につきつめて考えて、選べる答えがない、と投票をやめてしまうのはお勧めしません。個人的に「失敗だった!」と思う過去の投票はあります。けれどもそれでも考え続けたいと思っていいます。

 もう一つのみなさんの素朴な思いは、「私の1票だけでは何も変わらない」でしょう。その疑問に対する答えはすでに上で部分的に答えていますが、もう一つ具体的な票数について考えてみましょう。選挙では、数票で当選ラインが動く、つまり数票で当選者が決まることがあります。昨年は、「あん分」という仕組みによって、1票未満で決まった選挙すらあるのです。そのようなケースは珍しいとしても、たとえば200票差というような、当選者1人の選挙における僅差の場合、あなたの知っている人々、学生なら大学で出会っている人数が結果を左右することが十分にあります。(実際、有権者の大部分が一つの大学の学生という自治体が存在します。) そのように考えてみると、1票は実際に重い。

 歴史を学べばすぐにわかるように、投票できる権利は人々が勝ち取ってきたものです。社会の仕組みや公のお金の使い方を一部の人だけが決めるのはおかしい。そのことに気づいた先人たちが多くの努力の上に実現した制度です。この連載で毎回お伝えしたとおり、わたしたちの国の投票にはさまざまな問題が残されています。けれどもそれを改善していくこと一つとっても、投票による意思表示が必要です。

 最後に、具体的な投票先を決める、つまり候補者や政党を比較するためのガイドを紹介します。マスメディアによる支援サイト(毎日新聞「えらぼーと」など)のほか、ツィッター「自由と尊厳の祝祭」https://twitter.com/jiyutosongen/status/1147353647656796161

が、与野党が上げる論点を簡潔に、またできるだけフェアに紹介しようとしています。参考にしてください。