多足亜門ヤスデ綱に見られる「増節変態」の進化発生学的研究を行っています。
節足動物門は地球上で最も多様化した動物門です。節足動物門の形態的多様性がどのように生み出されたのかを考える上で、「体節・付属肢の獲得」と「脱皮・変態」は重要な鍵となります。実際、これらは昆虫類のモデル種であるショウジョウバエやカイコでこれまでさまざまな研究が行われてきました。
一部の節足動物において、「増節変態」という現象が知られています。増節変態とは、その名の通り「脱皮のたびに体節を増やしながら成長する」発生様式のことです。これは、「体節・付属肢形成」と「脱皮・変態」の"交差点"ともいえる興味深い現象です。増節変態は節足動物における祖先的な発生様式と考えられ、節足動物の進化を理解する上でも重要と考えられますが、これまで増節変態に関する研究の多くは生活史の記載に限られていました。
公園などの身近な環境で観察できるヤスデ類は、全ての種が増節変態を行うことが知られています。ヤスデの増節変態について、フランスの昆虫学者ファーブルは、1855年に「増節変態の法則」という体節・脚の増やし方に関するパターンを提唱しました。これによると、まず1回の脱皮で脚のない体節が追加され、次の脱皮でそこに脚が追加されます。
マクラギヤスデNiponia nodulosaは、関東近郊の公園や雑木林で普通に見られる身近なヤスデです。中国のグループにより2022年にゲノムも解読され、東アジアにおける"モデルヤスデ"としてのポテンシャルを秘めたヤスデです。
在野のヤスデ研究者である故・篠原圭三郎氏によってその生活史が記載され、1齢幼体は7体節で脚は3対ですが、7回の脱皮で体節・脚の追加を繰り返し、20体節の成体になることが知られています。この追加パターンは「増節変態の法則」に従います。
しかし、各脱皮で体節・脚はどのように追加されるのか?という点について、詳細な形態変化を追った研究はヤスデにおいてこれまで行われていませんでした。
マクラギヤスデの脱皮前後の形態変化について観察したところ、脱皮の5–7日前にあたる「準備期」には腹面に目立った構造は観察されないものの、脱皮直前にあたる「静止期」になると、脚のない体節1つあたり1本の「透明突起」が腹面正中線上に観察されることがわかりました。これを詳しく観察したところ、1本の透明突起には2対4本の脚が含まれていることがわかりました。また表面を覆う膜は節間膜に由来することがわかりました。脱皮によってこの節間膜を含む外骨格が脱げることで、新たな脚が追加されます。
このような脱皮に先立つ劇的な形態形成は、効率的な脚の追加のためにヤスデ類で新規に獲得された現象と考えられます。
以上の内容は、Chiyoda et al., 2023 で発表済みです。