動き回るものの集団的な挙動を物理でとらえ、共通するメカニズムを研究しています。
研究課題
1.いつ・どこで・どのくらい混雑を感じた?@東京ビッグサイト
2.デパートのエレベータは何故同時に到着するのか?
3. オルガノイドの形態形成のシミュレーション
4. 集団運動における排除体積効果の役割(微小管の集団運動)
2025
国際会議、展示会、大規模イベントにおける人の流れや密度を適切に管理することは、活気ある雰囲気を維持しつつ、過度な混雑による弊害を最小限に抑えることが不可欠です。そのために、人々が混雑をどのように感じるかを定量的に評価することが必要ですが、大規模イベントにおいて参加者が混雑をどのように認識し、体験しているのかについては十分に明らかにされていませんでした。本研究は、1万人以上が参加するイベントを対象に、認識された混雑と実際の混雑を定量的に比較しました。
認知科学や建築、物理などさまざまな専門背景をもつ私たちの研究チームは、3年間にわたり、東京ビッグサイト(日本最大級の展示会・会議場)で開催された大規模イベントで調査を実施しました。調査は、アンケートとBluetoothを活用した移動データ解析を組み合わせて行われました。アンケートでは、参加者が混雑を感じた時間を自由記述で回答し、地図上で混雑を感じた場所を選び、さらに混雑度を示す写真の中から最も近いものを選んでもらいました。一方、ビーコンを活用した軌跡データでは、参加者が「いつ」「どこで」「どの程度」の混雑を体験したかを分析しました。
アンケート結果とビーコンデータを比較したところ、参加者は最も混雑している時間や場所を比較的正確に特定できた一方で、混雑度を示す写真の選択には実際の混雑との相関が弱いことがわかりました。これは、混雑感が実際の密度以外の要因にも影響されていることを示しています。また、参加者が混雑を感じたと報告する時間は、実際の混雑のピーク時間よりも帰宅時間に近い傾向があり、直近の記憶が認識に強く影響することが明らかになりました。
本研究は、混雑に対する個人の認識や記憶のメカニズムを解明し、イベント運営や計画における具体的な改善策を考える手助けになります。特に、参加者が帰宅時間に近い混雑を強く認識する傾向を踏まえると、主催者はその時間帯に重点的な対策を講じることで、参加者の満足度向上が期待できます。本研究の成果は、大規模な集まりのメリットを活かしつつ、混雑管理の課題に対応するための戦略の基盤になると期待できます。
2016~
複数台エレベータがあるのにどれもほぼ同じ階にあり、待ち時間が長い気がする...
利用客が少ないときにはそれぞれのエレベータが独立に往復していたはずが、混雑してくるとほぼ同時に到着するという”秩序”が生じます。
この秩序形成を”振動子の同期現象”という視点でとらえ、この秩序にどのような性質があるのかを調べています。
まんがで解説
ポワソンノイズ下のエレベータの同期現象についての理論研究
熱力学では一般的に、平衡系においてエントロピーは増大するとされていますが、外部からエネルギーや物質が流入する開放系では、特定の条件下でエントロピーが局所的に減少し、秩序が形成されることが観測されます。この現象の研究は、非平衡系における複雑なダイナミクスを深く理解する上で極めて重要です。具体的には、系内で発生するノイズからどのようにして秩序が生まれるかという過程を詳細に調査することで、非平衡状態における物理的・化学的プロセスの根底にある原理を解明することが可能となります。この研究は、基本的な科学理論の拡張に寄与するだけでなく、エネルギー効率の高い技術や環境持続可能性に関する新しいアプローチの開発にも重要な意味を持ちます。
利用客の不規則な到着に応じて運行する複数のエレベータが同期する現象は、この研究の一例と言えます。従来の研究は、必ず最上階と最下階に停まる運用規則のもとで詳細に同期現象を調べてきましたが、利用客の到着に由来するノイズから往復運動と同期現象がどのように生じるかは明らかにされていませんでした。
そこで2021年に論文として報告した研究では、1からK階の利用客が0階へ向かう下降ピークを想定し、エレベータは呼び出しのある階と0階のみに停車する状況の数値シミュレーションを行いました。はじめに、単位時間当たりに新しく到着する利用客の人数を変えながら1台のエレベータの出発時間間隔を調べました。数理モデルを用いて呼び出しに1対1対応した運動と周期的な運動のそれぞれの出発時間間隔の期待値を計算し、nを増加させたときに運動が遷移する様子を調べました。次に2台のエレベータの数値シミュレーションを行い、同期状態を表す秩序変数を定義することで、最上階に到着しない状況でも同期現象が生じていることを示しました。
さらに、従来の研究ではエレベータの定員が同期現象を引き起こす主な要因であると考えられてきましたが、この研究ではエレベータの定員が無限大である場合でも同期現象が生じることを示しました。
Sakurako Tanida, "Dynamic behavior of elevators under random inflow of passengers", PhysRevE, 2021
URL: https://journals.aps.org/pre/abstract/10.1103/PhysRevE.103.042305
DOI: 10.1103/PhysRevE.103.042305
Poster:谷田桜子、エレベーターの同期現象、2017年9月、日本物理学会 2017年秋季大会
プロシーディング:谷田桜子 ,第 23 回交通流と自己駆動粒子系シンポジウム論文集2017
エレベータ間の相互作用に関する理論研究
以前の議論では、定員により乗車できなかった人々が同期現象を引き起こすと考えられていましたが、先述の研究により、定員が同期現象に対する必要条件ではないことが明らかになりました。この発見に基づき、私は2022年にエレベータ間の相互作用に焦点を当てた新たな研究を行いました。具体的には、2台のエレベータが孤立しているか結合しているかの状況下でダイナミクスの違いを調べました。
研究では、先着のエレベータに乗る乗客の割合を示す変数ηと、単位時間当たりに新しく到着する利用客の人数μを変化させ、これらの影響を解析しました。結果として、ηを増加させると同期が促進され、往復時間が短縮されることが観察されました。一方、μを増加させると同期は促進されましたが、往復時間が長くなりました。これらの観測結果に基づき、ηとμを考慮した数理モデルを構築し、自己無撞着な方法で往復時間を再現し、同期の秩序変数を推定しました。
Sakurako Tanida, "The synchronization of elevators when not all passengers will ride the first-arriving elevator", Physica A: Statistical Mechanics and its Applications, 605, (2022).
加えて、一定のμの値の時に先ηを変化させた場合の同期を表す秩序変数と輸送効率の関係について数値シミュレーションを用いて調べた。その結果、先に到着したエレベータに乗る乗客の割合ηが増大すると同期は促進されるが単位時間当たりの輸送人数も増大することが分かった。つまり、直感に反して、同期している状態が単位時間当たりの輸送人数や平均待ち時間が低下することはないことが示された。さらに、片方のエレベエレベータ操作を行い、外力に対するエレベータの応答についても調べ、適切な問題設定によりエレベータでも引き込みによる同期現象が生じることが分かった。
Sakurako Tanida, "Cluster Motion of Multiple Elevators and Indices Related to the Transportation Efficiency Studied in a Discrete Model Simulation." International Conference on Cellular Automata for Research and Industry. Springer, Cham, (2022).
2019.4~
オルガノイドとは幹細胞を培養して作る人工臓器で、臓器の形成や疾患のモデル系として使われています。
生体内の臓器よりはシンプルですが生き物としての複雑さは残しており、その形態形成のメカニズムはまだ明らかになっていません。
そこで特に力学的な相互作用に注目した数値シミュレーションのモデルを使い、様々な形が出来るメカニズムを調べています。
ミクロな違いがどのようにマクロな違いを生み出すのか。
統計力学の文脈において一般に自明ではありません。
この研究では集団運動におけるミクロな性質である「排除体積効果」に着目し、マクロな配向や密度分離といった「秩序」がどのように変わるかを実験とシミュレーションで調べました。
実験は細胞内で輸送を担うたんぱく質である微小管とキネシンを用います。
レールの役割をする微小管のうえをキネシンは2本足のような部位を歩くように動かして進みます。
この実験系ではキネシンをガラス表面に固定しその上に微小管を乗せることで、ちょうど運動会の大玉送りのようにキネシンが微小管を送り出すような状況を作ります
この実験ではガラス表面のキネシンの密度を変えることでその上を動く微小管の相互作用を変えました。
ガラス表面を滑走する微小管2本が衝突したとき、キネシン密度が低いと微小管の先端は浮き上がり重なることができますが、キネシン密度が高いと微小管は平面にべったりくっついているので重なることはできません。
このような状況は排除体積効果が「弱い」場合と「強い」場合に相当するとみなせます。
排除体積効果が強い場合のほうが2本の微小管は配向が揃っているにもかかわらず、微小管の密度を上げて集団的な挙動を見ると全体が揃っているのは「弱い」場合でした。
乗り越えることが出来ず隣の微小管のみと配向を揃えると微小管密度が高い領域が形成され、全体の配向は壊されることが分かりました。
さらに微小管の密度を変え、無秩序状態からパターン相にかわる様子も観察しました。
詳しくは...
Sakurako Tanida, Ken'ya Furuta, Kaori Nishikawa, Tetsuya Hiraiwa, Hiroaki Kojima, Kazuhiro Oiwa, Masaki Sano, "Gliding filament system giving both orientational order and clusters in collective motion ", arXiv:1806.01049