わたしは自分が何を実感しているのか、自信がありません。わたしはわたしに嘘をつき過ぎました。わたしは、わたしを守るのです。 守るために、自分の声すら、都合よく書き換えてしまうのです。 だからわたしは、絵を描きます。絵は実感しているものしか写し出しません。どんなに白いと頭で考えていても、感覚としてその白さを実感していなければその白さは画面に現れないのです。やわらかさ、痛さ、冷たさ、やさしさ。考えることと実感は異なるのです。 わたしは、わたしをすぐ切り捨てます。過去には過去の、その時々のわたしがいました。人の根本は変わることはないけれど、大切にしたかったものをずっと大切にし続けられるとは限らないのです。 大切にしたかった気持ちは覚えています。けれど、何がどれほど大切だったのかは忘れてしまうのです。それは、もし覚えていたら、大切にできない自分に耐えられないからかもしれません。これは、大切にしていた頃の自分や大切にしていたものへの裏切りでしょう。わたしは今の自分しか守れないのです。 わたしは、その裏切りを止めることはできません。でも、赦すこともしたくないのです。だから、形に残します。確かにあの時、大切にしていたという事実は、誤魔化さず無くさず残したいのです。 忘れてしまうまえに、なかったことにしてしまうまえに形として残したいのです。