CG と数学

2024年7月12日, 都立大数理にて談話会が開催された. 講演者は 安生健一さん で(僕は普通「安生先生」とメイルに書くが, お話しするときは「安生さん」とお呼びしているので以降こう書く), 東京・三軒茶屋に本拠地をおく映像プロダクション OLM Digital の技術顧問をされているほか, IMAGICA Group(OLM は現在この子会社である)やニュージーランドの Victoria 大学にも籍を置かれており, CG 業界における著名人・有名人である. OLM は TV アニメ・劇場映画の「ポケットモンスター」のほか, 最近では2期目の制作が発表された「薬屋のひとりごと」, 実写映画では三池崇史監督作品を多く手がけるプロダクションである.

僕が最初に安生さんにお会いしたのは, 今から15年前の2009年である. 当時は九州大学・数理の修士の学生だったのだが, 集中講義の講師として CG と数学に関する講義をされたのを聞きに行ったのである. 別の記事 映画監督の経験シドニーの IMAX シアター にも書いたが, 僕は映画の熱狂的なオタクであり, 本編はもちろんのこと DVD の特典映像を片っ端から観て, どのように映像コンテンツが造形されているのかを追うのが大好きだった. 講義で登場する情報の何もかもに知的好奇心を揺さぶられ, あっという間の1週間だったことを覚えている(その間は修士論文のことは忘れていた:それくらい熱中していた).

博士課程に進んだ2010年の秋に, 九大数理は文部科学省グローバル COE(GCOE)プログラムの一環として(当時はまだマス・フォア・インダストリ研究所は設立されていなかった)2つの連結した国際会議が催された. 1つは Forum Math-for-Industry(FMI)という, 世界中から企業研究者を中心としたトップランナーを招待し, 異分野交流を行うイベントである. もう1つは Study Group Workshop(SGW)と呼ばれるもので, 1週間の間に企業研究者から解決してほしい問題を提案してもらい, それを主に数学者・数学を専門とする大学院生が取り組み, 最終日に成果をプレゼンテーションするという, かなりエキサイティングなワークショップである. FMI は福岡で(確かホテルかコンベンションセンターでの開催だったと思う), SGW は東大数理で開催された. このうち SGW に安生さんが Problem Presenter として来られるということがわかり, さらに当時僕は GCOE プログラムの Talented RA だったこともあり, 東京までの旅費・滞在費も出していただけるということで, 喜び勇んで参加した. このとき一緒に登壇されたのが J.P. Lewis さんであり, 当時ニュージーランドの映像プロダクション Weta Digital に所属されていた. Weta は「ロード・オブ・ザ・リング」や, 最近では「アバター」シリーズを手掛けているプロダクションである.

SGW では, いわゆる「手描きアニメ」における光の照り返しに関する問題が出され, 完全解決とまではいかなかったが, このとき産学連携の面白さ・数学者としての関わり方を学んだ. そしてこれが縁となり, 2011年から安生さんのチームと一緒に共同研究が始まった. これは2012年秋からの JST CREST のポスドク時代も含めると4年間続いた. 最終的に contribulte できた論文は1本だけだったので大変申し訳なかったのだが, この4年間の様々な思い出・成功・挫折はすべて鮮明に記憶しているし, 現在の僕の研究生活・研究室運営の礎になっている. もっと言えば, ポスドクとして採用していただいたこの1年半がなければ僕はいま数学者としては生きていないだろうと思う. 時効だと思うので書くが, 博士2年生になるタイミングで「オランダのフィリップス社(シェーバーや医療機器で有名なところ)に半年インターンに行かないか」という若山正人さんのオファーを「やっぱり CG と数学の研究をやりたい」という理由でお断りした. もしもあのとき違う選択をしていたらどうなっただろうと想像を巡らすと夜も6時間くらいしか眠れない.

これらの努力の成果は, 2013年にヨーロッパの国際会議で通過・出版されたことで報われた. Visual Computer 誌に掲載されたが, 国際会議の採択率は驚異の18%であった(つまり100の投稿のうち18しか通過できない). お祝いを三軒茶屋のディープな飲み屋でやったことを覚えている.

安生さんのお陰で知り合うことのできた CG 業界の知人は数えきれない. 九大で研究集会をお手伝いした際にお会いしたポリフォニー・デジタルの方とは, ドライビングシミュレータ「グランツーリスモ」の裏話をたくさん伺ったり(僕は1からの猛烈なファンであり, そもそもこの会社は主に本作を作るために設立されている), スクウェア・エニックスの方からは数学と AI のインタラクションに関する様々なノウハウを教えていただいた. 通常コンサル料・講義料を払って聞くような話を20代のうちに伺えた経験は何事にも変え難い. 九大 IMI の落合啓之さん・溝口佳寛さんをはじめ, この時期にお世話になった方々には足を向けて寝ることができない. また CG CREST をはじめ数多くの場面でサポートをしてくださっている OLM の木村歩さんにも感謝である.

以上は自分の趣味が(数学者・教育者としての)仕事に直接よい影響をもたらした例であるが, それは結果論であり, 指導教員の田口雄一郎先生には「博士2年でよく CG の研究を許可していただいたなぁ・・・」と今思えば信じられない思いである. 人とのつながりに感謝しつつ, 自分も学生さんに(きちんと見定めた上で)多くのチャンスを与えられるように努力したいと思っている.

p.s. 2011年に数学と CG の研究で Best Poster Award をとったときの賞状. 横のトロフィーは2008年の北大映画祭で客席審査員賞を受賞したときにもらったトロフィー. 別物とは思えないので研究室に並べて飾っている. なお 九大広報 にもとりあげていただいた. 若い!(笑)

Contact:  s-yokoyama [at] tmu.ac.jp