シドニーの IMAX シアター

海外出張中の一つの楽しみが「現地の映画館で映画を観る」ことである. 日本ではまだ公開されていない最新作を観られることも理由だが, 現地の人々の反応が国によって違うのが大変興味深いからである. 例えばエンドロールが始まれば館内の照明が点灯し, お構いなくゾロゾロと退出する人が大半であったり, マーベル映画などではスタジアムのように歓声が上がる. 日本ではまずお目にかかれない光景である. イギリス滞在中に観た "Hardcore Henry"(イリヤ・ナイシュラー監督)は, 近くにいた知らない若者2名と盛り上がり, 上映終了後なぜか3人でパブに飲みに行くという経験もした.

最近は映画も配信形態が進んでおり, コロナ禍においてできるだけ収益を確保するために配信と劇場公開を同時に行うものも少なくない. そのため, 映画館はこれまでの運営方針を変え, 映画館でしかできない体験を提供する方向にシフトしている. 多少金額が上がっても, プレミアム感と臨場感を第一に求める客のニーズに応じた形である. 4DX/MX4D や Dolby Cinema などはその例である.

さて, タイトルにある IMAX もこの一例である. この上映規格はカナダの IMAX 社が開発・運営しているもので, 現在では多くのシネコンに採用されているが, IMAX スクリーンを設置するためには IMAX 社のスタッフによる劇場設備の厳しい審査をパスする必要があり, 必要に応じて劇場の改修工事を要求されることも少なくない. プロジェクタ・スクリーン・音響設備すべてがオリジナルの規格で定められている. IMAX の特徴として, 巨大なスクリーンと迫力の重低音が挙げられる. Dolby Cinema は IMAX に比べるとより繊細な描写が特徴的であるが, 迫力面ではやや IMAX に劣る(と個人的には思う).

ちなみに一言で IMAX といっても, シネコンで採用されているものは「IMAX デジタルシアター」である. つまり昔からのフィルム上映ではなくなっている. これは何回も上映することによるフィルムの劣化や現像代の負担などを避けられるなどメリットも多いが, フィルムの解像度で上映することは不可能であり, マニアの一部は「フィルム上映でなければ本物の IMAX とはいえない」と公言している. ちなみに IMAX のフィルムは 15K 解像度であり(2023年現在ではさらに 18K に上がった), フィルムがあまりにも巨大なため縦送り(通常のフィルム映写機)が使えず, 横にフィルムを送る機構が採用されている.

前置きが長くなってしまったが, この IMAX 規格で上映されているスクリーンのうち, 世界最大の劇場がオーストラリア・シドニーにある LG IMAX Theatre Sydney である. セントラル駅から徒歩圏内にある Darling Harbor(有名な Circular Quay ではない)に設置されており, これを書いている現在(2021年6月)は改修工事のため休業している. 現在の世界最大のスクリーン(つまり実質2位)は同じくオーストラリアのメルボルンにあり, こちらも1度訪問した. 僕は計算代数システム Magma の開発のためにシドニー大学に何度か滞在したが, 毎回ここに足を運んだ. いわば「IMAX ファンの聖地」である. スクリーンサイズは驚異の「縦30メートル・横36メートル」で, ビルの10階建に相当するスクリーンサイズである. 当然ながら, この劇場にスクリーンは1つしかない.

これについての簡単な記事を, 都立大(2019年当時は首都大)赴任記念の記事として ここ の最後のページに書いた. また昔のウェブページに書いた記事を ここ に暫定的に公開しているので, よければご笑覧いただきたい. なお前者の記事に「VFX(特殊効果)」と書いたがこれは誤りで, VFX は視覚効果, 特殊効果は SFX が正しい.

IMAX フィルムで撮影できる最大アスペクトレシオは 1:1.43 だが, 商業映画, とくに IMAX 仕様のドキュメンタリーを除けば, クリストファー・ノーラン監督作がこの比率で撮影・公開されている. 2021年6月現在, このアスペクト比のまま鑑賞可能な劇場は日本に2箇所あり, 東京・池袋のグランドシネマサンシャインと大阪・エキスポシティ(万博記念公園)の 109 シネマズだけである. それ以外の劇場では(IMAX シアターであっても)上下をカット調整して公開される. 皆さんも一度はぜひ, フルフォーマットで体験してみてほしい.

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