Research

森の歴史から見えてくる「気候変動と森」「人の利用と森」「花粉化石と森」をテーマとした研究内容を紹介します。

気候変動と森

氷期−間氷期変動に対する東アジアの森林生態系の応答に関する研究

これまでにも氷期−間氷期変動と呼ばれる世界的な気候変動が繰り返されてきました。そのような気候変動に対する東アジアの森林植生の変遷と現在の植物相の成立要因について、海洋および陸上堆積物の花粉分析から解明を進めています特に、古気候学・古海洋学と連携し、様々な地球システムプロキシ間の比較研究や因果推論から、陸海空リンケージの明らかにすることを目指しています。

研究対象のフィールドは長期の陸上環境変動を記録した堆積物が残されている琵琶湖を中心として、日本各地の湿原や湖沼で調査を行なっています。国際的な研究プロジェクトにも参加し、東アジア地域全体での森林変遷のデータ比較も進めています。最近では、古代湖であるバイカル湖と琵琶湖での古環境研究データの総合比較研究も行なっています。

琵琶湖堆積物ボーリング調査

日本海環境の変動による森林植生への影響に関する研究

日本を含む東アジアの沿海地域では、周辺海流や東アジアモンスーンの変動により、森林生態系が大きな影響を受けています。過去の氷期-間氷期変動においては海流やモンスーンの状態によって、日本の植生の温暖化に対する応答が異なっていたことが堆積物中の花粉分析を基にした研究成果から明らかになってきています。

そのため、将来の温暖化による植生影響を予測するためには、植生と大気・海洋システムとの因果関係の把握が必要でそのために、海流とモンスーン変動を鋭敏に記録している日本海や東シナ海で採取された海洋コアを用いて、約50万年間の花粉分析を実施し、過去5回の氷期-間氷期変動における植生の温暖化応答を解明しています。さらに、花粉分析結果と海流やモンスーン変動を記録している古環境プロキシの時系列データについての対比と因果解析を行い、植生と海流・モンスーンとの因果関係の推定を行なっています

日本海の影響を受けて育つ隠岐のスギ林

人の利用と森

遺跡の花粉分析データベースに基づく森と人の相互関係史の研究

自然と人間との相互関係の歴史の解明は、環境との調和と共生が求められている21世紀の課題を解決していくための必須な情報です。この自然−人間相互関係史を読みといていく上で、森林という人々の生活に欠くことのできなかった自然資源の変遷を定量的に示すものとして、花粉化石に基づく古生態学的データは重要で

は、これまで行われた遺跡の発掘調査にともなって実施されてきた花粉分析データが、ほとんどの研究者の目に触れない、“埋もれた”状態であることに着目し、琵琶湖地域の遺跡を対象に古生態学データを悉皆的に収集、整理を行い、データベースの構築を行ってきました。その花粉分析データから、考古学的研究成果と直接的に対比が可能な、森林環境の通時的、定量的変遷が明らかになってきました。同様のデータベースの構築を考古学者と連携して、全国的に広げていく研究を進めています。

花粉分析が実施されている滋賀県の遺跡分布

主要な論文

林 竜馬(印刷中)滋賀県の遺跡花粉データベースからみる地域・局所スケールの植生変遷史.第四紀研究.印刷中.

林 竜馬(2022)滋賀県の遺跡花粉データベースからみる人と集落生態系の相互関係史 (総特集 基礎データから考える第四紀学の新展開I) . 号外地球 (71) 86-91.

林 竜馬(2018)遺跡の花粉分析から地域スケールの植生史をさぐる―滋賀県の遺跡古生態学データベースに基づく植生景観復元への試み―. 季刊考古学 145 24-27.

湖沼近過去復元法による近現代の森林の利用と実態の変遷に関する研究

20世紀以降の過去約100年間には、人為活動の質的量的規模が増大し、様々な環境変化を及ぼしてきました。一方で、化石燃料や科学肥料などによって森林資源の利用は減少しており、アンダーユースによる生態系の変化も問題になっています。この時期における森と人との関係を正しく理解することは、「人新世」とも呼ばれる未来を考えるために必要不可欠な情報です。

過去数100年間の環境変動を把握し、人間活動との関係を明らかにするために、湖沼において表層数10cmnの堆積物を採取し、花粉分析をはじめとした諸分析を実施することにより、近過去における古環境復元を試みています

厚岸湖での湖底表層堆積物ボーリング調査

主要な論文

林 竜馬・槻木玲美・小田寛貴・大槻 朝・粟野 将・牧野 渡・占部城太郎(2014)山形県畑谷大沼堆積物の花粉分析に基づく過去60年間の植生とスギ花粉年間堆積量の変化. 日本花粉学会会誌 60(1) 13-25.

林 竜馬・兵藤不二夫・占部城太郎・高原 光(2012)琵琶湖湖底堆積物に記録された過去100年間のスギ花粉年間堆積量の変化. 日本花粉学会会誌 58(1) 5-17.

琵琶湖のヨシ刈り活動による炭素回収量推定に関する研究

琵琶湖や内湖周辺に広く分布しているヨシ群落(ヨシ原)は、屋根材や葦簾などのヨシ製品の材料として古くから利用され、その植生を維持するための刈り取りや火入れが伝統的に行われてきています。近年では、ヨシ原という文化的景観を保全することを目指して、企業などを中心としたヨシ刈り活動が実施されています。

滋賀県やヨシ屋根葺き職人の方、企業の方と協働して、冬季のヨシ刈りによる炭素回収量を推定するための調査研究を進めています。参加型刈り取り調査や炭素回収量を簡易的に推定する手法の開発、ドローン空撮によるバイオマス推定などに取り組んでいます。

ヨシ刈り後の西の湖の風景

主要な論文

林 竜馬・山田直明・竹田勝博・太田俊浩(2021)参加型刈り取り調査と群落高法による琵琶湖ヨシ群落の冬季地上部現存量の推定 -「ヨシ刈り活動」における炭素回収量の簡易推定手法の開発-. 地域自然史と保全 43, 141-158. 

本論文が関西自然保護機構の2023年度「四手井綱英記念賞」を受賞しました。

花粉化石と森

森林および草地における花粉生産量の推定に関する研究

堆積物の中に残された花粉化石から過去の森林を正確に復元するためには、植物の種類によって異なる花粉の飛散性や生産性を把握しておくことが必要です。これまでは、表層の花粉組成と現在の周辺植生割合から間接的に花粉の生産性を推定されてきましたが、様々な植生での花粉生産量を直接的に計測する基礎研究は不足していました。そこで、特に花粉生産量の基礎研究が少ない草本群落や亜寒帯林において、リタートラップ法や刈り取り法による直接的な花粉生産量の調査を行なっています。

さらに、計測された直接的な花粉生産量データを利用して、花粉飛散堆積モデルに基づく景観復元法への適用も進めています。景観復元法の応用により、東アジア地域における過去の植生割合の変遷について、定量的に復元していくことを目指しています。

西の湖ヨシ群落での刈り取り調査

主要な論文

Hayashi, R., Sasaki, N., Takahara, H., Sugita, S., Saito, H. (2022) Estimation of absolute pollen productivity based on the flower counting approach: A review. Quaternary International.

林 竜馬・和田 周・佐々木尚子・竹田勝博(2019)滋賀県西の湖におけるヨシ群落の花粉生産量-イネ科草本群落の相対的花粉生産量推定に向けて-. 日本花粉学会会誌 65(1) 11-20.

「琵琶湖の森の40万年史 ー花粉が語るものがたりー」

森と気候と人の変遷史に関するこれまでの研究成果をまとめました

琵琶湖博物館ブックレット 16

「琵琶湖の森の40万年史 花粉が語るものがたり」

樹種によって形が異なる花粉は、化石として地中に残されると、太古の植生の証言者となる。40万年余りほぼ同じ位置に存在する琵琶湖の湖底堆積物にふくまれる花粉化石の分析により、気候変動と人の営みによる植生のうつり変わりが明らかとなってきた。

 鎌倉時代以降、アカマツ林や草山が増加して現在よりも木が少なかった江戸時代、多くのカシ類が人々の暮らしを支えた縄文時代、およそ10万年周期で到来したロシア極東地域のような針葉樹林が広がる氷期など、琵琶湖周辺で見られた森の姿を紹介。

主要な論文

Hyodo, F., Kuwae, M., Sasaki, N., Hayashi, R., Makino, W., Kusaka, S., Tsugeki, N., Ishida, S., Ohtsuki, H., Omoto, K., Urabe, J. (2017) Variations in lignin-derived phenols in sediments of Japanese lakes over the last century and their relation to watershed vegetation. Organic Geochemistry 103 125-135.

佐々木尚子・林 竜馬(2014)花粉分析による集水域植生の復元. 共立出版(占部城太郎編『湖沼近過去調査法』pp. 164-192.).

林 竜馬・兵藤不二夫・占部城太郎・高原 光(2012)琵琶湖湖底堆積物に記録された過去100年間のスギ花粉年間堆積量の変化. 日本花粉学会会誌 58(1) 5-17.