Research

過去と現在の地球・惑星環境を解明するべく安定同位体比分析と化学種分析を両輪とした「元素の挙動解明」に着目した研究を行っています。

研究手法:

・希土類元素分析 → 希土類元素とは?

・安定同位体比分析 → 同位体とは?

・化学種分析 → XAFSとは?

・水圏での元素の状態を知ることがなぜ大切か?

 水圏とは地球上で水が存在する環境、例えば河川や海洋のことを指します。私が水圏の研究を行う理由は主に2つあります。1つは生命の誕生や進化は海や湖といった水のある環境で行われてきたと考えられているということ、もう1つは金属元素などの環境汚染(例えば水俣病やイタイイタイ病など)は我々人類の生活に直接影響するためです。水圏での元素の状態に着目しているのは、まさにこの2つを大きく支配しているためです。

 例えば、人間を含め多くの動物にとって、鉄(Fe)は生命維持をする上で欠かすことの出来ない元素です。しかし、どんな水圏環境であっても鉄を簡単に摂取できるというわけではなく、とある環境では鉄は水に溶けていて摂取しやすいですが、また別の環境では水に溶けずに摂取しにくいということがあります(詳しくは後述します)。一方で我々にとって有毒な元素のいくつかは、環境によって毒性が異なることが分かっています。例えば、タリウム(Tl)という元素は環境中で1価もしくは3価で存在しますが、毒性を比較すると3価のタリウムのほうが毒性が強いことが知られています。ヒ素(As)という元素は3価もしくは5価として存在しますが、3価のヒ素の方が毒性が強いです。このように、同じ元素であっても環境中で存在状態(化学種)が異なるため、どのような状態で存在しているのかを知ることは生命の誕生や進化、そして現在の環境汚染を知る上で極めて重要なのです。

 では、どのような要素が水圏での元素の状態を決めているのでしょうか?水についての情報を与える要素は数多くありますが、その中でもEh(酸化還元電位)とpHの2つが重要だと考えています。Ehというのは、非常に大雑把に言えば、酸素が多いか少ないかを表すパラメータで、pHは酸性かアルカリ性かを示すパラメータです。右に示すのがEh-pH図というもので、縦軸にEh(=酸素が多いか少ないか)、横軸にpH(=酸性かアルカリ性か)となっています。水は水素(H)と酸素(O)から構成されています。もしも、地球上の大気が全て水素で構成されていた場合、その水素100%の大気と平衡な水は右図の赤線で示されます。一方で、もし地球上の大気が酸素100%の場合、その大気と平行な水は青線のようになります。つまり、地球上で大気と接している水は図の赤線と青線の間(図の白抜きの部分)に必ずプロットされるということになります。

 こうなると、後は先人たちが蓄積した膨大な熱力学データを参照することで元素の状態がわかるのです。最初に挙げた鉄の例を見てみましょう。今度は、Eh-pH図に鉄の化学状態をプロットしたものを右に示します。鉄と水のみが存在する環境では、鉄の化学種はEhとpHに応じてFe2+、Fe3+、Fe(OH)2、Fe(OH)3と変化します。このうち、水に溶ける化学状態なのはFe2+とFe3+で、右図の水色の領域です。この図から、鉄はpHの低い酸性領域(左側)では酸素が多くても(上の方でも)溶けた状態ですが、pHが高くなるにつれて酸素が少ない環境でないと溶けていられなくなり、アルカリ環境では溶けていられなくなることが分かります溶けていられないということは、生物、特に海に住む生物にとっては鉄を摂取するのが非常に難しいということです。

 上の例では鉄を示しましたが、他の元素についても多くの熱力学データがあるので、EhとpHが分かれば、どの環境でどの元素がどんな化学状態なのか分かるのです。では、どのようにして水のEhとpHを調べれば良いのでしょうか?現在の海水や河川水なら、現地に行ってEhメーターやpHメーターを使えばすぐに測定できます。しかし、過去の水、例えば生物の大量絶滅が起きた2億5千万年前の水はありません。残っているのは岩石であり、その岩石から水の情報を読み取らなくてはなりません。そこで私は、希土類元素の分析や、安定同位体比分析化学種分析をすることで、過去の水圏環境の推定を行っています。