同位体とは?

 あらゆる原子は正の電荷を帯びた原子核と負の電荷を帯びた電子から構成されています。原子核は、さらに陽子と電気的に中性な中性子に分けられます。この内、陽子の数(=原子番号)が元素としての性質を決めます。例えば、陽子が1つの元素(=原子番号が1)が水素、2つの元素がヘリウムとなっています。同じ元素であれば陽子数は同じなのですが、同じ元素でも中性子の数が異なる原子があり、それを同位体と言います。例えば、水素の陽子数は1ですが、中性子が0個の水素、中性子が1個の水素、中性子が2個の水素があります。それぞれの同位体は、陽子と中性子の総数を質量数として元素記号の左上に書き表すのが慣例です(下図)。

 同位体は、安定な核種(=安定同位体)不安定核種(=放射性同位体)に分類されます。放射性同位体は原子核が不安定なので、様々な相互作用を経て安定な状態に変化しようとします。それを放射壊変と呼びます。元々あった放射性同位体(これを親核種と呼びます)が放射壊変によって半分になるまでの時間を半減期と呼び、放射壊変によってできた核種を娘核種と呼びます。親核種は1回目の半減期までに元の量の1/2が壊変し、2回目の半減期までに1/2の半分、つまり元の量の1/4になります。一方で、放射壊変によってできる娘核種の量は時間とともに増加していきます。この様にして、親核種の放射性同位体は安定な娘核種へと変化していきます(右図)。

 同じ元素(=陽子数が同じ)であっても、半減期は核種ごとに違います。例えば、原子番号55のセシウム(Cs)には、質量数が134(=中性子が79個)のCs、質量数が135(=中性子が80個)のCs、質量数が137(=中性子が82個)のCsが放射性同位体として知られていますが、134Csの半減期はおよそ2年、135Csの半減期は約230万年、137Csの半減期は約30年で、それぞれ同じ質量数のバリウム(原子番号56)へと壊変します。なお、放射壊変には様々な種類ががあり、娘核種のでき方(元素や質量数)もそれぞれ異なります。


 多くの方々は放射性同位体が悪い物だと思っているかも知れませんが、地球の歴史や古代文明について研究する際には重要な手段となります。例えば、地球は約46億年前に誕生したと言われていますが、どのようにして求められたのかご存知でしょうか?実は、質量数238のウランが壊変を繰り返して質量数206の鉛になることを利用しています。この手法を太陽系の起源物質である隕石に用いて年齢を求めると、45.67億年に収束します。さらに、質量数40のカリウムが半減期12.5億年で同じ質量数のアルゴンへと壊変すること、質量数87のルビジウムが半減期488億年で同じ質量数のストロンチウムに壊変すること、質量数147のサマリウムが半減期1060億年で質量数143のネオジムに壊変することなども利用されています。この様に、半減期が長い放射性同位体を用いることで地球の歴史を知る事ができるのです。一方で半減期がそれほど長くない核種、例えば半減期が5730年である質量数14の炭素などが考古学の分野に用いられています。数ある放射性同位体を上手く使うことで、地球や人類など様々な歴史を知る事ができるのです。

 さて、続いては安定同位体についてです。原子番号1の水素から118のオガネソンまでの元素の内、安定同位体が無い元素は原子番号43のテクネチウム、原子番号61のプロメチウム、原子番号84のポロニウムからオガネソンまでの計35元素です。また、安定同位体が1つしかない元素は21元素であり、それ以外の60元素には2つ以上の安定同位体が存在します。右に安定同位体の存在する陽子数と中性子数の組み合わせを図示します。

 多くの元素が複数の安定同位体を持っている事がお分かりいただけるかと思います。それぞれの元素において、同位体の存在割合は大まかに決まっています。例えば水素の場合、1Hが99.99%であるのに対し、2Hは0.01%しか地球上に存在しません(3Hは半減期12年の放射性同位体)。他にも、地球上の炭素(C)の98.93%は12Cで、残りの1.07%が13Cですし、酸素(O)の99.76%は16Oで、17Oと18Oがそれぞれ0.04%、0.2%となっています。しかし、様々な物質における安定同位体の存在割合が僅かに異なるという事が発見されました。安定同位体の存在割合の差はあまりにも小さいため、その差を1000倍し(1000分率)て表します。これを同位体比と言い、デルタ(δ)で表します。一般的に、質量数の大きい“重い”同位体に対する“軽い”同位体の比で表します。例えば炭素の場合は13C/12Cですし、酸素の場合は18O/16Oで、結果をそれぞれδ13C、δ18Oと表します。単位は、100分率がパーセントであるのに対し、1000分率なのでパーミル(‰)となります。

 ではいくつか具体例を見てみましょう。右の図は、海水から水が蒸発して、雨となって降る際の酸素同位体比(δ18O)変動の模式図です。海水のδ18Oは0‰ですが、蒸発する際に“軽い”酸素から蒸発するため雲のδ18Oは海水よりも低い値(例えば-7‰)になります。その雲から雨が降り出す場合は、“より重い”酸素から降り出します。ただし、元の海水よりは“軽い”雨となるので、図では-3‰としています。雲から“重い”酸素が雨として降ると、残りの雲中のδ18Oはさらに軽い値になります(-12‰)。その雲から雨が降る場合は、再び重い酸素から降下しますが、雨雲のδ18Oが軽くなっているため、以前の雨よりも軽いδ18Oとなります(-11‰)。したがって、海から離れれば離れるほど、雨水中のδ18Oは低い値になります。同様に、水素の同位体比も内陸ほど軽くなります。

 次は大気中の炭素同位体比(δ13C)を考えてみましょう。右の図は、1958年からハワイのマウナロアで観測されている大気中の二酸化炭素(CO2)濃度とそのδ13Cです。大気中のCO2濃度が上昇している一方で、CO2のδ13Cは低くなっている事が分かります。これは、より低いδ13Cを持つ物質が大気中に増加しているということを示唆しています。では、“より低いδ13Cを持つ物質”とは何でしょうか?次の図は、地球上で炭素を多く含む様々な物質のδ13Cをまとめたものです。大気中のCO2よりも低いδ13Cを持つ物質は淡水で形成した炭酸塩か、石油や石炭などの有機物です。よって、化石燃料の燃焼が二酸化炭素濃度増加を引き起こしていると考えられるのです。

 この様に、安定同位体比を測定することで、様々な物質の起源や循環などが議論できるようになります。

他の研究手法:

・希土類元素分析 → 希土類元素とは?

・化学種分析 → XAFSとは?