2024年度・2025年度の「夏期集中パワーアップ講座」で扱いました。
この力学は、ロボットアームや飛翔体(ドローンなど)の制御に大変重要な分野です。
高校の物理、そして大学初年度で学ぶ物理学「力学」では、日常の物体をなるべく簡素にして、運動の様子を方程式で表現することに努めます。その最たるものが「対象とする物体を質点とみなす」です。ここで質点とは「質量を持つが広がりを持たない点」という意味です。広がりを持たない点(物体)はあまりに非日常的ですが、このおかげで物体の位置・速度・加速度の扱い、運動方程式、エネルギーなどを簡潔に定義できました。つまり、物事を深く理解するための最初の「近似」として大変有効でした。
しかし、広がりを持たない物体を考えることで、欠落してしまった大事な情報があります。その物体の「向き」です。対象とする物体が向きを持たない(もしくは観測者がその物体の向きを区別できない)という欠点があると、物体の「回転する様子」を追跡できません。この講座ではその欠点を取り除く分野、いわゆる「剛体力学」を端的に学びます(ただし、より応用範囲の広い弾性体や塑性については扱いません)。
さて、広がりを持った物体は、質点と比べて多様な運動をします。典型例は斜面を「滑らずに転がる」運動です。形状が異なると転がり方が異なるのは日常経験でよく知っているでしょう。Wikipedia ”Moment of inertia” に掲載されている図を拝借して様子を眺めてみましょう。
では、これらの違いを「どのように」定量的に表現するのでしょうか?
広がりを持った物体が「どのような力を受けて回転するか」を表す「定義」は次で与えられます:
星形に広がりを持った物体の回転は、回転の中心(ここでは重心)から見た力の作用する「力点」の位置ベクトルと、その点における力のベクトルを用いて上記のようにあらわします。数学としてはベクトル積(外積)で表します。N が正の時、反時計回りを表し、負の時は時計回りを表します。
これを「力のモーメント」といいます。
車輪の回転を考えます。右図のように車輪の外縁に沿って力を与え続けたとき、車輪は軸を中心に反時計回りに回転します。その度合いを先ほどの力のモーメント N で表現するのです。回転というからには、時間が経過するごとに向きが変わるという情報(回転角 θ の変化、つまり角速度 ω や角加速度 β)が有効な情報です。これらを用いて「回転運動の方程式」は次で定義されます(ここではベクトル的な表記をせず、大きさだけを与えます):
これは質点の運動方程式 ma = F の「回転版」です。質点の質量 m は、重さ(重力質量)ではなく「物体の運動のしにくさ」(慣性質量)を意味していますが、回転運動においてこれに相当する物理量は I と書かれているもので、「慣性モーメント」と呼ばれます。慣性モーメントは広がった物体の「回転軸から見た形状」を表します。
慣性モーメントが分かれば、広がりを持った物体の回転の様子が定量的に理解できますが、これはどのように与えられるのでしょうか?
簡単な次元解析を行えば、回転軸から見た質点の慣性モーメントは「回転軸からの距離の2乗とその点での質量の積」で与えられることが分かります。そして複数の質点がどのくらいの質量を持ち、それぞれ回転軸からどれくらい離れているかを測定すれば、複数の質点を同時に考えるときの全体の慣性モーメントが得られます(簡単のため、各質点の相対的な距離は変化しない=「剛体」とします)。直感的にこれがどういう意味を持つのか、次の2つを挙げて比較してみましょう:
(1) 点Oに軸を設定して棒ABを回転させる
(2) 点Aに軸を設定して棒ABを回転させる
2つの図は共に「変形しない長さ 4r の棒AB」を表しています。棒ABの質量は、点A,B,C,D,O にそれぞれ m として集中しています(計算の都合上、簡単化しています)。
棒ABを振り回そうとしたとき、どの点を掴めば楽に(さほどの力を用いずに)回転させることができるでしょうか?野球のバットなどを想像してみてください。端を握るよりも中央を握るほうが回転させやすい、という経験があるでしょう。それを数式で表現しているのが「慣性モーメント」です。
では、最初の「広がりを持った物体が斜面を滑らずに転がる様子」で用いた「円柱」「円筒」「球体」「球殻」それぞれの慣性モーメントを考えましょう。
円柱(中身が詰まっている)
円筒(中身がない)
球体(中身が詰まっている)
球殻(中身がない)
ここで M と R はそれぞれ物体の質量と回転軸からの最大半径を表します。上記4つの物体の慣性モーメントを具体的に計算するためには、物体の質量密度を把握し、それぞれ体積分(中身が詰まっている場合)もしくは面積分(中身がない場合)を実行する必要がありますが、ここでは割愛します。これらより、中身がないものよりも詰まっているもののほうが慣性モーメントが小さいことが分かります。(同じ質量ならば、空き缶のほうが中身の詰まっている缶よりも転がりにくい!)
そしてさらに、最も回転しやすい物体は慣性モーメントが最も小さい球体であり、逆に最も回転しにくい物体は慣性モーメントが最も大きい円筒であることになります。これは上記のアニメーションを端的に表していると言えるでしょう。
余談ですが、球体・球殻はどの方向から見ても形状が同じですが、円柱・円筒には方向があります。つまり回転軸を変更すると慣性モーメントが変化します:
L は円柱の長さ(太さ・半径ではなく幅)を表します。
さて、先ほどの4例で挙げた円柱・円筒の慣性モーメントには「長さ」が入ってなかったのですが、何故それでも良いのでしょうか?
実際に斜面を転がる運動の方程式を立てるには、斜面に沿った方向の「並進運動」も考える必要があります。並進運動はその方向への加速度で決まるのですが、丁寧に連立方程式を立てると、この加速度も慣性モーメントの影響を受けます。それらを計算すれば、「どのくらいの時間の経過で物体が転がるか」や「回転しない質点と比べてどれだけ速い(遅い)のか」を定量的に予測できるようになります。
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