物事を悲観的に捉える脳のしくみを発見

―うつ病や五月病の悲観的思考の病態解明への第一歩―

 

リソース

 

関係者

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研機構」という。)放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部のチームリーダー山田真希子らは、うつ病患者で認めることの多い「悲観的な物事の捉え方」を生み出す脳のしくみを発見しました。

 うつ病の患者さんでは、物事を悲観的に捉える傾向があります。健常者においても、いわゆる五月病として経験されることがある悲観的な思考は、気持ちが沈み込む抑うつ症状の悪化や、抗うつ薬が効きにくくなる治療抵抗性への関与の可能性が指摘される、極めて身近で重大な問題です。しかし、物事を悲観的に捉える脳のしくみについてはこれまでわかっていませんでした。

 そこで、健常被験者15名に、fMRI検査中に、悲しみと喜びが異なる割合で含まれる曖昧表情の情動を判断する実験を行いました。悲しい表情だと認識した程度を数値化してfMRIで計測された脳の活動との関係を解析しました。その結果、曖昧表情を悲しい表情と捉える傾向が強い人ほど、悲哀感情に関わるとされる前部帯状皮質膝前部という脳部位の活動が高まりやすいことが判明しました。さらに、抑うつ症状の一側面である絶望感が強い人ほど、前部帯状皮質背側部と視床との機能的結合が亢進していることが判明しました。

うつ病を含む精神・神経疾患では、薬物療法に加え、考え方のくせを修正する認知行動療法が併用されることがあります。さらに最近では、fMRIを用いた画像診断により自分の脳活動を観察しながら自己制御するニューロフィードバック訓練法が研究されています。本研究の成果は、今後、悲観的思考を生じる脳活動の自己制御訓練など、うつ病の効果的な治療に役立つことが期待されます。

日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムの課題F(平成27年度に文部科学省により移管)からの資金援助により行われた本研究の成果は、英国の科学誌「Scientific Reports」2017年4月X日号に掲載されました。

 

【研究開発の背景と目的】

量研機構放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部では、精神・神経疾患の病態解明や早期診断法の開発を目標として、様々な心理機能や精神症状に関わる脳内メカニズムの研究に取り組んでいます。今回の研究は、悲観的な物事の捉え方の脳機能メカニズムを調べた研究成果です。

同じ状況に遭遇しても、ネガティブな捉え方をする人とポジティブな捉え方をする人に分かれます。例えば、「コップ半分の水」という話があります。コップに半分の水が入っているのを見て、「もう半分しかない」と思う悲観的な人もいれば、「まだ半分ある」と捉える楽観的な人もいます。うつ病の患者さんは、概して物事を悲観的に捉える傾向があり、抑うつ症状の悪化や治療抵抗性への関与の可能性が指摘されています。また、健常者においても、いわゆる五月病として経験されることがあるように、悲観的な考え方は、心の健康に身近で重大な問題です。しかし、物事を悲観的に捉える脳のしくみについてはこれまでわかっていませんでした。

 本研究では、健常被験者を対象に、曖昧な状況を悲観的に捉えやすい人はどのような脳機能が関係しているかを検討しました。

 

【研究の手法と成果】

私たちは、コンピュータグラフィックスを用いて幸福表情と悲しみ表情を異なる割合で混ぜた曖昧表情を作成し、実験に用いました(図1)。

健常被験者男性15名に参加してもらいました。MRIの中で、被験者は、提示される曖昧表情が悲しみを表しているか喜びを表しているかを回答しました。悲しいと回答した割合を基に精神測定関数1)を描くと図2のようになりました。各被験者の曲線から、悲しみと喜びの判断が同じ割合になる点(主観的等価点2))を算出しました。主観的等価点が低いほど、曖昧表情を悲しみと判断しやすく、悲観的に知覚しやすいことを意味します。曖昧表情の情動を判断している時の脳活動を解析した結果、悲観的な知覚の歪みが大きい人ほど、悲哀感情と関わっていることが知られる前帯状皮質膝前部の活動が高まりやすいことが判明しました(図3)。さらに、絶望感の高い人ほど、覚醒や注意に関連する視床と行動調整に関わる前帯状皮質背側部との機能的結合が強まりすぎていることが明らかになりました。

今回の結果は、抑うつ症状に関わる考え方の癖「悲観的な捉え方」が、前帯状皮質膝前部の活動とそのネットワークによって形成されている可能性を示唆しています。 

今後の展開】

今回の研究結果により、悲観的な捉え方をする人は、前帯状皮質膝前部の活動が高まりやすいことが明らかになりました。今回得られた、悲観的思考を生じる脳活動を射程に、今後、fMRIを用いたニューロフィードバック訓練3)によって、悲観的思考を楽観的思考に修正することができるようになるかもしれません。そうなれば、うつ病の症状軽減や予防に役立つことが期待されます。

なお、本研究の成果の一部は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(融合脳)、新学術領域共感の一環として行われたものです。