篠原武大(たけひろ)は高校時代、文芸部に所属していたものの、一本も最後まで書き上げることなく、作品を放り投げることが日常茶飯事だった。それでも自分では自身の文才を高く評価しており、自信過剰なプライドだけは一人前だった。
「僕は天才だ。他の連中とは違うんだ。だから、この小説もすぐに完成させるのはつまらないんだよ」
篠原は数少ない友人にそう言って自慢することが多かった。
高校卒業後、篠原は文学の道を進むことを夢見て大学進学を希望したが、現実はそう甘くはなかった。どういうわけか合格できると思い込み、受験勉強もせずに入学してからの学生生活を夢見ていただけの彼は、当然のことながら全ての試験で不合格となった。
現実を見ることができない彼は、願書さえ出せば入学できる専門学校に進み、友人には東京の大学にAO入試で入学したと言い張っていた。
入学した専門学校では、アニメーションを中心としたシナリオ作成などのコースがあったが、現実は容赦なく彼を打ちのめした。自信過剰なだけだった彼の文才や想像力など全く通用しなかったのだ。
「学校で学ぶことなんて、僕にはない。本当の才能は誰にも理解されないんだ」
篠原は腕を組み、プライドを傷つけられることがないように身を守っていた。
しかし、現実の世界では篠原のプライドだけでは生きていくことはできなかった。彼は仕事ができず、転職を繰り返す日々が続いた。それでも篠原は自分が努力しなくても成功する天才だと信じ込み、努力することを拒んでいた。
「僕は何もしなくても、いつか誰かが僕の才能に気づく。そうしたら、一気に成功するんだろうな」
篠原は思い込むことで、自らの怠惰さを正当化していた。
篠原の現実とのギャップは次第に大きくなり、周囲の人々からは才能だけで生きることの甘さを指摘されるようになった。もっとも、彼には最初から才能などありはしなかったのだが…。
「才能があるってだけじゃ、生きていけないのか…?」
篠原は自問自答するが、やはり自分のプライドを傷つけることが怖くて、現実を直視することはできなかった。
篠原の自己保身は次第に周囲からも疎まれるようになってくる。仕事がうまくいかないことで友人や家族との関係も次第に希薄になっていった。
「僕のことを理解してくれる人なんていないんだ…誰も僕の才能をわかってくれない…」
篠原はひとりぼやくが、その実は自分自身が努力を拒み、単に自らのプライドに縛られていたのだ。
篠原のプライドと才能だけでは支えきれず、仕事も上手くいかず、彼はついには職を失ってしまうことになる。
「こんなことなら、もっと努力すればよかった…。でも、それは自分を裏切ることになる。僕は天才なんだ…」
篠原は自分に言い聞かせるが、心の内では自己嫌悪に苛まれていた。
篠原の周囲には、彼の虚偽の栄光に対する疑念が次第に広がっていった。彼が持っているという国家資格や世の中を変え、社会にインパクトを与えたという特許について、誰もが疑問を抱き始めたのだ。
高校時代の彼を知らない友人たちも篠原の実績に疑念を持ち始め、彼との付き合いを避けるようになった。篠原は自らの嘘によって孤立していくことに気づきながらも、なお虚偽の栄光にすがりつき続けた。
「彼の話、どこか怪しいよね…。本当に国家資格を持ってるのかな?」
友人が囁く声が聞こえた。篠原は耳をすませるが、その言葉に耐えることができなかった。
一方で、篠原自身も疑念に苦しむようになっていった。彼は嘘をつくことで自分自身を保っていたが、次第に心の中で戦いが始まる。
「本当に成し遂げたことがないのに、どうしてこんな嘘をついているんだろう…?」
篠原は自分自身に問いかけるが、その内心では真実を受け入れることを恐れていた。
篠原の周囲からの疑念が高まり、ついには彼の嘘が世間にも知れ渡ることとなった。彼の虚偽の栄光が暴かれると、人々は失望と怒りを露わにし、そして彼を嘲笑した。
「お前の言うことなんて端から信じてなかったんだよ!馬鹿にされた気分だ!」
彼のことを最後まで信じていた友人が叫ぶ声が響いた。篠原は言葉を失い、ただただ自分の罪深さを悔やんだ。
篠原は友人たちからの非難と嘲笑に耐えることができず、逃げるようにして家を出た。彼は孤独な夜の闇の中をさまよい歩いた。
「こんなはずじゃなかった…自分を偉大だと思い込んでいたのに…どうしてこんなことに…?」
篠原は自己嫌悪に苛まれ、絶望の淵に落ちていった。
彼はかつての栄光の幻影が消え去り、自分がただの平凡な男であることを受け入れざるを得なくなった。嘘をつくことによって一時的な虚栄を得た代償が、彼の心を蝕む。
家族との関係も壊れ、篠原は一人きりで生きることを余儀なくされた。彼はかつての友人たちからも遠ざかり、社会からも疎外された存在となってしまったのだ。
孤立した篠原は、自分が嘘をつくことによって得た栄光がすべて虚構であることを思い知る。彼は自分自身と向き合い、真実を直視する勇気を持ち始める。
「もう逃げるのはやめだ…自分が何者であるか、真実を受け入れる覚悟をするんだ…」
篠原は自らに誓った。
篠原の心の中で新たな決意が芽生え、再び立ち上がる勇気を持っていた。しかし、彼の道はまだ険しく、真実への向き合い方は容易ではなかった。
一旦は決意した篠原だが、彼の心は虚偽の栄光に囚われ、ますます自分の嘘を信じ込むようになっていった。彼は自分が偉大な英雄であり、世界を変える使命を帯びていると信じ込むようになったのだ。
「僕は天才だ。他の人たちとは違う。きっと世界に認められる日が来るんだろうな…」
篠原は自己陶酔に浸りながら、幻想の栄光に溺れていく。
彼の心は次第に現実とのギャップに支配され始める。彼の自己評価は過度に高まり、それが彼の心を壊していくのだ。
日々の生活では、篠原の虚偽の栄光が崩れていく様子を誰もが見ていた。しかし、彼は自らの嘘に疑問を抱くことを許さなかった。
古い友人は彼の心配をし、正直になるように説得を試みたが、篠原は全く聞く耳を持たなかった。
「お前はただの嘘つきだ!本当のことを見つめろ!」
友人が説得するが、篠原は激しく否定した。
篠原の幻想の栄光は次第に崩れていく。彼の周囲では、彼の嘘が全てバレてしまう可能性が高まっていた。
それでも彼は現実から逃げ続け、自分が優秀であるという信念を捨てることはできなかった。現実と幻想のギャップを受け入れられない彼の心は虚無感と絶望に苛まれる日々を送ることとなった。
孤独と絶望の中、篠原の心は次第に壊れていった。彼は自らの幻想の栄光にすがり続けることにより、現実を受け入れることができなかった。
「僕は絶対に偉業を成し遂げる運命にあるんだ…それが真実なんだ…」篠原は自分に言い聞かせるが、その声はますます弱くなっていく。
彼の心は内部で激しく揺れ動き、崩壊の危機に瀕していた。篠原は自らの嘘と幻想の栄光を否定することができず、心の奥底では自己嫌悪に苛まれていた。
彼の周囲の人々は、彼が自らを見失いつつあることに気づいていた。しかし、篠原は自らの心の闇と向き合うことを避けていた。
彼の壊れゆく心は、虚偽の栄光と現実の断絶によって引き起こされた混乱と狂気が交錯する闇の中に取り込まれていくのだった。
篠原は自分自身に向き合う勇気を持たずに、ますます崩れゆく心を抑え込むことができなかった。彼の内部では、幻想の栄光が次第に膨らみ、現実とのギャップが拡大していった。
日に日に篠原の心は混乱し、彼自身の心の中に閉じ込められていく。それはまるで、闇の中で孤独に迷い込んだような感覚だった。
篠原は自らの心に苦しむ日々を送りながら、やがて精神的なバランスを崩してしまう。
彼は常に不安と恐怖に襲われ、心の中で独り言をつぶやくことが増えていった。
「僕は…僕は大丈夫だ…うん、大丈夫…」
篠原は自らに言い聞かせるが、その声はますます不安定になっていく。
篠原は孤立し、自分自身との戦いに苦しむ日々が続いていった。彼の内面では、現実との葛藤が激しく交錯し、精神的な均衡を保つことが困難になっていた。
「もう…限界だ…」
篠原は壊れゆく心に耐え切れなくなり、絶望に沈んでいくのだった。
篠原は虚偽の栄光に縛られ、ついにはコンビニのアルバイトですらままならなくなっていった。以前は高校で文芸部に所属していた彼だが、今やブログの文章も書けなくなり、何もかもがうまくいかなくなっていた。
コンビニでのアルバイトは、彼にとって現実の厳しさを象徴するものとなった。周囲の人々は哀れみや嘲笑の目で篠原を見ていたが、彼自身も自分の絶望的な状況を直視することができなくなっていく。
「篠原さーん、もういい歳してるんだから、しっかり仕事憶えてくださいよwww」
自分の息子程の年齢の、茶髪の若者に注意される。
「なぜこんなことになってしまったんだろう…?」
篠原は心の中で呟くが、その問いに答えを見つけることはできなかった。
彼は以前のように天才であり、世界を変える使命を帯びていると信じていたが、それはすでに虚構と化していた。しかし、篠原は依然として現実を受け入れることを拒み続けていた。
自らの嘘を生きることが、もはや唯一の心の支えとなっていたのだ。彼は虚偽の栄光にすがることで、自分が価値のある存在であると信じようとしていた。
しかし、現実は彼に厳しい現実を突きつける。嘘に縛られていたことが、彼の心と人間関係を壊し始めていたのだ。
かつての友人たちは彼を避け、篠原はますます孤立していく。彼は周囲からの孤独な視線を感じながらも、自分の嘘から逃れることができなかった。
「あれ?篠原じゃないの?お前、まだ小説書いてるのか?一本も書き上げたの見たことないけど、どこかの雑誌にでも掲載されたら教えてくれよな」
勤めているコンビニのレジに高校時代の同級生が来て、彼を見つけてそう声をかけた。
「こんな姿を見られるなんて…。わざわざ地元からは遠いコンビニのアルバイトに決めたのに…。本当の自分を知られるのが怖い…」
篠原は自らの嘘にしがみつきながら、自己嫌悪に苛まれる日々を送っていた。
篠原は現実とのギャップに耐えきれず、ますます心を壊していった。彼の心は絶望の淵に引きずり込まれ、虚無感に包まれていた。
彼はかつての誇り高い自分を取り戻すために、一歩も踏み出すことができなかった。逃げ続けることで、自らの苦しみから逃れようとしていたのだ。
篠原は嘘をつき続けることで、もはや自分自身ですら信じられなくなっていた。彼は自分が誰なのか、何を信じるべきなのかがわからなくなっていた。
周囲からの視線や嘲笑に苦しんだり、自己嫌悪に苛まれたりすることなく、幸せに生きることができる方法を篠原は知らなかった。
彼はもはや心の支えを見つけることができず、絶望の淵に立たされたままでいた。
自分を取り戻す勇気も、現実を受け入れる力も失われてしまったのだ。篠原の心は崩壊し、彼は迷子のように彷徨う日々を送ることとなるのだった。
篠原の嘘が次第に広まり、ついには世間にも知れ渡ることとなった。彼の嘘によって人々を欺き続けたことが暴かれ、彼は完全に孤立する。かつての友人たちは彼を避け、家族からも距離を置かれた。篠原は自らの虚偽の栄光が崩壊していく様子を見ても、いまだに現実を受け入れることを拒んでおり、最後の最後まで嘘にすがりつく。
「あれが篠原だよ。あの嘘つきの男だ。信じるのはやめたほうがいいよ。」
通りすがりの人々が篠原を憐れみの目で見る。篠原はそれを耐えることができず、自分の存在そのものを否定したくなるほどの屈辱を味わっていた。
嘘によって築いた虚偽の栄光は崩壊し、篠原は絶望の淵に沈んでいく。かつての自尊心はもはや存在しない。彼は自分が何者なのか、何を信じるべきなのかがわからなくなっていた。
「もう終わりか…自分がこんなにも弱くて、愚かな人間だとは思わなかった…」
篠原は心の中で呟くが、その言葉に自らの無力さを痛感する。
周囲の人々からの冷たい視線や嘲笑にさらされながらも、篠原はまだ自分の嘘にすがりつくことをやめなかった。
「本当の自分を受け入れるのが怖い…この嘘がなければ、僕には何もないんだ…」
篠原は自分に言い聞かせるが、それはもはや心の中で繰り返すただの言葉に過ぎなかった。
彼の心は壊れゆくばかりで、まるで崩れ落ちる建物のように、嘘に支えられた自己が崩壊していった。
孤立し、心の支えを見失った篠原は、やがて自らの心に抗う力を失い、絶望の淵に沈んでいった。
「何もかもが嘘だ…こんな自分が世の中に認められることなんてない…」
篠原は心の中で絶望に打ちひしがれる。
彼はもはや嘘に支えられた自己を見つけることができない。そして、嘘の世界から脱却し、現実を受け入れる勇気を持つこともできなかった。
嘘に縛られた彼は終わりなき苦しみの中で沈み続け、自らの心の闇に取り込まれていった。
絶望の淵に立たされた篠原の心はもはや救いを求めることもできず、彼の壊れゆく心は最後の最後まで嘘にすがりつくのだった。
やがて、篠原の存在は虚偽の栄光とともに消え去り、嘘に囚われた男の物語は終焉を迎えた。
彼の周囲には何も残されず、かつての自分も、虚偽の栄光も、全てが破滅してしまった。
篠原は孤独の中で絶望し、何もかもが終わってしまったことを悟った。
崩壊した心の中で、彼は自らを許すことも、現実を受け入れることもできなかった。
嘘に埋もれた男は、孤独と絶望の淵に落ちていき、そこからはもう二度と抜け出すことはできそうもなかった。
篠原は自らの嘘に取り憑かれ、ついには現実から逃れることができなくなった。彼は嘘に縛られたまま、孤独な道を進み続ける。現実を受け入れることなく、幻想の栄光の中で生きる彼の姿は、周囲から哀れみと同情の対象となる。
「もう少しで成功できるはずだ…僕には偉業を成し遂げる力があるんだ…」
篠原は自分に言い聞かせるが、その声はもはや心の中で消え入るような小さな声となっていた。
彼は崩壊した心の中で孤立し、何もかもが終わってしまったことを受け入れられないでいた。
「こんなはずじゃなかった…僕は本当に何をやっているんだろう…」
篠原は自問自答するが、答えは見つからなかった。
周囲の人々は、かつての篠原の嘘と現実のギャップを見て、彼に哀れみと同情を抱いていた。
「いつかこうなるんじゃないかと思っていた」
ある人々はため息をつきながら、またある人々は嘲笑しながら篠原を見守るしかなかった。
篠原は自分の嘘に囚われたまま、現実から目を逸らし続けた。
彼の心は崩壊し、壊れゆく思考の中で幻想の栄光を追い求めていた。
「本当の自分はもういないんだ…」
篠原は自らの存在を否定してしまった。
かつての自尊心、プライドは遠い過去のものとなり、篠原は自らの心に取り戻すことができなかった。
孤立し、心の支えを見失った彼は、もはや自らの心の闇に囚われたままでいた。
「あの頃の僕には戻れないんだろうか…?」
彼は過去を懐かしむが、それは現実の過去とはかけ離れた存在であり、それすらも単なる幻想でしかなかった。
彼はもはや現実と向き合うことを拒み、虚構の闇に取り込まれたままでいたのだ。
絶望の淵に立たされた篠原の心はもはや救いを求めることもできず、彼の壊れゆく心は最後の最後まで嘘にすがりついていた。
彼は自らの嘘に取り憑かれたまま、虚構の闇から抜け出すことはできなかった。
やがて、篠原の存在は虚偽の栄光とともに消え去り、嘘に囚われた男の物語は終焉を迎えた。
周囲の人々に見放された彼は、いつしか浮浪者となっていた。かつての友人たちは篠原との接触を避け、彼の存在を忘れようとする。
ブツブツと何かを呟きながら歩いている彼を、ただ遠くから見守るだけだった。
篠原の精神は虚構の闇から抜け出すことができず、永遠にその中で彷徨い続けるのだろう。彼の物語は終わりを迎えたが、彼自身は自らの嘘に縛られたまま、暗闇の中に取り残されたのである。
(了)