企画シンポ

食物網

10月7日|14:00〜16:00 |1号館第8講義室

生物群集データと生物間相互作用網

Biological community data and biotic interaction webs

企画者:角谷拓(国立環境研究所)A会場

競争や捕食―被食、共生などの生物間相互作用は、群集の構造や動態を決める上で本質的な役割を果たす。しかし一方で、相互作用は特定の時空間において特定の個体間に生じる「関係」であり、観測には大きな不確実性が伴う。この生物間相互作用の感度の高さと観測での不確実性の大きさという背反が、野外で起きる生物群集レベルでの事象の理解や予測を妨げる大きな要因になっている。したがって、もし、この問題が解決できれば、群集生態学は予測科学として飛躍的に発展することが期待できる。解決のためには、観測技術の革新により不確実性を減少させる、データ解析技術を洗練し不確実性の存在下でもより精度の高いメカニズムの推定を可能にする、あるいは、不確実性を前提とした群集理論の再構築を目指すといった方向性がありうる。これらは実際には相互に補い合いながら同時に進むものと考えられる。本シンポジウムでは、様々な生物群集を対象とした実例も紹介しながら、生物群集データと生物間相互作用網を巡る研究の発展方向について議論する。

趣旨説明 【S3-00】

Introduction

角谷拓(国環研)

気候変動に伴う植食者・海藻・サンゴ間の相互作用変化が群集シフトをもたらす【S3-01】

Changes in interaction among herbivores, macroalgae and corals result in community shift under climate warming

*熊谷直喜(国環研)、GARCÍA MOLINOS, Jorge(北大・北極域研)、山野博哉(国環研)、髙尾信太郎(極地研)、藤井賢彦、山中康裕(北大・地環研)

本講演は、生物の分布変化を駆動する物理・生物プロセスを組み込んだモデルを開発することによって、地理的スケールの気候変動影響を推定した研究を紹介する。気候変動に伴う分布変化速度は生物種群によって異なっている。空間的に共存する生物群間で分布変化速度が異なる場合、生物間相互作用のみならず群集構造も変化しうるだろう。黒潮などの暖流流域に面した温帯の沿岸では、海藻藻場の衰退・消失やサンゴ群集への移行といった生態系の“熱帯化”が進行している。この直接的要因としては、サンゴの加入による空間をめぐる競争や、南方由来の魚類による海藻食害の増大が想定される。本研究はこの群集移行における、水温上昇と生物の海流輸送、植食圧の役割を解明することを目的とした。まず、長期出現記録に基づいて分布域変化を検出し、海水温上昇と海流輸送による複合プロセスを組み込んだClimate velocity trajectory modelにより分布変化速度を解析した。さらに推定パラメータを用いて、日本沿岸における群集移行の確率と移行プロセスの相対強度を計算した。


湖沼生態系の複雑な生物間相互作用ダイナミクスを網羅的観測データから解読する【S3-02】

Deciphering the complex interaction dynamics in a lake ecosystem from comprehensive observational data

鈴木健大(国環研)

次世代シーケンシング技術の発達により環境中の生物種の存在量を同時かつ網羅的に把握することが可能になりつつある。このようなデータを継時的に取得していくことで多変量の時系列が得られる。「遅延埋め込み法」を使うと、この時系列の一部から相互作用網全体の時間変動の様子(アトラクター)を復元できる可能性がある。この方法で復元されたアトラクターは相互作用網上の他種の時系列情報を含んでおり、この情報は時系列予測の精度向上、直接・間接・共通の駆動因による見かけ上の相互作用の判別、データの背後にある相互作用網の全体像の把握などに利用できる。5年間にわたる霞ヶ浦の微生物組成データへの適用を例に、こうした手法について背景も含めなるべくかみ砕いて解説し、その有効性や恩恵を明らかにしたい。


マルコフモデルによる群集動態の推測:推移確率・状態の不確実性・密度依存性【S3-03】

Inference of community dynamics based on Markov model: transition probabilities, state uncertainty and density dependence

深谷肇一(国環研)

空間をめぐって競争する生態群集の動態は、利用可能なパッチを占有する個体の時間的入れ替わりによって特徴づけられる。このような群集の動態を記述するための数理モデルの1つがマルコフモデルである。マルコフモデルでは群集動態の確率的規則が一連の推移確率によって表され、ひとたび推移確率が定まれば平衡群集構造や群集の様々な動的特性を導くことができる。固着性生物群集では推移確率の推定が(原理的には)簡単であることから、マルコフモデルは野外観測データに基づいて生態群集動態を解析・予測するための有用な道具として利用されている。一方、マルコフモデルは、複雑な相互作用網を観測データから解明するという問題に対しては必ずしも際立った役割を果たしていない。本講演では、マルコフモデルによる群集動態推測に関する近年の方法論的発展を概観し、相互作用網の推定という観点から必要となる今後の発展の方向性を議論する。

群集理論をいかにしてテストするか:EDMを利用した時系列解析手法の可能性【S3-04】

Testing the theory of community ecology: an approach using Empirical Dynamic Modeling

近藤倫生(東北大)

生物群集は共存する多数の生物種の相互作用系である。数理モデルを利用した個体群動態研究や群集ネットワーク理論の発展により、種間相互作用と個体群・群集動態や多種共存機構を結びつける生態学理論が数多く提案されてきた。しかし、野外の自然生態系において多種間に働く相互作用を検出したり、その状況依存性を理解することは容易ではない。まして、操作の困難な種間相互作用が個体群・群集動態に及ぼす影響をテストすることには非常に大きな困難が伴う。近年になって、非線形力学理論に基づいて時系列データから生態系情報を取り出そうとする、Empirical Dynamic Modeling(EDM)と呼ばれるモデリング手法が注目されるようになってきた。本講演では、EDMを利用して種間相互作用やその特徴、さらには群集動態との関係を明らかにしようとする最近の試みを紹介し、このアプローチが生態学にもたらす新しい展開を考察する。