企画シンポジウム

多様性の機能


種多様性と遺伝的多様性の対比からみる多様性-機能関係

Ecological functions of biodiversity

10月7日|9:00〜11:00 |A会場


生物学的多様性と生態的機能の関係は、最近10年強の間、非常によく研究されてきた。とくに種の多様性と生態系機能の関係については、さまざまなシステムを用いて盛んに研究され、これらの間にはしばしば正の関係が検出されている。とはいえ、扱うシステムや種の組み合わせ、すなわち、種間のネットワーク構造によって種の多様性と生態系機能の関係は、弱くなったり逆転したりすることも少なくない。一方、個体群内の遺伝的多様性(多型や個性)と個体群の機能との間にも正の関係を示す可能性が指摘されている。ただし、種多様性の場合と同様、その生態的機能には一貫性がないようにもみえる。本シンポジウムでは、種の多様性と種内の遺伝的多様性という生命現象の異なる階層に存在する2種類の多様性に着目し、それぞれで見られる多様性-機能関係を概観することで、2つの階層間での定性的な共通性や絶対的な相違点を議論したい。

企画者:高橋佑磨・村上正志


生物多様性の変容がもたらす生態系機能の変化【S1-01】

佐々木雄大(横浜国立大学)

生物多様性の減少は、生産性、物質の循環や分解、水質の浄化といった生態系のさまざまな機能を低下させる。植物は光合成によって有機物をつくり、土壌中の水分や栄養を利用し、水分を大気に循環させる。植物の枯れた葉や枝はやがて微生物によって分解される。このように、さまざまな生物によって支えられる生態系の働きが、生態系機能である。生態系を構成する生物種が減少すると、異なる種が互いの機能を補い合ったり、重複した機能を持ったりする可能性が失われ、結果として生態系全体の機能が低下すると考えられる。本発表では、生物多様性の変容がもたらす生態系機能の変化についてのこれまでの研究を俯瞰するとともに、自身の事例研究をいくつか紹介する。


植物の遺伝的多様性が生態系機能に及ぼす効果の大きさとメカニズム【S1-02】

富松 裕(山形大学)

植物の種多様性は、一次生産速度をはじめとする様々な生態系機能を概ね高めることが、主に種数を操作した実験から示されてきた。しかし、種多様性に比べると、種内の遺伝的多様性が及ぼす効果を実験的に検証した研究は少ない。種多様性が一次生産に及ぼす効果は、種間のニッチ分化や促進作用に依るところが大きいと考えられているが、遺伝子型によるニッチの差は小さいため、強い種内競争が働く可能性がある。病気に対する抵抗性が異なる複数の作物品種を混作すると疫病の発生が抑えられることも知られているが、このような大きな撹乱要因がない場合、植物の遺伝的多様性が及ぼす効果は比較的小さいことが期待される。本講演では、筆者らが行った(1)ヨシの遺伝子型数を操作したメソコズム実験、(2)チシマザサ自然集団における個体群動態の分析、(3)種数と遺伝子型数がバイオマス生産に及ぼす効果量を比較した文献調査の結果について、それぞれ紹介し、植物の遺伝的多様性が生態系機能に及ぼす効果の大きさとそのメカニズムについて議論したい。


植物のゲノム多型を用いた遺伝子型間相互作用の推定と虫害予測【S1-03】

佐藤安弘(JSTさきがけ・龍谷大学)

植物の種および遺伝的多様性が高い群落では、農地などの多様性の低い群落にくらべて病害虫が発生しにくい。こうした病害虫の抑制は多様性がもたらす生態系機能の1つと考えられ、特に2000年代初めに群集遺伝学が提唱されて以来、植物種内の遺伝的変異に着目した研究が進んできた。しかし、どのような遺伝子型を狙って混植すれば病害虫が抑制されるのかを事前に予測することは未だ難しい。そこで演者らは、アブラナ科のモデル種シロイヌナズナとその植食者を対象に、無作為に配置された200遺伝子型の中から促進的な相互作用をもつペアを予測することを試みた。本講演では、植物個体間の相互作用を取り入れたゲノムワイド関連解析(GWAS)の開発、それらを利用した遺伝子型間相互作用の推定と虫害量の予測、および実際に混植を行った結果について話す。一連の結果に基づき、生態系機能の予測と制御に向けた枠組みについて議論したい。


動物の種内多型から探る多様性-機能関係【S1-04】

高橋佑磨(千葉大学)

集団の多様性は、集団の生産性を高めることが知られているが、その効果(多様性-機能関係)は必ずしも一貫していない。一方で、集団内の多様性には、環境の異なる集団間の移住によって一時的に成立するものと、集団内での平衡選択によって恒久的に維持されるものがある。このことは、多様性の質的な構成は、多様性自身の成立過程や共存可能性によって大きく異なることを意味している。実際に、多様性の共存可能性を基準に遺伝的多様性を分類したうえで、数理モデルにより多様性効果を推定すると、長期的共存の可能な多様性でのみ集団の増殖率に対する正の多様性効果が存在することが予測された。この予測は、ショウジョウバエの行動多型を用いた実験によって裏付けられている。また、共存可能性に着目することで、遺伝的多様性-機能関係の非一貫性も合理的に解釈できることがわかった。これらの結果は、遺伝的な多様性の共存可能性とその機能がコインの裏表の関係にあることを示唆している。最後に、このような関係を種多様性における多様性-機能関係に拡張する可能性についても議論したい。