企画者:馬場友希・片山直樹((国研)農研機構 農環研)
10月7日|9:00〜11:00 |B会場
農地と生態学との関わりは深い。例えば、1960年代から70年代にかけて、総合的害虫管理(IPM)に基づく害虫防除体系を確立するために、害虫の数の変動パターンやそれを生み出すメカニズムを明らかにする個体群生態学の研究が盛んに行われた。その結果、生物の個体数変動の主要因や個体数の安定化をもたらす密度依存過程について大いに理解が進んだ。その後、害虫を対象とする個体群研究は陰りを見せたが、近年、農地は食糧生産の場としてのみならず、生物にとって貴重な生息環境を提供する生物多様性保全の場としても注目されている。農地の生物多様性やそれに由来する生態系サービスを評価するために、広域データや空間明示的な解析に基づく様々な研究アプローチがとられており、農地の生態学研究は新たな局面を迎えつつある。本シンポジウムでは、近年の農地の生物多様性や生物に由来する生態系サービス(送粉サービス・害虫防除サービス)を扱った様々な研究例を紹介すると共に、今後の農地の生態学研究の方向性についても議論する。
馬場友希(農環研)
片山直樹(農環研)
環境保全型農業は、農地の生物多様性を保全するだけでなく、害虫抑制など農業に重要な生態系サービスを強化することが期待されている。これまで、欧州の畑地生態系を中心に多くの研究が進められ、主に有機栽培の生物多様性保全効果が明らかにされてきた。一方、アジアの主要農地である水田生態系の知見は未だに少なく、特に植物から鳥類まで複数の分類群に対する有機栽培や減農薬栽培の効果を検証した事例はほとんどない。そこで我々は、全国6地域700以上の水田で、有機・特別栽培が複数の分類群(植物・無脊椎動物・カエル類・ドジョウ・鳥類)の種数・個体数にもたらす影響を調査した。さらに、農家への聞き取り調査によって、圃場ごとの農法(農薬、水管理、畦管理、輪作の有無など)も記録し、その影響を調べた。その結果、分類群ごとの農法に対する感受性の違いによって、有機・特別栽培の保全効果に差が生じることが示唆された。本講演では、これらの研究成果にもとづいて、環境保全型農業の有効性や今後の改善のあり方について議論したい。
滝久智(森林総研)
農地景観の中には、作物生産の場となる農地生態系を中心として、近隣に存在する森林、草地、池、川などの自然や半自然生態系、さらには宅地や道路などの人工生態系を含めた複数の生態系間で、多様な生物による様々な種類の往来が存在する。異なる生態系間の移動を加味する必要性がある生物を対象とした生態学的探究は、人間社会への応用性が高いだけでなく科学としてもおもしろい。このような複数の生態系を利用するという特性を示す生物として、農地生態系において農作物に対する花粉媒介機能あるいは送粉サービスを供給する送粉者や花粉媒介者とよばれる多様な動物も多々含まれる。本講演では、送粉サービス供給者の評価もしくは送粉サービスの評価に関して、農地を含めた景観レベルや農村集落レベルさらには国レベルの広域スケールを対象に、近年我々が行ってきた研究成果を中心にこれまで明らかになってきたことを報告したい。
筒井 優 (東京大学)
ジェネラリスト捕食者は様々な餌種を捕食することで、害虫の密度にかかわらず高密度を維持することができるため、恒常的に害虫の個体数増加を抑える機能を持つといえる。したがってジェネラリスト捕食者は、持続可能な農業が抱える生物多様性と生産性のトレードオフという問題に対して大きく貢献するかもしれない。ただし、農地でジェネラリスト捕食者を高密度に維持することは、そう単純な話ではない。農地の環境は季節的に大きく変化するため、高密度で維持するには環境が変化しても餌や住み場所といった資源を連続的に利用できる状態が必要になる。そこで我々は、水田で優占するジェネラリスト捕食者であるクモ類(アシナガグモ属)の時空間動態を調査し、水田環境で個体群を維持するのに重要な要因を評価した。特に害虫以外の「代替餌」の発生パターンや水田以外の「代替生息地」の質に注目した成果を紹介する。この研究結果を中心にジェネラリスト捕食者を高密度に維持し、害虫防除サービスを高める仕組みについて議論したい。
田渕 研(東北農研)
農業生態系において害虫個体群は農地-非農地を季節的に行き来している。局所的な農地管理のみならず、農地周辺環境によって害虫の発生量や被害が大きく左右されることについては、これまでに多くの研究が蓄積されてきた。しかし、この「農地周辺環境-害虫個体群」の関係を一歩進めて、農業害虫被害(生態系ディスサービス)の予測を行い、管理へ応用する取り組みはほとんど見られない。我々はイネの子実を加害する害虫であるアカスジカスミカメにおいて、本種の発生量に影響する既知の空間スケール内の土地利用を用いて被害を予測する統計モデルを構築し、その結果をハザードマップとして示した(Tabuchi et al. 2017. Agr. Ecosyst., Env.)。これにより、生産者や営農指導に携わる人たちはどの地域でイネの害虫被害が起こりやすいのか視覚的に捉えることが可能になり、殺虫剤散布の労力配分や散布回数の決定支援への応用が期待される。本講演では、土地利用情報を用いた作物被害予測やハザードマップ利用、ハザードマップの外挿可能性の検証など近年の調査結果について、今後の展開も含めて紹介する。