の伝道館


「オリンピックの伝道師(自称)」が贈るオリンピックの情報サイトです

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コンテンツ

ABOUT:オリンピズムとは、スポーツ・文化によって心身共にバランスの取れた若者を育て(全人教育思想)、世界平和の構築に寄与しようとするものであり(平和思想)、「スポーツ・文化・環境」がその3本柱となります。この「オリンピズムの伝道館」のサイトでは、特にオリンピズムの文化的側面や教育的側面および平和運動の側面に焦点を当てて、情報提供していきます。(「オリンピズムの伝道師(自称)」 舛本直文)

(なお、無断転載は固くお断りします。)

自己紹介:オリンピック大会の現地視察は、2000年シドニー大会より2016年リオ大会を除きすべて現地調査に出かけています。ギリシャのオリンピアには8回、スイスのローザンヌには5回訪問し、2010年から始まったユース・オリンピック(YOG)もすべて現地視察しています。「東京2020大会」では、パラリンピックの車椅子バスケットボールの練習会場のボランティアを経験しました。なお、国際オリンピック・アカデミー(IOA)の招聘講師も4回務めています。 これまで、各地のオリンピック関係施設を訪問した際の写真を元に本サイトで紹介していきます。

上記写真3枚:スイス・ローザンヌの「オリンピック・ミュージアム(TOM)」&「IOC本部」訪問時の写真から

左:旧IOC本部エントランスに飾られていたクーベルタンの首像とオリンピック旗

中:レマン湖の湖畔のオリンピック・ミュージアム(TOM)の入り口の噴水

右:オリンピック・ミュージアム入り口前で燃え続ける聖火

1.「オリンピック基礎講座」

日本オリンピック・アカデミー(JOA)のwebsiteに「JOA HOUSE」の特設ページがあります。そこには伝道師の舛本が2020年度『都政新報』に連載した記事30本を4つのテーマに分けて読んでいただくことができます。 (『都政新報』さまのご理解に感謝いたします。)

1.聖火リレー

2.文化プログラム

3.オリンピック平和運動

4.開会式・閉会式

オリンピック基礎講座 – Virtual JOA House (olympic-academy.jp)

2.「PEACE ORIZURU」

写真左

PEACE ORIZURUです!東京2020大会のwebsiteからダウンロードしで、オリズルを折り、白色の羽の所にピースメッセージを書きます。(青色の用紙のみアップしておきました)

・私は、「POSITIVE PEACE 積極的平和」と書いてみました。

・オリンピックの開会式では「ダブ(白い鳩)」が象徴的に放鳩されます。象徴的放鳩とは、本物の鳩ではない形で鳩の飛翔を演出するということです。白い鳩は「平和の象徴」とされていますので、オリンピックの開会式で平和希求のメッセージを世界に発信するためです。

・日本ではオリズルには平和希求のメッセージが託されています。広島で被爆した佐々木貞子さんの物語りが有名ですね。

・参考:日本オリンピック・アカデミーのwebsite 活動の部屋 – Virtual JOA House (olympic-academy.jp)

(このページに関する東京2020大会」組織委員会のwebsiteは既に閉じられています。)

3.「トーチの花を咲かせましょう」

PanasonicセンターとJOAのコラボ企画です。

・木目込み人形の五月人形にトーチを持たせてみました。

・炎の所に「ピ-ス・メッセージ」を書くことができます。

・ここでも「Positive Peace積極的平和」と書いてあります。

・参照:JOAのVirtual JOA HOUSEのwebsite

活動の部屋 – Virtual JOA House (olympic-academy.jp)

・赤色の用紙のみアップしておきました。


4.「国際オリンピック・アカデミー(IOA)2021年度Young Participant session講義」

JOAのオンライン読み物に投稿した記事です!

1.JOA Review Online » パンデミック下での日本社会における「東京2020大会」の意義 (olympic-academy.jp)

これは、2021年度国際オリンピック・アカデミーの第61回ヤング・パーティシパント・セッションでレクチャーした内容に加筆したものです。

5.ギリシャのオリンピック関連(古代ギリシャの4大祭典(オリンピア祭・ネメア祭・ピュティア祭(デルフィ)・イストミア祭)の遺跡+アテネの競技場(パンアテナイ祭)

以下、古代ギリシャの4大祭典の地+アテネの地を訪問した時の写真を載せておきます。

その後で、各地のオリンピック関連の遺跡やミュージアムを紹介していきます。

オリンピアにある国際オリンピック・アカデミー(IOA)の研修施設やアテネの国立考古学博物館および国際オリンピック休戦センターの展示なども覗いてみてください。

参考:IOAのwebsite THE MUSEUMS IN ANCIENT OLYMPIA - Διεθνής Ολυμπιακή Ακαδημία (ioa.org.gr)

IOA - Official Website of The International Olympic Academy  https://ioa.org.gr/r/

参考:国際オリンピック休戦センターInternational Olympic Truce Center https://olympictruce.org/en/homepage/

参考:国立考古学博物館 National Archeological Museum https://www.namuseum.gr/

古代ギリシャの四大祭典競技のまとめスライド

・オリンピア祭:ゼウス神に捧げる4年毎の最大の祭典。勝者にはオリーブの葉冠(コチノス)

・ピュティア祭:デルフィのアポロン神に捧げる4年毎の祭典。勝者には月桂樹(ローレル)の葉冠

・イストミア祭:海神ポセイドンに捧げる2年毎の祭典。勝者には松葉の葉冠

・ネメア祭:ゼウス神に捧げる2年毎の祭典。勝者にはセロリの葉冠

古代ギリシャの4大祭典競技(2枚のみ)

オリンピア:オリンピアの古代遺跡の傍にあるクーベルタンの石碑(ステラ)。クーベルタンの死後、彼の遺言によって彼の心臓がここに埋葬されています。国際オリンピック・アカデミー(IOA: International Olympic Academy)はこの石碑の広場に隣接して設置されています。なお、クーベルタン自身のお墓はスイスのローザンヌのIOC本部近くの墓地にあります。

パンアテナイ祭(アテネ):写真は、アテネ市内のパナシナイコスタジアムにて。1896年第1回近代オリンピックが開催されたスタジアムです。2004年アテネ大会の際には、アーチェリー会場とともに、マラソンのゴール地点として利用され、日本の女子マラソン選手である野口みずき選手がゴールテープを切った場所でもあります。

ネメア祭(ネメア):ネメアのスタディオン遺跡に続くトンネル。このトンネルはアメリカのUCBerkleyの考古学者スティーブン・ミラー博士によって発掘されました。この遺跡の近くに、ゼウス神殿の遺跡とミュージアムもあります。ネメア祭は1996年以来、今でも4年毎に復活開催されています。

ピュティア祭(デルフィ):デルフィの遺跡にあるスタディオン(英語のスタジアムの語源)。アポロン神殿の最上部に位置する。今は立ち入ることができませんが、1936年ベルリン大会の公式記録映画『オリンピア』の聖火リレーの1シーンにも登場する競技場遺跡です。このデルフィは、古代ギリシャの世界のへそ(中心地)であり、当時はアポロン神のご託宣を受けて政治や戦争が執り行われていたとされています。

ストミア祭:コリント地峡近くのイストミアにある海神ポセイドンの神殿跡地と競技場遺跡(2019年に武蔵野大学の授業ツアーで訪問したが、残念ながらフライトが大幅に遅れ、閉館時間を過ぎていたため、外からの撮影のみとなってしまいました)。海神ポセイドンに捧げられたイストミアの祭典競技のスタディオン走のスタート装置の遺構が発掘されているとのこと。

オリンピア祭:古代オリンピアの祭典競技は絶対神ゼウスに捧げられたものであり、ギリシャ全土から選手や観戦者、商売人や芸術家達が集まった盛大な祭典でした。著名な哲学者達も集まって学問も広めたとされます。正統なギリシャ人(ヘレネス)の男性しか参加も見物も許されなかったため、古代ギリシャ人のアイデンティティ確認のためにも重要な祭典競技でもありました。この祭典競技を挟んだ約3ヶ月間は「エケケイリア(聖なる休戦)」として戦争や紛争などがギリシャ全土で禁止され、選手や観戦者の旅の安全が確保されました。写真は、古代オリンピアのスタディオン遺跡のスタート版(大理石に2本の溝が掘られている)でスタート姿勢を取る筆者(スタディオン走とは、約192mを走るスプリント走のことです)。

6.古代ギリシャの四大祭典競技の遺跡&ミュージアムの旅+オリンピア

6-1) 古代オリンピアの遺跡(BC776年からの競技記録残る)

・ユネスコの世界遺産。絶対神ゼウスの神殿跡地、ヘラ神殿遺跡などの聖域(アルティス)とトンネルをくぐった先の競技施設(スタディオン)に2大区分されます。すぐ近くに、近代オリンピックの父であるピエール・ド・クーベルタンの石碑(ステラ)とIOA設立に貢献したカール・ディームとジョン・ケチアスの石碑もクロノス山の麓にたたずんでいます。オリンピアの遺跡は今も発掘が続けられています。

・クロノス山の麓に抱かれた聖域には、パライストラやギムナジオンという競技の練習会場や運動施設の跡他、崩壊したゼウスの大神殿、復元中の巨大石柱、ゼウス神殿前に立っていたパイオニオスのニケ像の石柱(9m)、ゼウス神殿より古いと言われるヘラ神殿(今では各大会のオリンピックの聖火リレーの採火式がこのヘラ神殿前で執り行われます)、フィリップ大王が建設したフィリッペイオン、宿泊施設のレオニダイオンなどが雨ざらしのまま保存されています。驚きです。

・競技場に続くトンネルの前には、競技で不正をした人々が償いのために奉納したゼウス像が立っていたとされる台座が列をなしています(それだけ不正が多く行われていたという証拠でもあります)。反対側の台座群は勝者達が名誉のために奉納した彫像の台座です。

・トンネルをくぐるとスタディオン(英語のスタジアムの語源)。ここではスタディオン走などの走競技が行われました。大理石のスタート版には2本の溝と隣のランナーと仕切る杭が立てられた四角の溝が掘られています。スタディオン走の距離は約192m(1スタディオンと呼ぶ)、ゴール地点にも大理石の石版が埋められています。何往復か走る(ドリコス走)などが後に増えていきました。スタンドは緩やかに傾斜する草地の土手。そこには審判席の一角と唯一女性として参加が認められていたとされる豊穣の女神デーメーテルの神殿の巫女が座る台座が遺されています。

6-2) 古代オリンピアのアルケオロジカルミュージアム(考古学博物館)

・古代オリンピアの遺跡から発掘された名品の数々を展示した考古学博物館です。

・ゼウスの大神殿の東西の破風を飾っていた彫像群、ゼウス像やアテナ像、巨大なゼウス神像の想像図(世界7不思議の一つとされる。行方不明でコンスタンチンノープルの大火で焼失したとも)、その巨大ゼウス像を制作したフィディアスの工房から出土した工具や彫像の鋳型などが展示されています。

・その他、ゼウス神殿のファサードに飾られていたペロポネソス半島でも活躍したヘラクレスの12の偉業のレリーフや様々な出土品が展示されています。

・なかでも傑作品と言われるのは、パイオニオス作の「ニケ像」(今にも飛翔しそうな翼と衣、残念ながら顔は破壊されていますが=テオドシウスⅠ・Ⅱ世がキリスト教を国教とした事による偶像破壊令や異教神殿破壊令のせいかも)とプラクシテレス作の「赤子のディオニソスを抱くヘルメス像」(ヘラ神殿から発掘されたとされます)です。

6-3) 古代オリンピアの祭典競技の歴史博物館(ヒストリカル・ミュージアム)

もう一つの有名な考古学博物館のチケットで入館できるはずです!

・オリンピアの目抜き通りの正面の丘に位置する古代オリンピアの祭典競技に特化したミュージアムです。

・オリンピアの遺跡の発掘に貢献したドイツ人の考古学者エルンスト・クルティウスの胸像も入り口に飾られています。

・古代ギリシャのスポーツの始原は牛遊び、そのフレスコ画も。絶対神ゼウスに捧げられる以前からのギリシャスポーツ史を記録しています。

・石版に刻まれた勝者の記録、裸体を磨き上げたオリーブ油を入れた壺と砂や汗をそぎ落とすストリギス、勝者の歓待の様子のモザイク画など、競技者の訓練や準備、競技の様子や勝者の扱われ方などが、壺絵や絵皿、モザイク画や石版の記録から窺い知ることができます。

・短距離走のスタディオン走の腿の挙げ方と長距離走のフォームの違いも壺絵から理解できるでしょう。

・一風変わった走り幅跳びの競技方法:石のおもり(ハルテレス)を両手に持って跳ぶのです。重いものを持って跳ぶとは? 重りが反動になったと推測されますが???

・筆者が上の写真でオリンピアのスタディオンでスタートのポーズを取ったようなスタディオン走のスタート姿勢のブロンズ像や女性アスリートの彫像も展示されています。

・少年の部の競技の様子も皿絵などから窺い知ることができます。

6-4) IOA施設内にある2004年アテネオリンピック大会ミュージアム

(2021年IOCの寄附によってIOAの施設がリニューアルされました。どのような形になったか楽しみです。ここに掲載した写真は2015-2016年に訪問した時のものです。)

・旧オットー・シミチェック記念講堂の半分を区切って2004アテネオリンピック・ミュージアムが設立されています。

・一般の観光客が自由に観覧はできないのが残念です。IOAの各種セッションや大学院プログラムに参加すれば閲覧することができました。

・各種展示の他、アテネ大会関係の資料なども保存されています。デジタル化もされていますので検索しやすく、動画映像も多く保存されています。

・シミチェック講堂の半分の部屋の壁には、平和希求などのオリンピックポスター群も展示されていました。

6-5) オリンピアの地にあるIOAの研修施設

・クロノス山の麓に抱かれた古代オリンピアの遺跡のすぐ側に国際オリンピック・アカデミー(International Olympic Academy IOA)の研修施設があります。そこでは、毎年青年セッションやNOA・NOCの理事者セッション、大学院セッションなどのセミナーが開催され、世界中からオリンピックに関心のある若者や役員、研究者たちが集います。

・2008年のギリシャ大火でクロノス山や回りの木々が焼失してしまいましたが、消防士の懸命の消火作業でオリンピアの遺跡と考古学博物館は守られました。その復興の際には、日本オリンピック・アカデミー(JOA)も寄附を募って寄贈しています。

・2021年秋にIOCの全額負担によって施設が全面的にリノベートされたそうです。いつか再訪したいものです。

6-6) オリンピアの市内

・観光名所らしい風景。お年寄りには便利かも。

・目抜き通り沿いの角に公園があります。そこには国分啓次博士の銅像があります。南山大学名誉教授の哲学者であった博士はギリシャ哲学の専門家。裸祭で有名な愛知県の稲沢市とオリンピア市が姉妹都市縁組みに尽力し、オリンピアの名誉市民でもあります。オリンピアの祭典は裸の祭り、稲沢市の裸祭とのご縁だそうです。今でも毎オリンピック大会の聖火リレーのオリンピアのレグでは、稲沢市の中学生達が走っています。

参考:https://www.greecejapan.com/jp/?p=18347

・市庁舎前には勝利の女神ニケの近代的なモニュメントもそびえ立っています。

・市内のお土産店の中には、聖火リレーに関与して多くの聖火リレーのトーチを持っているお店があります。トーチを持って記念撮影もさせてくれます。

・美味しいピザ料理店もありますよ。当然、ネメア産のワインも、地酒のウゾも楽しめます。ギリシャのビールでは「ミトス」ですね!

6-7) オリンピアの聖火リレーの採火式(2008年北京大会の例)

・毎大会の開催に合わせて、オリンピアの遺跡内のヘラ神殿の前で聖火の採火式が執り行われます。2008年3月22日に実施された北京大会の採火式と出発式の視察をしたので、その際の写真を下に聖火の採火式の様子をお伝えします。

・視察できたのは採火式のリハーサルと翌日の出発式の本番です。採火式の本番は厳粛な儀式なので一般の人は立ち会えません。万が一雨や曇天の場合には、リハーサルの際に採火した聖火を用いて出発式の式典は執り行われます。

・北京大会の聖火リレーは2004年アテネ大会の五大陸を回る国際聖火リレーの大成功を受けて同じく五大陸を回るglobal torch relayでした。人権問題を抱える中国でオリンピックを開催する資格はないとして、世界各地で聖火リレーの妨害を受けましたが、その大混乱の発端はこのオリンピアの地から始まったのです。

・採火式では、古代の巫女の衣装を身に纏った巫女たち(女優たちが演じます)が、太陽神アポロンに祈りを捧げて太陽光から凹面鏡で採火します。その時のメッセージでは「世界に平和を伝えよ」と唱えるのです。その平和の火は火釜に移されて保管されます。

・ヘラ神殿からトンネルを通って聖火はスタディオン内に運ばれます。巫女たちの演舞と共に聖火は火釜からトーチに移され、そして第1走者の大会用のトーチに火が移されます。第1走者は聖火のトーチと共に反対の手にはオリーブの小枝を掲げながら、クーベルタンの石碑に向かいます。(オリーブも平和の象徴ですね。)

・最後に、一人の巫女が平和の象徴である白い鳩(ダブ)を大空に向けて放ちます。このように聖火リレーはそのスタートから「平和のメッセンジャー」として始まるのです。

・2008年北京大会の五大陸を回る国際聖火リレーは、出発式の式典の最中に「国境なき記者団」のメンバーが乱入し、さらに世界各地で各国の人権団体の抗議で大混乱に陥ります。オリンピアの目抜き通りでも稲沢市の中学生たち9人が走る直前に「フリー・チベット」を叫ぶ人達による妨害がありました。しかし、稲沢市の中学生たちはその後も気丈に聖火をつないで走りました。(1人がトーチを持ち、後のメンバーはオリーブの小枝を持って伴走しました。)

6-8) デルフィのアポロン神殿の遺跡とミュージアム

・古代ギリシャの4大祭典の一つである「ピュティア祭」は、デルフィにあった太陽神アポロンの神殿とその神域の最上部に作られたスタディオンで開催されました。その遺跡訪問の様子とミュージアムの展示を紹介しましょう。

・パルナッサス山の急峻な山腹に建てられた太陽神アポロン神殿の遺跡です。スタジアムは最上部にあり、最後発の施設であることがわかります。このスタジアムはレニ・リーフェンシュタール監督の1936年ベルリン大会の公式記録映画『オリンピア』の聖火リレーのシーンでも使用されています。事務総長であったカール・ディームは、わざわざこの地を通るように聖火リレーのルートを考えたのです。

・遺跡の入り口には「ディームの石」として知られるオリンピック・シンボルのフェイクの石がいまでもあります(これをもとにクーベルタンがシンボルマークを作成したとの誤解を今でも信じている人もいます)。

・アポロン神殿は当時の世界の中心地、「世界のへそ」のモニュメントが設置されていました。古代のギリシャ全土から神のお告げ(ご託宣)を聞きに人々はこの地に詣でたのです。そのご託宣に従って政治や戦争を行っていたとされます。

・芸術の神でもあったアポロン神、野外音楽堂も重要な施設です。

・ミュージアム内には竪琴を手にする皿絵のアポロン像も有名です!さらに、ブロンズ製の「御者像」はあまりにも有名です。遺跡の一角にある宝物館の壁に刻まれていた「アポロン賛歌」は、今はミュージアム内に保存されています。実は、1894年にクーベルタンがオリンピック復興会議の際に「アポロン賛歌」を演奏させてギリシャムードを演出したのは、この宝物館の壁に刻まれていた「アポロン賛歌」を採譜させて演奏したものです。その他、見応えのある発掘品が展示してあります。

6-9) ネメア祭の遺跡

・ゼウス神に捧げられた「ネメアの祭典競技会」の遺跡はイストミアにも近いネメアにあります。ネメアはブドウの名産地として知られていますね(ワインが美味しい産地です)。また、ヘラクレスの12の偉業のうち、ライオン退治でも有名な神話の地でもあります。

・ゼウスの神殿とは少し離れた丘の麓にスタディオンは位置しています。

・アメリカのUCBerkleyの考古学者であるスティーブン・ミラー博士によってネメアの遺跡の発掘と復元が行われています。

・ここには大規模な浴場も発掘されています。

・スタディオンに通ずるトンネルは崩落していたそうですが、今は掘り起こされ、完全に復元されています。

・ゼウス神殿遺跡の入り口には考古学ミュージアムがあり、遺跡から発掘されたものが展示されています。

・実は、ネメア祭は今でも4年毎に復活開催されています。

ネメアの遺跡

6-10) イストミア祭の遺跡

・イストミアの祭典は2年毎に海神ポセイドンに捧げられていました。神殿はコリント(古代名はイストモス)地峡から約13KMの地にあります。

・勝者には松葉の葉冠(コチノス)が与えられていたそうです。

・残念ながら、神殿の遺跡内には入場できませんでしたが、外観のみ写真撮影しました。

・website情報では、スタディオン走の際のスタートゲートの復元が行われているそうです(web情報)。

・ミュージアム内には、走り幅跳びに用いられた重り(ハルテレス)や勝者の頭像、歴代勝者を刻んだ大理石の石版などが展示されているそうです(以前の政府文化省のサイトから。今は不明)。

イストミアの遺跡

6-11) 古代メッセニアの遺跡

・古代メッセニアの遺跡はペロソネソス半島南部のスパルタの近くにあります。ユネスコの世界遺産にも登録されていますが、あまり知られていません。

・2016年国際スポーツ哲学会(IAPS)がオリンピアのIOAの施設でで開催された際に、ここまで足を伸ばして初めて見学できました(普段は滅多と足を伸ばせないでしょう)。

・医学の守護神であるアスクレピオスが祀ってあるアスクレペイオン遺跡、馬蹄形のスタディンと観客席(貴賓席も)、パライストラ(レスリングやボクシングの競技場)、浴場とバスタブ、喜劇を描いたモザイク画、スタディオン(競技場)を取り巻く列柱などが遺っています。

・オデオン(音楽堂)や劇場は、競技と並んで心身共にバランスの取れたギリシャ市民(ヘレネス)を育成するためには重要でした。

・17-20歳の青年達が身体を鍛えるためにボクシングやレスリングで鍛錬したパライストラのすぐ傍には、21のバスタブを供えた浴場があります。

古代メッセニアの遺跡