日本遺産・

信長居館発掘調査案内所

永禄10年(1567)、織田信長は稲葉山城(現在の金華山)の斎藤龍興を攻め落とし、美濃国を手中にします。信長は城下町の名を「井口」から「岐阜」へと改め、岐阜城の改修を行い、山麓には「宮殿」と称される居館を建設しました。

居館跡は今の岐阜公園にあたり、発掘調査によってその姿が明らかとなってきました。岩盤や巨石列を背景とした池や滝などによる数多くの庭園、金箔を貼った瓦を飾った建物、美しい庭園の中の茶室など、まさに「宮殿」と呼ぶにふさわしいものが発見されています。

居館は当時の有力者を歓待した“おもてなし”の場でした。”おもてなし”は居館での会席にとどまらず、酒宴や能鑑賞、長良川の鵜飼の観覧なども催されました。軍事機密である山上の天守からの眺望も特別なおもてなしです。

このような“おもてなし”は現在の岐阜のまちに受け継がれており、「信長公のおもてなしが息づく戦国城下町・岐阜」として平成27年(2015)日本遺産第1号に認定されました。

当案内所では、岐阜城・信長居館・日本遺産に関連するパネル展示や紹介ビデオのVTR放映を行っています。

岐阜公園再整備にともない、岐阜公園来園者休憩所内に移転しました。

時間

午前9時~午後4時

休み

毎週火曜日

年末年始(12月29日~1月3日)

入場・見学無料

場所

岐阜公園無料休憩所内(歴史博物館東側)

駐車場は岐阜公園駐車場をご利用下さい

案内所の様子

展示の風景

展示の風景

織田信長公居館 復元イメージ模型

リンク

岐阜城跡発掘調査最新情報ツイッター https://twitter.com/GifuCityHistory

メタバース岐阜城HP www.nobunaga-kyokan.jp/

埋蔵文化財調査事務所HP https://gikyobun.or.jp/maibun/

(公財)岐阜市教育文化振興事業団 埋蔵文化財調査事務所