Research

栄養と代謝によって調節される発生メカニズムの解明


私たち生き物は、何らかの形で栄養を摂取しなければ生きることができません。

当研究室は、モデル生物(主にキイロショウジョウバエ)を用いて、生物がどのようにして

栄養を感知、取り込み、代謝することで恒常性を保っているのかを明らかにすることを目指しています。

主な研究テーマ

 1. 栄養環境に応じた個体成長の調節機構

 2. 血糖代謝に着目した代謝恒常性と環境適応機構

 3. 成熟期への進行と代謝恒常性の相互関係

 4. 内分泌器官と臓器連環による代謝恒常性維持の解明

 生物は生活史を通して、環境の変化を認識して柔軟に生存適応しています。特に、栄養変化に対する適応的な生理応答と内分泌ホルモンによる器官間ネットワークは、多細胞生物が有する恒常性の本質とも言えます。環境状態に応じた成長と性成熟を実現し、生存・繁殖するには、①個体成長、②代謝恒常性、③成熟期進行、という要素が複雑に関係しています。

 これまで、「環境の変化に応じて恒常性を維持し、種特異的な体サイズを調節する原理の解明」を最終目標に設定し、上記の三要素に着目した研究を実施してきました。キイロショウジョウバエを用いた発生生物学、遺伝生理学、生化学、種間比較、質量分析装置を用いた分析化学、代謝数理モデルなどを組み合わせ、多角的な視点から研究を行っています。

1. 栄養環境に応じた個体成長の調節機構

 生物の体サイズは、生存や繁殖を含めた適応度に関わる重要な形質です。多細胞生物は、栄養状態に応じて、成長と代謝を制御するインスリン様ペプチドの機能を適切に調節することで、環境に応じた個体成長を実現しています。

 ショウジョウバエを用いて、個体成長を調節する新規の分泌性因子の同定を目的としたRNAiスクリーニングを行い、グリア細胞に由来する分泌性成長抑制因子SDRを同定しました。SDRは体液中でインスリン(Dilp)と結合し、インスリンシグナルを抑制することで個体成長を負に制御します。さらに、SDRを欠損する変異体の表現型解析から、適切な成長抑制が低栄養環境における生存適応に重要であることを明らかにしました。

Okamoto et al., Genes Dev, 2013

 ショウジョウバエのインスリンは、主に脳内にある神経内分泌細胞(インスリン産生細胞)で発現し、体液中を循環しています。インスリンの発現や分泌の各過程は、栄養源に応答して厳密に調節されています。

 インスリン遺伝子(dilp5)の発現を調節する、進化的に保存された転写因子複合体を新たに同定しました()。さらに、蛋白源に応答したインスリン遺伝子発現の制御機構を明らかにしました()。複数の細胞間シグナル伝達を介した発現調節機構は、最適下限の栄養条件下における個体成長の維持に重要であることを見いだしました。

Okamoto et al., PNAS, 2012

Okamoto et al., Dev Cell, 2015

2. 血糖代謝に着目した代謝恒常性と環境適応機構

 進化的に保存されたインスリンは、血糖降下作用を有する唯一の内分泌ホルモンです。昆虫は多糖グリコーゲンに加えて、二糖トレハロースを体液中に高濃度で貯蓄しており、低温や飢餓、乾燥など、様々な環境ストレスに対する抵抗性に機能していると言われています。

 逆遺伝学的アプローチで、トレハロースおよびグリコーゲンを欠損する変異体を作成し、糖代謝調節の生理的意義と環境変動に対する恒常性維持機構の一端を遺伝学的に解明しました

Matsuda et al., J Biol Chem, 2015

Yamada et al., Development, 2018

など

 多くの生物は、さまざまな環境変化にさらされても、安定した姿形と大きさを有する個体に成長できます。この発育・成長過程における「発育恒常性」は、個体間または個体内の器官サイズのばらつき(左右差)で評価されます。

 キイロショウジョウバエを用いて、食後高血糖・空腹時低血糖などの血糖恒常性の破綻を引き起こす遺伝的変異が、発育恒常性を低下させることを明らかにしました。さらに、環境要因として栄養ストレスを与えた実験などから、血糖値を適切に調節する代謝恒常性と発育恒常性の直接的な因果関係を示しました。

Matsushita et al., Commun Biol, 2020

3. 成熟期への進行と代謝恒常性の相互関係

 分子遺伝学の発展によって、細胞や器官の成長を制御する仕組みの理解は進んでいますが、体のサイズそのものを決める仕組みについては未だに多くの謎が残っています。その背景には、「成長」という現象と併せて「成長停止」という現象についても考えなければならない難しさがあります

 ショウジョウバエ属の9種を用いて、種ごとに異なる最終サイズが、幼虫期において変態の引き金となる臨界サイズに比例することを発見しました。 数理モデルの実験的検証により、種ごとの個体サイズを決める重要な要因が、「性成熟の開始に必要な最低の大きさ(臨界サイズ)」であることを明らかにしました

Hironaka et al., iScience, 2020

 生活史戦略に基づく数理モデルと実験的検証を組み合わせ、臨界サイズに到達した幼虫は、ステロイドホルモンの作用によって貯蔵資源の飢餓応答が消費から保持に切り替わることを見いだしました。また、栄養成長期から成熟成長期への移行に伴い、飢餓に応じて個体の運動や摂食行動も低下することから、将来の生存と繁殖を優先する体系的なエネルギー節約モードに切り替えていることを明らかにしました。

 さらに、成熟成長期で保持された貯蔵資源は、次の発育ステージである蛹期で計画的に消費され、性成熟(変態)に必要なエネルギー源であること明らかにしました。

Yamada et al., Nat Metabo, 2020

Nishimura, Curr Biol, 2020

4. 内分泌器官と臓器連環による代謝恒常性維持の解明

準備中

今後の展望

 進化的に保存されたインスリンシグナルは、成長や代謝のみならず、生殖や寿命といった成体生理にも深く関わる重要なシグナル伝達経路です。本研究は、疫学調査や経験に基づいて実施されてきた多因子疾患の予防・治療法に対して、分子遺伝学に基づく病態の理解と理論的背景を提示できる潜在的な可能性もあり、生活習慣病など様々な疾患の発症機序解明や病態理解にもつながる基礎研究と考えます。

 ショウジョウバエを用いたこれまでの研究過程で、代謝恒常性と器官間ネットワークには、発育成長過程における時期特異性が存在すること、そして量的な栄養ストレスと質的な栄養ストレスは異なることが明らかになってきました。生物種を問わず、適切な食事栄養バランスと代謝調節機構は、老化を含めてライフステージによって異なると考えられます。よって、生活史における代謝恒常性の調節機構や器官間ネットワーク(臓器連環)の変遷を明らかにすることは、今後の重要な課題であると考えます。

 生体調節研究所では、ショウジョウバエで得られた知見の保存性を検討するため、マウス個体および哺乳類培養細胞を用いた研究も実施­することで、代謝調節機構に関する研究を発展させていきたいと考えています 。

Gallery

幼虫脳の神経幹細胞(緑)とインスリン産生細胞(赤)

幼虫脳のインスリン産生細胞(緑)と転写因子Dac(赤)

幼虫脂肪体のグリコーゲン(紫)

成虫グルカゴン様ホルモン産生細胞(赤)と糖輸送体発現細胞(黃)