成家雅史(相模女子大学)
神吉宇一(武蔵野大学)
青木由香(NPO法人アレッセ高岡)
石田喜美(横浜国立大学)
公立学校に在籍する「外国人児童生徒」の人数は2024年度に13.9万人に達し、この10年間で2倍近くになった(文部科学省総合教育政策局国際教育課「外国人児童生徒等教育の現状と課題」、2025年)。それに伴い日本語指導を必要とする児童生徒の人数は(外国籍であるか日本国籍であるかを問わず)同期間に1.9倍に増えている(同上)。これらの児童生徒が学校生活を豊かに送るとともに、学習を深めていくためのことばの教育が求められている。
これに対し、教科としての国語科が十分に貢献できているとはいいがたい。教科書内容において、日本語を第二言語として学ぶ子どもたちにとって習得しづらい衣服の着脱の動詞を多数用いた単元が国語教科書に見られるという指摘がある(西川朋美、青木由香『日本で生まれ育つ外国人の子どもの日本語力の盲点』ひつじ書房、2018年)。2017年版小学校学習指導要領においても、日本語指導に関する規定は存在しない。のみならず「教材についての配慮事項」においては、「日本人としての自覚をもって国を愛し」という文言が見られる。これらの事実からは、国語科が教科として日本語を母語としない子どもたちを包摂しきれていない、あるいは当初から視野の外においているおそれが指摘できる。
これに対し、日本語教育の立場から、日本語を至上のものと見たり、母語ばかりを優先したりすることは、多言語・多文化社会における子ども一人ひとりの学習を見とるうえで大きな問題があるという批判がある。日本語や母語の教育について論じるだけではなく、複数の言語を使用している子どもたちの複言語性をふまえた指導が必要である。
日本語指導と国語科の目的がそれぞれ異なる以上、指導目標を完全に一致させることは必ずしも適切ではない。しかし日本語指導と国語科が矛盾するようにとらえられるとすれば、教師は両者のあいだで引き裂かれた対応をせざるを得ない。それは日本語指導を必要とする子どもたちのことばの学びにとって大きな問題となる。
それでは国語教育をさらに開かれたものにし、ことばの学習としてとらえなおす糸口はどのように見いだせるのか。また日本語指導の当事者にとって、国語教育を含めた学校におけることばの指導の課題はどのように映るのか。このような議論は「国語教育」か「日本語教育」かという議論を超え、日本語指導を必要とする子どもたちにとって必要なことばの学習を考える契機になると考えられる。
「日本語習熟論学会プロジェクト研究」とは、「複数の参加者で、3〜5年規模の課題を解決していくグループ研究で、その途中経過を、本学会のサポートを受けて定期的に発信し、その成果を教育現場や社会に還元する」ことを目的とした領域複合型・または領域横断型研究です。
発表者:清水由貴子(聖心女子大学)・藤村春菜(聖心女子大学大学院生)
発表者:橋浦龍彦(東京学芸大学附属小金井小学校)