ベートーヴェン 交響曲第九番ニ短調 Op.125「合唱付」の解説
ベートーヴェン 交響曲第九番ニ短調 Op.125「合唱付」の解説
Ⅰ ベートーヴェンの生きた時代
L.v.ベートーヴェンは1770年神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ)のボンで生まれました。その前年ナポレオンが誕生しています。
1776年にアメリカが独立宣言。イギリスでは1760年頃から産業革命が始まり、1776年にはジェームス・ワットが蒸気機関を開発しています。
ベートーヴェンがボン大学の聴講生になった1789年フランス革命が勃発し、1793年にはルイ16世とマリー・アントワネッットが断頭台で処刑、この後1799年フランス革命は終結しました。
1804年にナポレオンが皇帝即位するもロシア戦での大敗の後1814年退位。
1814年から15年ウィーン会議。ヨーロッパ全体が反動化し、王政復古、自由主義や愛国主義への弾圧がヨーロッパを覆い、特にプロイセンにおいてはメッテルニヒによる抑圧政治によりベートーヴェンら芸術家も官憲の監視の対象となっていました。
こうした世界史的にも激動の時期、政治的背景の中で、約30年の歳月をかけて『第九』は構想され完成をみたものです。
Ⅱ シラーと頌詩『歓喜の歌』
J.C.F.v.シラーは、1759年ドイツ西南部ヴェルテンベルク公国マールバッハで生まれました。
幼少より頭が良く、領主カール・オイゲンに才能を買われたのですが、シラーの進路や創作活動に干渉、抑圧を加えたため、1782年故郷を捨てマンハイムに脱出しました。
経済的に困窮していたシラーに救いの手を差し伸べたのが後シラーの心からの友となるケルナーとその友人で、シラーをライプチヒに来るよう誘いました。
『歓喜の歌』はケルナーやライプチヒでシラーを温かく迎えてくれたフリーメーソンの友人たちとの集いの中で創られたもので、1786年初頭シラーの自費出版詩集『ラインのターリア』第2号に掲載されました。したがって、『歓喜の歌』は本来、讃歌や頌歌と言うより「友情」をテーマにした詩です。
発表後多くの人が曲をつけ、流行歌あるいは俗謡としてドイツ全土で歌い継がれるようになりました。
しかし、シラーは後年、ケルナーに宛てた手紙のなかで、『歓喜の歌』は、「今の気持ちからすれば欠陥に満ちた作品で、・・・あの時代の誤れる趣味に迎合したものであった。」と手厳しく自己批判しています。こうしたことから、1800年のシラーの詩集には再録せず、一般の共有財産になっているという理由で、初版を改定したものを1803年に刊行しています。
シラー自身の評価はどうあれ『歓喜の歌』がシラーの代表作であることに変わりはありません。
Ⅲ ベートーヴェンと『第九交響曲』
ロマン・ロランは、「『第九交響曲』は合流点である。非常に遠方から、また全く異なった地方からきた多くの奔流、あらゆる時代の人間のさまざまな夢想や意欲が、その中に流れ込んでいる。」と述べ、その源流として前述の政治的背景とともに以下のことを示しています。
1.1812年に『ニ短調交響曲』を作曲したいという内面の要求があった。
2.1818年に交響曲に声楽を入れようようという計画を立てていた。
3.『歓喜の歌』に付曲しようという執念が青年時代からあった。
4.青年時代の脅迫観念とも言うべき『歓喜の歌』に不可分に結びついている不滅の旋律的主題があった。
また、ベートーヴェンはカントに傾倒しており、特に『永遠平和のために』の影響を強く受けています。
ベートーヴェンが『歓喜の歌』に接していたことについて、1793年、ベートーヴェンの友人フィッシェニヒがシラー夫人シャルロッテに送った手紙のなかで「彼(ベートーヴェン)は『歓喜』に関心を示しており、短縮することなく全行に付曲する構想を持っている」と記しています。
1805年には、『歓喜の歌』の「muß ein lieber Vater wohnen」へのスケッチを書き付けており、1808年の≪合唱幻想曲≫では合唱とオーケストラを一連の変奏において結びつけるという第九のフィナーレを予告しています。
ベートーヴェンが第九の作曲を本格的に始めるのは、1817年ロンドンのロイヤル・フィルハーモニー協会から新しい交響曲の作曲を依頼されてからで、1818年から1824年にかけて≪ミサ・ソレムニス≫の作曲と並行してスケッチを多く手掛けています。
『第九』の初演は1824年5月7日、ウィーンのケルントナートーア宮廷劇場で行われました。
当時のウィーンはロッシーニのオペラなどイタリア音楽で独占されており、ベートーヴェンはベルリンでの初演を希望していたのですが、熱心な信奉者の嘆願もあってウィーンで行われることになりました。初演のプログラムは、≪献堂式≫序曲、≪ミサ・ソレムニス≫からの抜粋「キリエ」「クレド」「アニュス・ディ」、最後に『第九』という構成でした。
初演は大成功裏に終わりましたが、興業的には振わなかったと言われています。
初演から約1世紀後の1930年、スイスの音楽学者ヴァルター・リーツラーは「ひとりの偉大な音楽家の特定の作品が、世界を、そして同時代の人ばかりでなく後世の人びとをも、100年以上にわたってこれほど激しい興奮に陥れ続けた例は、ベートーヴェンの第九交響曲をおいてほかにない」と述べ、ルイス・ロックウッドは「ベートーヴェンはシラーの『頌詩』を用いて人間全般へと直接語りかけることにより、個人と百万の両方の闘争を伝えている。それは悲劇から理想主義へという経験を通して前進するための、そして暗黒に抗する防御としての人類の兄弟愛というイメージを守るための闘争なのである」と述べています。
つまり『第九』はベートーヴェンの苦悩に満ちた人生と、抑圧者への闘争の総括といっても良いかも知れません。そしてその闘争譜とも言うべきベートーヴェン『第九』の自筆譜は、全人類の貴重な資産として、2001年ユネスコの記憶遺産に登録されました。
Ⅳ 各楽章の説明
第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ・ウン・ポーコ・マエストーゾ ニ短調 4分の2拍子。
神秘的で少し空虚な静かな雰囲気で始まり、その後急に深刻な感じでオーケストラが爆発します。旧約聖書の創世記にある混沌としていた世界が次第に形になっていくような雰囲気があります。この楽章は、まるで『絶対的、運命的なものに対する、精神の戦い』を表しているようであり、これぞクラシックという感じの威厳のある楽章です。
第2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ ニ短調 4分の3拍子。
スケルツォですが豪快な重量感もあります。砲撃を思わせるティンパニが派手に活躍し、ベートーヴェンが生きた社会的状況における厳しさや肉体的な戦いを彷彿とさせられます。その他の楽器についてもベートーヴェンの第7交響曲を思い出させるようなリズム感が非常に魅力的です。中間部にはオーボエをはじめとした木管楽器による救いのような美しいソロが出てきます。
第3楽章 アダージョ・モルト・エ・カンタービレ 変ロ短調
4分の4拍子で始まり2つの主題をもつ自由な変奏曲。第九の中で、いちばん平穏で静かな「天上の楽園」のような雰囲気があります。途中ファンファーレ風な節が響きわたりますが、また前の静けさを取り戻し静かな祈りのように閉じていきます。
第4楽章 合唱
ベートヴェンの苦悩に満ちた人生及び抑圧者との闘争を通じての『歓喜』、そして『個の魂の救済』と『人類愛』を歌い上げた楽章です。
この楽章は速度や拍子、調性が次々と変化していきますが、8つの流れを持って形づくっていきます。
1.プレスト
強烈な不協和音による嵐のような音楽は、その後第1、2、3楽章を各々短く回想しながら低弦のモノローグが順次打ち消し、アレグロ・アッサイで調和に満ちた歓喜の歌の主題が聞こえてきます。歓喜の歌は低弦による独吟から始まりやがて世界を覆いつくすように総奏されます。
2.プレスト
再び不協和音が鳴り響き、バリトン独唱が「こんな調べではない(Nicht diese Töne! sondern)」「もっと歓びに満ちた歌に唱和しよう(laßt uns angenehmere anstimmen,und freudenvollere.)」と宣します。ここはシラーの原詩にベートーヴェンが書き加えたものです。
ここで、何が否定されたかについては色々な捉え方があるのですが、第1楽章から第3楽章で提示された内容であると言うのが通説です。
その後アレグロ・アッサイで歓喜の歌(Freude)がバリトン独唱と合唱により再提示されます。ついで、「汝(Freude)の魔力が時流に切り離されたものを強く結びつけ(Deine Zauber binden wieder・・・)」 「全ての人を兄弟として(alle Menschen werden Brüder)」 「そうだ(Ja)この地球上でただ一つの魂しか自分のものと呼べない者(wer auch nur eine Seele sein nennt auf dem Erdenrund!)」 「それすらできない者は立ち去れ(Unt wer’s nie gekonnt,der stehle weinend sich aus diesem Bund)」「そして光の天使が神の前に立つ(und der Cherub steht vor Gott ! vor Gott!!)」と歌いあげます。
3.アレグロ・アッサイ・ヴィヴァーチェ
英雄(テノール独唱)とその同胞たち(男声合唱)が「同胞たちよ、勝利に向かう英雄のようにおのれの道を駆けて行け(laufet Brüder,eure Bahn,freudig wie ein Held zum Siegen)」と歌うトルコ風の進軍マーチです。大太鼓、トライアングル、コントラ・バスーン、ピッコロ、トランペットの使い方が特徴的です。続いてオーケストラのみによる、葛藤との戦いのような突き進む音楽が続きます。フーガ的転調を重ねて最後はホルンの音を軸としてユニゾンに収束し、歓喜の歌(Freude schöner Götterfunken,Tochter aus Elysium・・・)が湧きあがるように環ってきます。
4.アンダンテ・マエストーゾ
ここで歓喜の歌である第1主題と並ぶ重要な第2主題が合唱により登場します。「幾百万の人々よ、抱きあえ!(Seid umschlungen, Millionen!)」「全世界にこのキスを(Diesen Kuß der ganzen Welt!)」「同胞たちよ、あの星空の彼方には愛する『父』がいらっしゃる(Brüder, über'm Sternenzelt muß ein lieber Vater wohnen.)」と語りかける男声合唱に女声合唱が加わります。
5.アダージョ・マ・ノン・トロッポ・マ・ディヴォート
この場面はまるで問答の世界のように、合唱により静謐な中で疑問が投げかけられます。「幾百万の人々よ、汝らは低く平伏すか?(Ihr stϋrzt nieder Millionen?)」「汝らは創造主、そして世界(宇宙)を感じるか?(Ahnest du den Schöpfer, Welt?)」そして「星の彼方に彼(父)がいらっしゃる(Über Sternen muß er wohnen.)」と、天空を見上げる神秘的なppに到達します。
6.アレグロ・エネルジーコ・エ・センプレ・ベン・マルカート
四声の壮大なフーガです。第1主題(歓喜の歌:Freude schöner Götterfunken・・・)と第2主題(抱擁主題:Seid umschlungen Millionen ・・・)が重なり四声パートに順次受け継がれてゆきます。最後は讃美歌風コーラスとなり神秘的に静かに消えます。
7.アレグロ・マ・ノン・タント
いよいよフィナーレへの助走へ進みます。歓喜の歌と抱擁主題の歌詞、モチーフが再現されます。1度目は束の間で合唱が、そして2度目は4人の独唱者がたっぷりと「あなたの柔らかな翼が憩うところで、全ての人々は兄弟(同胞)になる(Alle Menschen werden Brüder,wo dein sanfter Flügel weilt )」を聴かせます。
8.ポコ・アレグロ・ストリンジェンド・イル・テンポ・センプレ・ピゥ・アレグロ
そしてグランドフィナーレへ! 最高の喜びに酔いしれた恍惚の熱狂です。第2主題が再現され、歓喜の歌の冒頭の詞も繰り返されると、やがて荘厳で威厳に満ちた最後の合唱に到達します。弦楽器が輝く光を表現する中コーラスが「喜びよ、美しい神々の閃光よ(Freude schöner Götterfunken! Götterfunken!)」と歌いあげると、そのままオーケストラが全速力で駆け抜けてゆくように締めくくります。
【主な参考文献】
(1) ディーター・ヒルデブラント、Die Neunte 第九 世界的讃歌となった交響曲の物語、山之内克子訳、法政大学出版局、2007
(2) ルイス・ロックウッド、ベートーヴェン 音楽と生涯、沼口隆、堀朋平訳、春秋社、2010
(3) ロマン・ロラン、ベートーヴェン 偉大な創造の時期3 第九交響曲(ロマン・ロラン全集)、蛯原徳夫、北沢方邦訳、みすず書房、1980
(4) 内藤克彦、シラー、清水書院、1994
(5) ペーター・ラーンシュタイン、シラーの生涯、上西原章訳、法政大学出版局、2004
(6) 近代ドイツ抒情詩の展開、星野慎一郎博士喜寿記念論集刊行会、1987
(7) 平野昭、ベートーヴェン、音楽之友社、2012
(8) ゲーテ全集 第3巻(谷友幸 訳註 エグモント)、人文書院、1960初版、1976重版
(9) キーンレ・フリーデリケ、「歓喜」への憧れ - ベートーヴェン作曲第9交響曲第4章の本来の意味 - 北海道教育大学紀要、2014
(10) 最新名曲解説全集 交響曲Ⅰ、音楽之友社、1998
(11) 作曲家別 名曲ライブラリー ベートーヴェン、音楽之友社、1996
(12) ベートーヴェン事典、平田昭/土田英三郎/西原稔、東京書籍、1999
(13) ニューグローブ 世界音楽大辞典、講談社、1997