Legionella Infection

レジオネラとは

レジオネラ(Legionella pneumophila)は、自然界の淡水・土壌環境中どこにでもいるありふれた細菌です。しかしながら、レジオネラに汚染された水滴(エアロゾルといいます)をヒトが吸入すると、肺の中で増殖し、治療をしなければ死に至るような重篤な肺炎を引きおこすことがあります(レジオネラ症といいます)。https://www.cdc.gov/legionella/about/index.html

ではなぜ、レジオネラに汚染されたエアロゾルが発生するのでしょうか? これを解くカギは、レジオネラによるアウトブレイクを検証することにより得られました。最初のレジオネラアウトブレイクは、1976年アメリカのフィラデルフィアで開催された退役軍人の親睦団体 "the American Legion" の会合で発生しました。当初、インフルエンザ様症状を呈した患者が多数発生したため、新型インフルエンザ (swine flu) ではないかと疑われたようですが、その後の研究によりレジオネラという新たに同定された細菌が、会場となったホテルのエアコンシステムを汚染していたためと判明しました。蛇足ですが、レジオネラ (Legionella) という名前は、"the American Legion"にちなんでつけられたものです。日本における最大のアウトブレイクは、2002年に宮崎県の入浴施設で発生したもので、循環式浴槽システムの汚染によるものでした。つまり、ヒトが発明したエアコンや循環式浴槽のようなデバイスにより、レジオネラに汚染されたエアロゾルが発生し、レジオネラはヒトの肺に到達できるようになったのです。

以上の議論は説得力があるように聞こえたかもしれませんが、よく考えると大きな疑問が残ります。ヒトに重篤な病気を引きおこす細菌が、なぜ自然界のいたるところにいるのでしょう? レジオネラにとってヒトは最終宿主であり、ヒトからヒトへの感染は成立しません。ヒトと相互作用することなしにヒトに対する病原性を獲得・進化させたりすることができるのでしょうか? 実は、レジオネラは自然界において自由生活性アメーバを自然宿主として、その中で増殖します。アカントアメーバ (Acanthamoeba) を始めする自由生活性アメーバもまた、自然界中どこにでもいるありふれた微生物です。レジオネラはこのような自由生活性アメーバとの相互作用の歴史の中で、アメーバ中で生存・増殖するためのメカニズムを獲得しました。ヒトに感染した場合には、同じメカニズムを使ってヒト肺胞マクロファージに感染・増殖し、肺炎を引きおこしているのです。この点は、他の病原細菌と比較した場合、レジオネラのもつ最大の特徴といっていいと思います。

IV 型分泌系

レジオネラは研究室内で培養でき、遺伝子操作も容易です。20世紀の終わりまでに、病原性に必須なレジオネラ遺伝子の遺伝学的探索の結果、20 - 30 の dot (defect in organelle trafficking) あるいは icm (intracellular multiplication) と名付けられた遺伝子群が同定されました。当初これらが何をコードしているかは明らかではなかったのですが、2000年に解明された ColIb や R64 といったプラスミドの接合伝達系遺伝子群に近縁であることが判ってきました。

当時、植物病原菌アグロバクテリウムや、ヒト病原菌であるピロリ菌や百日咳菌が病原因子 (これらは核酸であったり、タンパク質であったり、タンパク質複合体であったりします) を輸送するため、接合伝達系と近縁な分泌系を利用していることがすでに明らかにされていましたが、レジオネラの Dot/Icm 分泌系や R64 プラスミドの接合伝達系は、既知の分泌系・接合伝達系とはあまり似ていませんでした。

現在では、プラスミド接合伝達系と起源をともにする生体高分子輸送系のことを総称して IV 型分泌系 (T4SS; the Type IV secretion system) と呼びます。さらにT4SSは、アグロバクテリウムのものに近縁な古典的なもの (IVA型分泌系; T4ASS) と、レジオネラの Dot/Icm 分泌系に近縁なもの (IVB型分泌系; T4BSS) に大別されます。

プラスミドの接合伝達は非常に古くから知られている現象で(Joshua Lederbergに1958年のノーベル医学生理学賞が授与されました)、遺伝子マッピングのためのツールとして現在の分子生物学・分子遺伝学の成立に一定の役割を果たしました。しかしながら、その輸送装置の実体や輸送メカニズムはブラックボックスのままであり、現在の病原菌研究者が頭を悩ますことになっています。といいますのも、IV 型分泌系は、先に述べた病原菌病原因子の輸送だけではなく、遺伝子の水平伝搬のメカニズムのひとつとして多剤耐性菌の出現にも大きな役割を果たしていると考えられるからです。IV 型分泌を阻害する薬剤は、新世代の抗生物質として利用できるかもしれません。

構造解明に向けて

現在、IV 型分泌の研究は、構造生物学的知見がドライビングフォースとなり、急速に進展しつつあります。私たちも、レジオネラの Dot/Icm IVB 型分泌系、およびそれに近縁な R64 プラスミド接合伝達系に着目し、構造・機能解析を進めています。2010 年には、レジオネラ IVB 型分泌系の中核複合体を生化学的に単離することに成功し、5つのタンパク質から構成されるリングのような構造体を電子顕微鏡で捉えることができましたdoi: 10.1073/pnas.1404506111。このリングは病原因子を運び出す際のチャネルとして細菌の膜上に形成される構造体であると考えられています。

エフェクタータンパク質とは

レジオネラはファゴソームの形で宿主細胞内へ侵入しますが、Dot/Icm 分泌系により輸送される何かを使って、このファゴソームを形態的には小胞体 (ER) に似た特殊な液胞に作り替え、その中で増殖します。それではいったい何が Dot/Icm 分泌系により輸送されているのでしょう? 2002年に私たちは RalF というレジオネラタンパク質が宿主哺乳類細胞へ直接輸送されること突き止めました10.1126/science.1067025。宿主細胞中で、RafF は ARF1 という宿主Gタンパク質のグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) として機能し、ARF1 をレジオネラを含む宿主細胞内膜小胞 (LCV ; Legionella-containing vacuole) に一過的にリクルート・活性化します。この発見はまた、Dot/Icm 分泌系が細菌由来タンパク質を宿主細胞内へ直接輸送していることを証明しました。このような、直接宿主細胞中へ輸送され、宿主細胞内因子と相互作用することにより機能を発揮する、細菌由来タンパク質のことを「エフェクタータンパク質」と呼びます。現在では、レジオネラはその全タンパク質の1割に迫ろうとする膨大な数のエフェクタータンパク質を、Dot/Icm分泌系を使って宿主細胞へ輸送していることが実験的に示されています。

エフェクターによる宿主システムの操作

それではエフェクタータンパク質は宿主細胞で一体何をするのでしょうか? 宿主真核細胞の中では様々なタンパク質が存在し、生体システムを正常に保つために休むことなく働き続けています。そこに、病原体である細菌やウィルスが侵入してきたら何が起こるでしょうか? 入ってきた病原体を排除するため、一斉に免疫系が動き出します。病原細菌側はそれに打ち勝って生き延びるべく、驚くべき戦略に出ます。その大変な役割を担うのがエフェクタータンパク質です。

私たちは宿主細胞の持つシステムの中でも、特に真核生物に普遍的に存在し様々な細胞機能に関わっているユビキチンシステムに注目しています。ユビキチンは連続した酵素反応によって標的タンパク質に付与される小さなタグ(標識)です。このタグが付いたタンパク質は宿主細胞のプロテアソームという分解系で分解されてしまったり、細胞内での局在が変わったり、その活性が変化したりします。レジオネラはユビキチン標識をつける反応に関わるユビキチンリガーゼとしての活性を持つタンパク質をエフェクタータンパク質の中に持っています。本来真核生物にしか存在しないはずのユビキチン反応酵素を持っているということは、宿主細胞との関わりの中でこのタンパク質を進化的に獲得したことを意味します。

私たちは LubX と名付けたレジオネラユビキチンリガーゼが、宿主真核細胞の標的タンパク質だけでなく、レジオネラ自身が輸送する別のエフェクタータンパク質 SidH をも標的としてユビキチン化し、宿主プロテアソームによる分解に導くことを見つけました 10.1371/journal.ppat.1001216。このように、エフェクター同士の間にも階層構造があり、エフェクタータンパク質の制御を司る別のエフェクタータンパク質を「メタエフェクター」と呼ぶことを私たちは提唱しました。現在「メタエフェクター」の概念は広く受け入れられており、私たちの成果は、新たなメタエフェクターを見つけ出そうという潮流を作り上げた最初の研究となりました。発表論文は2011年2月のNature Reviews Microbiology誌のResearch Highlightsとして取り上げられましたdoi:10.1038/nrmicro2509

近年、ユビキチンシステムに影響を与える様々なエフェクタータンパク質が多くの病原細菌に見つかっています。とりわけ、レジオネラは極めて巧妙なやり方で、宿主ユビキチンシステムを操っていることがわかってきました。その中で、私たちが現在注目しているのが、標的に一旦付与されたユビキチンを外す活性を持つ脱ユビキチン化酵素です。レジオネラが増殖するニッチとして作り出した特殊な液胞は、実は高度にユビキチンで覆われています。このユビキチン修飾は、標的蛋白質の分解によってできるアミノ酸がレジオネラ増殖のための栄養源となるというメリットがある一方で、オートファジーなど宿主細胞の免疫系の格好のターゲットともなりえます。そこで、レジオネラは必要に応じてユビキチンを除去することもしなくてはなりません。私たちが見出した LotA というレジオネラ脱ユビキチン化酵素は、この液胞上のユビキチンを取り除く作用があるのですDOI:10.1111/cmi.12840。