タイトル:罪悪感
作家 :杉野 郁
画廊 :八犬堂
展示会 :大場咲子・杉野郁・真鍋由伽子 三人展-平面と立体-
購入日 :2019年4月14日
サイズ :0
技法画材:ミクストメディア
この作品を眺めていると、ふと「一隅を照らす」という言葉が浮かんできた。これは天台宗の開祖である最澄の著書「山家学生式」に記載された「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」という一文であり、日本史の教科書にも出てくることから、ご存知の人も多いであろう。田園風景、花鳥風月、富士山といった題材は過去も現在も多くの作家に描かれている。それに対し、作者は誰も気に止めないようなことに注目し、独自のユーモアを持って画面を構成し、細部にまで趣向を凝らすことで、日本酒を熟成させるように作品を仕上げていく。他に類を見ない感性を持っている。
「罪悪感」は、鳥の柄が入った服を着て焼き鳥を食べていたら、友人に矛盾を指摘され、ちょっと戸惑ってしまった出来事を絵にしたということである。些細な日常会話を絵にしようという発想に脱帽してしまう。見れば見るほど含み笑いが止まらない。何とも言えないささやかな可笑しみを共有することが、これほど日々の生活の活力になろうとは。
焼き鳥に目を向けたニワトリの虚を疲れた表情が、ユーモアに満ち溢れ最高に良い。まん丸の目が焼き鳥を持つ手を見つめていて、「あれれ?」と驚いているようだ。しかも、ニワトリの羽は、細かい線で色彩豊かに描かれていることに注目したい。服にプリントされているのであれば、白一色で塗ってしまいがちである。そこを丁寧に描くことで、実際に生きているニワトリが服に収まっているような雰囲気になっている。また、羽が嘴から流れるような線になっているため、より焼き鳥に視線が集中することになる。さらに、ニットの網目の質感にもこだわって描かれていることも見逃せない。蝶蝶と花のデザインは、アクセントとして効いているだけでなく、ニットのアラン模様とニワトリを囲むようになっており、ニワトリを服の中に違和感なく取り入れる効果をもつ。アイデアだけで終わらせず、絵画として評価されるのは細部にまで趣向を凝らした丁寧さにある。なお、実際にこんな大きなニワトリ柄の服を着ていたわけではないだろう(もっともこの服が存在するならお目にかかりたいほど愛らしい出来栄えなのだが)。
言い返す言葉がない女性の表情は、やや憮然として可愛らしい。顔が少し赤らんでいるのはお酒が進んでいることを表す。右側の頬が膨らんでいることから丁度、焼き鳥を食べているところだろう。手に持つ串は、鳥の部分が1個なくなっているように見える。一文字に口を結んだ右の口角が上がっているのも咀嚼を止めた瞬間というのがよく伝わる。テーブルの小皿には食べ終わった串が一本残されており、今更言われても遅いという嘆きが聞こえてくるようだ。じろりと焼き鳥を見下ろし、食べるべきかと悩む視線は、ニワトリの動揺する視線と相まって可笑しみに拍車をかける。
鑑賞者は、テーブルの向かいに座っている形になり、焼き鳥を食べる罪?を指摘する側ということになる。この女性が手に持った焼き鳥を食べるのか、残すのかと想像しながら、「食べないなら頂戴」という台詞で物語が終わるのも良い。
次に、周囲に目を向けてみよう。木目調のテーブルを誇張して広めに描くことで、全体に余裕が生まれている。ちょっと間の抜けた空間が主人公の表情に合っている。鮮やかな染付の小皿、猪口、徳利も洒落ており、場を盛り上げている。徳利の花模様の中心には金色の点が打ってあり、芸が細かい。卵焼きは、焼き鳥と同じくこの服を着た人にとっては禁忌である。こちらも2切れ食べ終わっており、卵焼きに気が付くと罪悪感と可笑しみが増幅されるわけである。
背景はオレンジの暖色系で、居酒屋の賑やかな雰囲気が伝わってくる。背景を詳細に描くと主人公の存在感が薄れてしまう恐れがあり、この作品で例えば、壁に品書きやポスターを描くのは蛇足だろう。うっすらと人影を描くことに留めたのは正解と思う。複雑な色彩には幾層の下地があるのだろうか、日本画の余白のような空気感がある。また、背後の人物の影は、画面に奥行を与え、構図を安定化させている。もしこの影がなければ鑑賞者の視線は画面から直ぐに脱線してしまうだろう。心なしか左側の人物はこちらに振り向きかけているようにも見える。カウンターと思しき線がちょうど彼女の顔を横切るようになっているのも画面のバランスに配慮したものと思われる。
最後に、「罪悪感」のサインが花模様となっているのは、蚊取り線香で有名な「金鳥」のパッケージが鶏と花であることに由来するそうだ。これに気がつく人はいないだろうが、署名のデザインとして洗練されている。楽しい食事に水が差されてしまったわけだが、後々、思い出し笑いしてしまいそうな愉快な一場面であり、このような出来事の積み重ねが人生を豊かにさせてくれると思う。(2021年3月29日)