←上からの図 ↑側面の図
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歌川芳虎の《家内安全ヲ守十二支之図》と言ってもピンとくる人は少ないと思いますが、このゆるキャラを目にしたことは結構多いのではないでしょうか[1]。安政5年(1858年)に描かれた浮世絵です。そう言えばコロナ禍のときは「アマビエ」がブームになりました[2]。アマビエは熊本に伝わる人魚の姿をした妖怪とされています。てっきり古くから伝承されてきたのかと思いきやアマビエは江戸時代末期のあの有名な木版画のほかは明確に記された書物は存在しません。一方、『日本書紀』によると干支は欽明天皇の時代に百済から伝わったとされており、干支合体キャラクターは鵺と同じ平安時代には登場しているのかと思ったら、遠浪斎重光という浮世絵師が歌川芳虎の数年前に《寿という獣・十二教訓》という干支合体キャラを描いているだけで、日本古来の空想珍獣というわけではないようです[3]。《寿という獣・十二教訓》はちょっぴり強そうですが、やっぱりどこか間の抜けた感がありますね。
アマビエは疫病退散、歌川芳虎の十二支之図は家内安全を謳い文句?にしていますが、どちらも率直に言うと「ゆるかわ」「ヘタウマ」キャラクターで、疫病や鬼、妖怪を対峙する凄みはありません。しかし、冷静に考えると「ユーモア」こそ最強の護符に思えてきました。病は気からという言葉もあるように気分は重要です。笑いは免疫力を高めるという話も聞いたことがあります。笑いの絶えない家庭はトラブルを笑いに変えることで、危機を上手く乗り越えることができます。
歌川芳虎の《家内安全ヲ守十二支之図》管理人模写!!
さて、今回紹介する《寿十二支重箱》を見てみましょう。ユーモアに加えて頼もしさを感じます。単純に腕力で鬼や妖怪を倒すのではなく、知略を兼ね備えることで寿を呼び込むイメージです。虎が相手をねじ伏せるのはもちろん、ねずみのように素早く逃げるかと思えば、猪の如く突進する。蛇の知略や兎の可愛らしさも武器です。あらゆる力を総動員して家内安全をもたらしてくれるわけです。ところで、本作は2024年4月に縁煌で開催された「踊る九谷展」に出品されていましたが、展覧会のタイトルは「踊る門には福来る」となっていました。踊る九谷と「笑う門には福来る」が結びついています。踊って笑えば無敵でしょう。ユーモアは大切。歌川芳虎だけでなく、遠浪斎重光の干支合体獣もどこか可愛らしいのは顔という大役がねずみであるのが理由と思います。ねずみの特徴として尻尾があげられるものの尻尾は蛇に譲らざるを得ない。丸い耳も兎を象徴する耳には勝てません。ねずみの体はあまり特徴がなく、白ねずみは吉兆とされますが白だけではねずみと連想しにくく兎と勘違いされそう。ねずみが干支の先頭を勝ち取ったように運良く顔の大役を務めることになったのかもしれません。
会場風景(川上真子さん)
会場風景(伊藤由紀子さん)
令和の御代に生まれた《寿十二支重箱》は歌川芳虎の《家内安全ヲ守十二支之図》から160年以上の月日が流れています。バージョンアップした霊力を絵画の視点から考えていきましょう。牟田陽日さんの寿獣(以後便宜上、牟田式寿獣とします)は姿勢がポイント。芳虎式や遠浪斎式は四つの足が地面にしっかりとついているのに対し、牟田式寿獣は前脚を上げ、跳ねるが如く立ち上がっています。前足と後足で干支の種類が違うことにお気づきでしょうか。前足は犬(戌)、後足は猿(申)です。よく見ると左後足と右前足は裏側が少し見えるように描かれており、両者の違いが区別しやすくなっています。猿の指は人間のように長い。大地をしっかりとつかむ指の動きもしっかりと判別できます。それに対して犬の指は丸みがあって可愛らしい。肉球もちゃんとあります。ポンとお手をしてくれそうですが、寿獣であることを忘れてはいけません。いざとなれば爪で敵を一撃し一家を護ってくれます。
体の捻じりも大切です。芳虎の寿獣に動きはなくボーっと佇んでいる様子。遠浪斎は後ろを振り返り、空を見上げています。捻じりというより首を曲げ後ろを振り返っている感じですね。牟田式寿獣は体全体を捻っています。そのため体の軸を意識させてくれます。四つ足ならでは姿勢の美しさを感じました。体幹の美といっても良いでしょう。体の捻りは躍動感をもたらすだけでなく立体感も与えてくれます。絵付けによる盛り上がりやマチエールとともに浮き上がって見える仕掛け。たてがみは馬(午)ですが、龍(辰)の鱗も描かれていますね。確か干支合体獣において龍は火炎であったはず。首筋の毛皮の種類も分からなくなってきました。この毛並みはうり坊にしか見えませんが、猪(亥)は背中から臀部が担当であったような。作者に尋ねたところ、独自のアレンジということでした。金彩で表現される龍の火炎も見事ですが、牟田さんの他の作品から分かるように龍の鱗の完成度は非常に高く、これを描かないのは勿体ない。絵付けの魅力を最大限に引き出しています。ご利益倍は増間違いなしですね。
金沢のひがし茶屋街
次はお顔を拝見。芳虎式も遠浪斎式も小豆みたいな黒い目をしています。しかし、どこか物足りなさを感じませんか。円山応挙や長澤芦雪の仔犬図を見ると、瞳孔、角膜、虹彩や結膜といった目の構造を意識した描き方になっています。動物に感情を持たせるには目の描き方がとても重要になります。実際の動物を観察するだけでなく、どのようにすれば人間と同じような感情を抱くのか思案した結果かもしれません。牟田式寿獣の目は金、黄色、金と三つの縁取りがあります。驚いたことに三重の金彩ではなく中心の輪は黄色でした!黒のグラデーションとともに重層的な深みのある目の理由かもしれません。かっと見開いた目はどこか歌舞伎役者を思わせます。歌舞伎役者が「見えを切る」場合、左目と右目が異なるところを向く特徴があります。焦点が合っていないようにも思えますが、天と地の双方を睨んでいるという説があります。なにかビームを発射しているようにも感じますね。牟田式寿獣の目もあらゆる災厄を事前に察知しているのでしょう。色彩では兎(卯)の耳も見逃せません。形はもとより淡いピンク色が兎の可愛さを全力で後押ししてくれます。絵付けでこのような色彩が表現できることに驚きました。牛(丑)の角、鶏(酉)のトサカも違和感なく合体しています。
干支合体獣で影の主役とも言えるのが蛇(巳)。探さないと見落してしまう干支もいるなかで、ほぼ全身が描かれるおいしい役です。牟田式寿獣は白蛇です。芳虎式はアオダイショウ。遠浪斎式は蛇の尻尾の側が描かれていますね。高貴な白蛇の色は吉兆の予感がします。鱗の凹凸によってダイナミックな蛇行運動が表現されているのも素晴らしい。口先から伸びる舌もS字になっており、蛇の体とリンクしていることに気づきました。さらにねずみと蛇は龍虎相対するごとに睨み合っているのかと思いましたが、むしろ蛇はねずみの目が届かない背後を見渡しているようにも感じます。ねずみと蛇の視野を合わせると完全に視覚は消え去ります。全方位のレーダー探知機で家内安全を実現してくれます。
あらためて全体を眺めると卓越した毛の表現に驚かされました。最初は虎(寅)の迫力ある柄が目に飛び込みます。そして猪や猿といった山のいきものへと繋がっていきます。毛は面の色と線で表現されていますが、硬軟、長短、強弱を意識して描かれていることがわかります。それぞれの毛の特徴を的確に表しながら、合体獣の一体性が保たれているのは流石としか言いようがありません。さて、まだ登場していない干支がいますね。羊(未)です。どこに隠れているのでしょうか。毛並みに注目すると発見しやすいのですが、ヒツジと思い込むと難しい。実はヒツジではなくヤギなのです。ヤギと言えばしゃわしゃわしたヒゲ。牟田式寿獣でもヤギのヒゲとして登場していました。もふもふした羊の毛並みも魅力ですが、ヤギのヒゲも穏やかで知恵を授けてくれそうですね。
側面の図
寿獣の背景は黒に朱色で松の模様が描かれています。松は一年中葉が落ちないことから、縁起の良い植物。樹齢が長いことから長寿の象徴ともされます。松模様は細い線で描かれ、寿獣の存在を邪魔しません。二つの松のデザインを組合せることで、単調にならないよう工夫されているのもポイント。寿獣の動きを陰ながら補完してくれています。蓋の縁、中は朱色と厄除けに相応しい。赤が強すぎると重箱としては用いるには目立ちすぎるかもしれません。深みのある朱は華やかでもあり、落ち着きももたらします。牟田式寿獣が立ち上がり、体を捻っているのは躍動感を表すだけではなく、円形の重箱ということも関連していると思われます。重箱と言えば四角形がオーソドックスですが、円形をしているのは縁起物やお守り、平和という趣旨を考慮したものでしょう。干支という時間の流れから回り灯篭のような雰囲気も感じました。円形に四つ足の寿獣を横からの視線で単純に描いてしまうと側面に無駄な空白ができ、バランスが悪くなってしまいます。実際に使用する場面を想定するならば、どの角度から眺めても楽しめることが大事ですね。牟田式寿獣は円環を意識した構図になっています。
重箱の側面には干支が一体一体描かれています。その動物たちが合体して蓋の絵になっているわけです。干支もひとつ一つ個性をもったキャラクターでとても面白い。欲張って柿を抱いている猿も憎めません。キョトンと蝶を眺める兎、昔ながらの犬は鞠がお好きなようです。一つ一つを紹介したいところですが、長くなりそうですので今回はここまで。こちらの干支は毎年のお正月にMY ART ROOMのSNSに登場するかもしれません。(2024年9月8日)
[1]詳しく知りたい方は「フェリシモ ミュージアム部 」を参照ください。分かりやすく解説しています。https://note.com/f_museumbu/n/n311d86d2f852
[2]京都大学貴重書資料デジタルアーカイブ 問合せが多いのでしょう。画像利用まで丁寧に説明しています。 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000122/explanation/amabie
[3]新潟県立歴史博物館 https://x.com/koryu13/status/1253913913114030080