Mixing・desperadO

(関連作品)

1・MarianS

2・Midnight;pooL

3・Merry rebirthdaY

4・Missing/hanD

5・Mixing・desperadO


(登場人物)

・メアリアン:♀

「DHMO」のMの片割れ。

元傭兵、現殺し屋。


・オズ:♂

「DHMO」のO。

殺し屋、兼掃除屋。


・ジェーン=D(ドゥ):♀

「DHMO」のDであり、頭目。

国籍、年齢、一切不明。

「顔無し(ノーフェイス)」という渾名がある。

※性別変更可(変更する際は作中の名前を「ジョン=D」とすること)。


・バルミューデ:♂

「三つ首(トライアングラー)」の渾名で呼ばれる男色家。

人材派遣を生業にするジュディ=マフファミリーの現トップ。


・ウォン:♂

本名・王 小明(ウォン=シウミン)。

片眼鏡を掛けた端麗な青年。

バルミューデに買われて以来、お気に入りとして傍に置かれている。


・マリアン:♂※名前のみ

情報屋の男性。

メアリアンを拾い、DHMOに加入させた。


・ハーツ:♀※名前のみ

多重人格者の解体屋の少女。

人格それぞれに名前があり、その全てが歪んだ性癖を持つ。

ハーツは総称。


・アン(名前のみ)

ハーツの人格のひとつ。

無尽蔵の色欲を持つ色情魔。


・フィーラ(名前のみ)

ハーツの人格のひとつ。

言語能力が乏しい食人主義者。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(役表)

メアリアン

オズ

ジェーン(ジョン):

バルミューデ:

ウォン:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


メアリアン:Hello, hello.

      I'm home, honey fuckers.

      ご無沙汰しておりました、クソども。


オズ:やっと来たカ。

   重役出社とは、知らないうちに偉くなったモンだナ、コーディネートは万全カ?


ジェーン:おや、今回はメアリアンの方か。


メアリアン:あ?

      私だと何か不満かよ。

      いい加減呼び出す時に、「Dear Marian」って書くの止めやがれ、ジェーン。

      どっちの事だか分かりやしねェ。


ジェーン:別にどっちでも良いから、その書き方なんだよ。

     2人とも必要な時は、きちんと「Marians」と書いているだろう?

     で、来ていない方のMarianはどうした。


メアリアン:さァ、知らねェよ。

      情報屋の会合とか抜かしてたが、詳しくは聞いてねェ。

      パブで腰でも振ってンじゃねェのか。


オズ:何年分のフリーパスを貰っても観たくもねェ、何とも下品極まりないショーだナ、それハ。

   遅漏で甲斐性なしのアイツで満足出来るような、都合のいい手頃なビッチが、この辺に残っていりゃ良いガ。


ジェーン:まあ、マリアンは我々の財布役でもあるからな。

     日陰でスケこましていようが痩せ犬を喰っていようが、

     面倒事と不利益さえ出さないのなら、あとはどうでもいい。

     シッターが必要な歳でもあるまいしな。

     口車の不足は否めんが、今回の件は、この3人で対処するとしよう。


オズ:で、一体何なんダ、その今回の件とやらハ?

   わざわざ出稼ぎ中の腐れチーズを呼び出すほどの事カ?


メアリアン:おーおー、なンだよ。

      未だに初対面の時に、そのお気に入りのファッションをコケにしたこと根に持ってンのか、オズ?

      悪かったよ、テメェのこだわりだもんなァ?

      お詫びに今度その口キレイに縫い付けて、アルファロメオのエンブレムでも貼り付けといてやるよ。


オズ:手土産としては、まあまあ上質な虚勢だナ、メアリアン。

   褒美と言っちゃなんだが、この仕事が終わったら、

   その中古品の腹掻ッ捌いて、バロットをたらふく拵えてやるヨ。

   熨斗はサービスダ、愛しのマリアンにでも慰めてもらエ。


メアリアン:Haha, it's so pretty.


ジェーン:ステイも聞けぬほどに仲睦まじいようで何よりだ、駄犬共。

     これが片付いたら、ライオンとコロッセオを貸切にしてやろう。

     好きなだけ啀み合え。


メアリアン:……チッ。


オズ:フン。


ジェーン:OK, good boys.

     実は昨晩、とある組織から、招待状を受け取ってな。


メアリアン:招待状だ?

      ……ンだこれ、趣味悪ィな。

      このキスマーク、口紅じゃなくて血じゃねェかよ。


オズ:この封蝋……「あの」ジュディ=マフファミリーのものだナ?


メアリアン:ジュディ=マフ?


ジェーン:そうだ。

     表向きには人材派遣会社を名乗って、法外な仲介料を平然と取り立て、

     裏ではその豊富な在庫を揚々と利用して、戦争屋紛いの荒事を喜んで引き受ける、

     身にも心にも、「下衆」と「クソ」のタトゥーがハート付きで刻み込まれてる、

     あのジュディ=マフだ。


オズ:加えて今のヘッドは、ジョン=ゲイシーも裸足で逃げ出すような男色家ときてル。

   そんなトコからの招待状なんざ、まァ、ロクな代物じゃあねェだろうナ。


メアリアン:それがどうしたよ。

      ポン引きに釣られたチェリーボーイじゃあるまいし、

      色気も金の匂いもしねェ肥溜めになんざ、ノコノコ出向く必要もねェだろ。


ジェーン:普通ならな。

     私とて普段ならこんな紙クズ、C4でも同封して送り返しているところだが、今回はそうもいかない。

     何とも品の無い手紙と一緒に、少々洒落の利いたモノも入っていたからな。


オズ:随分と勿体付けるナ、悪い癖ダ。


ジェーン:メアリアン、手を出せ。


メアリアン:手ェ?

      ッおい、何……!

      ……なんだ、爪か、これ?


オズ:10本分……両手の爪全部、カ。

   にしても、小ぶりだナ。

   女か、ガキかってくらいは分かるガ、別に珍しい物でもないだろウ。

   これがどうしタ?


ジェーン:オズ、気付いていないか?

     3日ほど前、ハーツにお遣いを頼んだが、

     未だにアイツは帰ってきてもいないし、連絡すら寄越してきていないだろ。

     どんなに日常的に問題を起こそうが、与えられた仕事は忠実にこなしていた、あのハーツが、だ。

     つまりは、そういう事だよ。


オズ:……なるほど、ナ。

   それは確かに、今世紀最高の厄介事ダ。

   何でよりにもよって、この中でもハーツを狙うかネ。

   いっそ俺やメアリアンなら、RPGでもブチ込むだけで片付くのにヨ。


ジェーン:アイツの取扱い方を知らんのだろう。

     見てくれはそこらにいる、非力なメス犬だ。

     騙されるのも無理も無い。


オズ:……気が滅入るゼ、全ク。

   椅子に縛り付けられて、一日中「4分33秒」を聴かされ続ける方が万倍ましダ。


メアリアン:要するに、何だよ。

      ヴィランズに攫われたお姫サマを、勇敢なヒーローが、

      星条旗でも大っぴらに靡かせながら助けに行こうってプランか、今日は?

      何ともお優しい話じゃねェかよ、泣かせるねェ。

      建前では毒だ水だと気取ったセリフをほざいてても、

      本心は博愛たっぷり、人類みな兄弟ッてか?


オズ:お前の頭はアホほど幸せそうで羨ましいゼ、メアリアン。

   人類を敵に回すよりも、ハーツ一人を拾いに行かずに放っておく方が、遥かに面倒臭ェんだヨ。

   分かったら、そのヤニとカスタノプシスを混ぜ込んだような悪臭を撒いてる口を塞いで、

   さっさとデートの準備をしロ。


メアリアン:ハイハイ。


ジェーン:……メアリアン。


メアリアン:あん、今度はなんだよ。


ジェーン:私がお前と初めて会った時、何と言って釘を刺したか覚えているか?


メアリアン:……「歳上には敬意を払え」とか、そんな事抜かしてたっけな。

      また何か、私の態度が気に喰わなかったでありますか、ボス?


ジェーン:いや、覚えているのなら良い。

     そもそも、お前のような狂犬に、それを求めるのはお門違いだからな。

     従順になられた方が、むしろ気色が悪い。

     だが、それを踏まえた上で、敢えて一応付け加えて言っておくと、だ。

     ハーツは見た目こそアレだが、お前より歳は、恐らく一回り以上は上だぞ。

     何なら、我々の中でも最年長かも知れんな。

     事情など知ったことではないが、奴は何時ぞやから躰の成長が、

     ティーンのガキの頃のまま止まっているだけだ。


メアリアン:……なんだと?


ジェーン:本当の年齢も、性別も、国籍も、

     その内に孕む人格の数も、本心も、私ですらハーツについては何も知らん。

     アレを何処からともなく連れて来たマリアンなら、或いは、といった程度だ。

     そういう意味で、あまり下手な態度は取らん方が身の為だ、というのは覚えておけ。

     歪なミートボールになって、モーニングセットに添えられたくないのならな。


メアリアン:……得体が知れないのは、アンタだって大概だろうが。

      名無しを名乗るようなイカレっぷりだ。

      同じようなのが2人、3人といようが、驚きやしねェよ。


オズ:……ほォ。


ジェーン:殊勝な心掛けだ、要らぬ世話だったな。

     ……では、旧知も温めたところで、そろそろ出掛けるとしようか。

     いばら姫は、待たせると怖い。


メアリアン:…………?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ウォン:Mr.バルミューデ。


バルミューデ:あら、ウォン。

       どう、ガキの調子は?


ウォン:毫も変化無し、ですね。

    既に丸1日以上マワし続けていますが、一向に疲れる様子も、嫌がる素振りも見せません。

    何なら、兵どもの方が、先に音をあげ始めています。

    頭がイッているとか、筋金入りなんて言葉で片付けたら、甘過ぎて歯が焼け落ちそうだ。


バルミューデ:まァったく、嘆かわしいものね。

       構わないわ、そこら辺で生ゴミ食べて暇潰してるヤツも呼び寄せて、好きに増員しちゃいなさい。

       どのみち、あれだけ使い古されてるんじゃ、便所屋でも値段は付けないでしょ。

       ……けェ、どォ。

       あくまでも、イかせるだけね、殺しちゃダメよ。

       あんなのでも、大事な交渉道具なんだから。

       死なない程度に壊すつもりで、上も下も、

       ブチ撒けることしか出来ないような肉穴にしてやりなさい。


ウォン:分かりました。


メアリアン:ンだ此処は、クッセェ匂いを誤魔化しもしねェのか。

      アリクイの巣か、それともエビキュアーでも売り捌いて生計立ててンのか?


ウォン:ん?


オズ:いい加減に黙れねェのカ、メアリアン。

   たかだかボディチェックで萎びたリンゴ以下のケツまさぐられたくらいで、いつまでもビービー喚くナ。

   くだらねェ清純を気取りたいなら、オペラ座で焼け爛れながら哭いていロ。


バルミューデ:あら。


ジェーン:全く以て、相も変わらず、精を出すしか能の無い兵隊ばかり集めているようだな。

     チボリ公園にハイキングにでも行く時の方が、まだいくらか手間取るぞ。

     『三つ首(トライアングラー)』の家紋も堕ちたものだ。

     そうは思わないか、バルミューデ?


バルミューデ:あら、あァら、あらァ。

       暫くぶりじゃないのォ、『顔無し(ノーフェイス)』。

       いつ見ても、アル=サークのバットが似合いそうな澄ましヅラね。

       知らないうちに新しいペットまで増やしちゃって、その歳でもう老後の準備?


オズ:お前は介護を受ける準備をしたらどうダ、ケルベロス。

   手足の一本でも引き千切るのは確定しているガ、事と次第によっては、

   明日からお前のそのくだらねェ漫談の相手は、テメェのハラワタ料理になるゾ。


バルミューデ:ンもう、そんな古くてダッサい名前で呼ばないでよォ。

       血の気が多いことねェ、クロド。

       ……あァごめんなさい、今の名前はオズだったかしら。

       やっぱりアナタのその口は、ロティサリーも呑めるくらいにブチ抜かれてる方が、

       何百、何千倍もお似合いよ。

       惚れ惚れするわァ、うっかりブチ込んで出しちゃいそう。


メアリアン:……文化財級のド変態だな。

      世界が広過ぎて、思わず立ち眩んじまいそうだ。


ウォン:(咳払い)

    急な呼び立てにも拘わらず、ご足労頂き感謝致します、DHMO(ドゥモウ)の御一行様。

    このような形で招待するのは、不躾極まりないことは百も承知ではありますが、

    「手段を選ぶな」と、我が主からのご用命でしたので、

    お連れ様には僭越ながら、些か手荒な折檻を受けて頂いています。

    此度の会合が穏便に終わった暁には、生死の如何は約束出来かねますが、

    確実にお返し致しますので、どうぞご理解の程を。


ジェーン:些か、ね。

     なかなかどうして、戯言が上手いじゃないか、三つ目の。

     あれが些かだと言うのなら、此処にSRBMを打ち込んだとしても、

     メリーポピンズのように笑い飛ばしてくれそうだな。


ウォン:ええ、それはもう。


バルミューデ:さァさ、何はともあれ、そんな立ち呆けていないで座ったらどう?

       Zムービーを観る時みたいに、時間を無駄にしたいなら私は構わないけれど、

       あんまり話が長引いてややこしくなるのは、お互いにとってマイナスでしょ。

       ウォン、グランド・キュヴェを開けてきて。


ウォン:分かりました。


オズ:……おい、メアリアン。


メアリアン:あァ、分かってるよ。

      後ろに小2、その奥に大1だ。

      立ち方からしてド素人だ、真正面からでも簡単に奪えるぜ。


オズ:All right.

   それなりには良い嗅覚ダ、及第点をくれてやル。

   犬は犬らしく、鼻がよく効いて、狡く、賢しくなきゃあナ。


メアリアン:ありがたいオコトバ、恐悦至極。

      それよかよォ、灰皿はねェのかよ、此処は?

      こんなカビの生えたファラリスみてェな臭いの中に、いつまでも缶詰にされてたんじゃ、

      ホセマリアだって気が狂っちまうぜ。


バルミューデ:ごめんなさいねェ、ベイビー。

       悪いけど、アタシはこれが、往年からのお気に入りなのよ。

       郷に入らば何とやらってどこかの言葉、知ってるでしょ?

       そのうち慣れたら、むしろコレが股を開いてでも欲しくていられなくなるくらい、

       病みつきになってくるわ。


メアリアン:チッ。

      気に入らねェ、いけすかねェ。


(間)


ジェーン:で、用向きはなんだ。

     お前のことだ、またデイリー・ミラーのゴシップに踊らされて、

     軍資金をヤギに喰われでもしたんだろうが。


バルミューデ:いやだわァ、恥ずかしい。

       昔の恋人みたいに、人の失敗を掘り起こさないでよ。

       そうねェ……ま、色々あると言えば、色々あるんだけどォ……

       二ヴィル=ゴートン、この名前に覚えはある?


メアリアン:二ヴィル?

      誰だそりゃ?


ジェーン:ああ、勿論覚えているとも。

     お前から借りていた、スリと強姦だけが取り柄の、早漏でセコい殺し屋崩れだろう。

     勝手に仕事を途中で放棄して以来、音沙汰も入ってきていないから、頭を悩ませていたところだが。

     そいつがどうした?


バルミューデ:それはそれは、手間をかけさせちゃって悪いわね。

       アタシもあいつの手癖の悪さには、手を焼いていたのよォ。

       ま、それでも言われたことはきちんとやるし、カラダの感度もイイ感じの子だったから、

       まさかまさか、そんなことになってるなんてね。

       人は見掛けに寄らないって本当ねェ。


オズ:だからどうした、と訊いているんだガ。

   時間の無駄ダ、必要最低限の情報だけ、バカみてェに素直に答えてりゃ良いんだヨ。

   それともその舌、喉からブチ抜いて、ケツから生やしてやろうカ。

   そンだけクソくだらねェことベラベラ喋れるなら、二枚舌も持ち腐れだロ。


バルミューデ:ンもう、そう急かさないでよォ。

       ベッドの上でだって、せっかちは嫌われるモノよ、クロド。

       ……で、その行方知れずだったニヴィルがこの間ねェ、見付かったのよ。

       下水道に引っ掛かって、ネズミやら虫やらとクソに塗れて、

       抜群のマリアージュを堪能させてくれたわ。

       ただ、ちょっと見付けるのに手間取っちゃったから、

       肉だか蛆だか分からない感じになっちゃっててねェ、掃除が大変だったのよォ。


ジェーン:ほぉ、それは見てみたかったな。

     ゲテモノの晩餐は、泥濘が如く絢爛と聞くからな、死ぬまでには同席したいものだ。


オズ:……ジェーン。


ジェーン:早いな、もう済んだか。

     見立てはどれくらいだ?


オズ:カウント、5ダ。

   それまでに結論を出セ。

   その後は、こっちで勝手にやらせてもらウ。


ジェーン:Aha, copy that.


バルミューデ:あら、何の話?


ジェーン:いいやなに、今日のディナーの相談だよ。

     何処かの事情も読めないパフ野郎が、うちの今月の料理番を、いいように壊してしまっているんでな。

     少数精鋭でやっている分、抜けが生じると、つまらない手間が増えるんだよ。


バルミューデ:あら、そう?

       急かす割にはなんと言うか、呑気なのねェ。

       それとも、薄っぺらくても信頼関係みたいなのが、アナタ達にもあったりするのかしら。


ジェーン:笑わせる。

     我々は所詮、互いが互いのビジネスの道具だ、それ以上でもそれ以下でもない。

     パラサイトを抱える趣味も無ければ、わざわざ損を被る嗜好も無いだけの事さ。


バルミューデ:ふゥん。


ジェーン:……で?

     柄にも無いテラーごっこなどしていないで、さっさと結論を先に言ったらどうだ。

     見たら分かるだろう、私は人間の調教は好きだが、狂犬の躾は苦手なんだ。

     あまり無駄に勿体付かせて、ステイが効かずに骨肉を舐られても、責任は取れんぞ。


バルミューデ:……もう、これだから。

       行き遅れたドラゴンってやァねェ。

       あんまり小さい事でいちいちカッカしてたら、すぐに皺まみれのトカゲ野郎まで落魄れるわよ。

       じゃ、ウォン。

       ちょっと代わりに説明してあげて、アタシ喉が乾いちゃった。


ウォン:はい。

    二ヴィル=ゴートンには以前より、殺し、掃除の雑務の他に、運びもいくつか兼任させていました。

    しかし、ご存知の通り彼は、D.B.クーパーの如く手癖が悪く、手放しで信用するには到底値しない。

    そこで、商品価値を測る意味も込めて、素行を監視する為の発信機を持たせていたんです。

    大方の予想通り、普段から常習的に電源を切られていましたが、

    死体の腸にそれが捩じ込まれているのを発見した時は、問題無く作動していました。

    そして、彼の道草の履歴を辿ったところ、DHMOのアジト周辺に、妙に長く滞在している形跡があった。


メアリアン:ハッ、ガキのおつかいかよ。

      たかが使いパシリ1人ごときに、ご大層な待遇だな。

      パパとママに知れてたら、ウン万の慰謝料ひり出して、

      フラッシュの前でペコペコ頭下げさせられてるところだ。


ジェーン:それで、発信機が一度途絶えた最期の場所が我々の塒だったから、

     奴をミートローフにしたのは私の意だと踏んで、

     浮気を見付けたヴァージンみたく問い詰めたいが為に、呼び出したというわけか。

     「疑わしきは滅する」を信条としているお前が、随分と女々しいやり方じゃあないか。

     弁護士を同席させた方が、この場は滞り無く進むんじゃないのか?


バルミューデ:No doubt.

       わざわざ説明させなくったって、おおよそ見当も付いていたでしょうに、イジワルだわァ。

       その化けた顔の皮を丸ごとひん剥いて、バーベキューに放り込んじゃいたくなる。


ウォン:勿論こちらとて、当てずっぽうで疑惑をかけている訳ではありません。

    発信機は、オモチャ程度の性能ながら、レコーダーの機能も備えていた。

    遺体の損傷は著しかったですが、対して、不自然な程に外傷が少なかったメモリーチップに、

    あなた方が彼を縊り殺す一部始終は、漏れなく全て記録されていましたよ。

    もしもこれが人為的、又は故意的に行われたのではないとするなら、

    彼は死神の鎌にでも指輪を通していたのでしょうが、

    生憎と引きずり込まれたのは地獄の釜ではなく、悪意の湖畔、水の底、であると。

    ……以上が、Mr.バルミューデの見解です。


バルミューデ:ご苦労さま、ウォン。


オズ:ここにワトソンがいたら、溜息混じりに拍手でもしているところだナ、名探偵。

   神に唾吐き捨てながら生きてるような奴が、神の呪いにビビってるなんてのは、

   笑い話としても二流もいい所ダ。


ジェーン:得意げになって疑うも、追及するも勝手だが、元より私は最初から、否定などしていないだろ?

     淫売屋でも分かるように、わざわざ証拠を残したんだよ、それは。

     文字通りにクソみたく、水に流されても困るのでな。


バルミューデ:へェえ、意外と正直じゃない?

       借り物の現状維持は、ルンペンでも知ってる常識だと思ってたんだけど。

       泥水ちゃん達には、ちょっと難しかったってことかしら?


ジェーン:その通り、そんな事は、死肉を漁るゴキブリでも知ってる。

     だから、我々は返してもらう事にしたんだよ。

     お前に見返り無しで資金援助をするなんて、そんな損しか生まん与太話は、口約束でもしてはいない。

     だから、身に覚えも無いカビの生えたパイプは念入りに炙り、焼き切った。

     要は、それだけの話だ。


メアリアン:えーッと、あー……

      ……あァ、やっと思い出したわ。

      二ヴィルってあの、金庫から何回もバレバレのパクリやらかして、

      「ハンプティ・ダンプティ」にされたッつってたコソ泥か。

      まさか、運び屋ってアレのこと言ってたのか?

      ド素人のガキが、世紀の大怪盗に見えるようなアホっぷりだな、泣けてくるぜ。

      要約しちまったら、イカれた逆恨みで、ウダウダ愚痴を聞かされる為に呼び出されたのか、私らは?

      どこまで割に合わねェんだよ、今日のオシゴト様はよ。


オズ:分かってもいなかったのなら、無駄口を開かずに黙っていロ……と言いたいガ。

   いい加減、薄汚ェ盗人の高尚な言い分にも、飽き飽きしていたところダ。

   その減らず口も、たまには役に立つナ。


メアリアン:そいつはどうも。

      お褒めに預かり光栄ですわ、オープナー。


バルミューデ:………………


ウォン:……ミスター?


バルミューデ:やァだ、やだ、やだわァもう。

       バレてたんだったら、もっと早く言ってよねェ。

       中途半端に、こっちが勘違いしちゃうような事してくれるモンだから、

       すっかりイイ気になっちゃってたじゃない。

       真意まで読まれた上で、ワザと手付金を流してくれてるのかと思ったわよ。


オズ:真意ダ?


バルミューデ:そうそう。

       まァシンプルな話、そっちが呼び出した理由の本命でね。

       二ヴィルの件は、緊張を解す為のキャンディー・ジョークみたいなモノよ。

       魔女(ストレンジャー)からリンゴを差し出されて、

       手放しで口に運ぶ、スノーホワイトみたいな幸せ者はいないでしょ?


ジェーン:他人の為にわざわざ毒を飲む、ロミオのような愚か者にもなった覚えは無いがな。


バルミューデ:毒薬でも短剣でも、大事なのは使いようよォ。

       まあ、聴くだけ聴いてみなさいな。

       知っての通り、ウチは主な稼ぎは人材派遣なんだけどォ、

       やっぱり時代が進むだけ、その稼業だけじゃちょっぴりキツくなってきてるのね。

       仔ネコちゃん達の小競り合い程度にまで、いちいちホイホイ手助けしてたら、

       みィんな揃って共倒れ、なんて元も子もない潰れ方するのは目に見えてるワケ。

       だから、あんまり気は進まないけどちょっとだけ、新しいボトルも開けてみようかと考えたのよ。


ジェーン:私に言わせれば、そこに至るのは遅過ぎるが、凝り固まったお前らしくもない賢明な判断だな。

     たまには首輪に繋がれて、お気に入りのブタどもに嬲られてみたらどうだ。

     敢えて知った道から外れてみるというのも存外、甘美な世界もあるものだぞ。


バルミューデ:魅力的な提案だけどォ、こう見えてもアタシ、不器用なのよねェ。

       ノーフェイスが手を引いて、一緒に堕ちてくれるって言うんだったら考えなくもないけど、

       「フォール・アンド・デス」が決まりきってるフライトに、

       わざわざ乗っかるようなおマヌケさんはいないでしょ。

       アタシが持つのは、あくまでも鎖よ。


オズ:……つまりは、「ハーメルン」が、次のお目当てのビジネスってことカ。


バルミューデ:ご名答。

       流石、察しが良いわねェ、クロド。


メアリアン:ハーメルン……?

      ……どっかで聞いた響きだな。


ウォン:街から子どもを一人残らず連れ去ってしまう「笛吹き(パイドパイパー)」、

    転じて、身寄りの有無に関係無く、未成熟児を専門とした売買業。

    商品の調達は傭兵と比べれば容易ですが、そのぶん些細なミスで壊れてしまいやすく、

    また、値打ちの個人差も変動も、極めて激しいが故に、デリケートな目利きの才が求められるので、

    自他共に認める色欲の偏食家、かつ博打下手なMr.バルミューデには、

    余りにも不向きな分野なのではないか……

    とは、私からも、何度か申し上げたのですが。


バルミューデ:下手は余計よ、規則正しく回らない歯車が大キライなだけ。

       アタシの鎖を勝手に振り回すなんて、ジャンヌ=ダルクでも許されることじゃないわ。


メアリアン:オイオイ、さっきから言ってることが矛盾しっ放しだぜ。

      ワインにクリスタルでも混ざってンじゃねェのか。

      聞いてるこっちの頭が痛くなってきやがる。


ジェーン:そうでもないぞ、メアリアン。

     コイツのネジが足りていないのは元からだが、意図しているところは大体分かった。

     今回ばかりは、「Dear Marians」で呼び出した方が正解だったかもな。


メアリアン:……どういう意味だよ?


ジェーン:詰まる所、目の上の瘤を潰しておきたいのだろう。

     素人が新調したピッコロを、見様見真似で掠り鳴らしたとて、

     熟達したトランペットの快音には、掻き消されるだけだからな。

     要らん時ばかり目敏い、三つ首の考えそうなことだ。


バルミューデ:やァね、そこまで野蛮なこと考えてないわよォ。

       まだ、ねェ?


メアリアン:解せねェな、どうにも話が見えねェ。

      なンでそこで、あのアホの名前が挙がる?

      マリアンの本業は、情報屋の筈だろうが。


オズ:なんダ、てっきりお前らは、ケツの穴までほじくり合った仲だとばかり思っていたガ。

   まだ浅い所でチャプチャプやってんだナ、微笑ましいことダ。

   それもアイツなりの、捨て切れねェ慈悲深さってやつカ?


メアリアン:何が言いたい。


ジェーン:我々が説明する義理も無いが、ちょうど良い機会だ、知っていた方が話も早いか。

     奴は、今でこそ情報屋を名乗ってはいるが、

     DHMOに加入する以前の顔は、別の名前を騙っていたハーメルンだよ。

     それも、その界隈では知らぬ者も並び立つ者もそうそういないと評される程度には、

     買い手の絶えない腕利きの商人だった。

     マリアンは我々の財布役と言っただろうが、そもそも、一介の情報屋風情とは思えない羽振りの良さ、

     組んでいて、何の疑問も抱かなかったのか?

     ……まあ、同じ情報屋でも、中には大国の官僚を、金だけでオトせるようなチェシャ猫もいることだ。

     淀みの淡いお前が不審がらないのも、無理も無いかもしれんが。


メアリアン:……ンだよ、それ?


バルミューデ:そうそう。

       The wolf knows what the ill beast thinks.

       なんて教えもあることだしィ、いきなり裸足で地雷原に出向くよりも、

       まずは先人の影を踏んで歩くのが、無難な安全策でしょ。

       それに、今はノーフェイスに飼い慣らされてるっていうんだったら、

       頭から懐柔しちゃえば、何かと便利じゃない。


ジェーン:だから、売人をルートごと丸々買い叩く為の交換条件として、

     ハーツを取引材料として仕立てたワケだな。

     番犬気取りの木偶にしては珍しく、筋道の通った手段も取れるじゃないか。

     そこのバトラーの入れ知恵か、ウォンとかいったな?


バルミューデ:ま、そんなところね。

       適当にダッチドールにしようと思って、

       安値で仕入れた働きアリちゃん達の中に混ざってたんだけどね。

       頭もキレるし、誠実だし、何よりカオとカラダの具合が抜群にイイからさァ、

       オキニにしちゃってるワケ。


ウォン:恐縮です。

    王小明、短い付き合いかもしれませんが、以後お見知りおきを。


オズ:王小明……ネ、なるほド。


バルミューデ:で、どう?

       棒が倒れる先も読めない世知辛いご時世だし、手を取り合って、ウィンウィンでやっていかない?

       そんなちゃっちい所でゴニョゴニョ肩身の狭い思いしてるより、

       アタシ特製の首輪に繋がれてた方が、世界の見え方も変わるかもしれないわよ。

       DHMOとか大層な名を冠していたって、所詮は水、

       ちょっと大きめのスポンジがあったら、あっという間にまっさらよ。

       儚さも何も残らない、チンケなモンだわ。

       さ、イエス、ノウ?

       それともイエス?


ウォン:………………


メアリアン:………………


オズ:……カウント、オーバー。

   ジェーン、好きに選ベ、後始末はつけてやル。


ジェーン:……確かに、な。

     お前の言う事にも、一理はある。

     我々はたかだか、カエサルのような一騎当千とも程遠い、一縷に満たない雫の群れだ。

     如何に致死性を孕んだ劇毒であろうと、水は、己の意思を持って膨張はしない。

     お前のお抱えの兵隊を媒介すれば、勢力の拡大も容易いだろう。


メアリアン:おい、ジェーン。


ジェーン:……だが、知らなかったようだが生憎と私は、

     礼節を欠くクズは、生焼けのハニートーストと同等程度には嫌いでな。

     それに、地の底以下まで没落した番犬如きでは、我々を飲み干す大器などには値するべくもない。

     協定を結びたいのなら、まずは膝から下と脳髄を頭蓋ごと削ぎ取って、

     呼び名の通りにそこに這い蹲り、私の靴の先でも舐めてみたらどうだ。

     そうしたら、一考する気概くらいは、生んでやっても良いかもしれん。


バルミューデ:……あァらそう、ざァんねん。


ジェーン:話は終わりだ。

     メアリアン、オズ。

     あっちでいつまでも遊んでる擦れ枯らしを回収してこい、帰るぞ。


オズ:あァ。


メアリアン:………………


ジェーン:メアリアン、どうした。


メアリアン:……いや、なんでもねェ。


バルミューデ:あ、そうそう。

       帰る前にあとひとつだけ、言い忘れてたんだけどォ。


ジェーン:なんだ、まだ唄い足りないのか?



(乾いた銃声が響き渡る)

(ジェーン、力無く倒れる)



メアリアン:……は?


ウォン:はぁ……やっぱり、ですか。


バルミューデ:ホラ、お土産あげなきゃって。

       せェっかく来てもらったのに、手ぶらで帰っちゃうのも味気無いでしょ?

       身一つでクルージングは退屈だろうから、手向けの駄賃だと思って取っといてちょうだい?


オズ:……始めから、このつもりだったナ、三つ首?


バルミューデ:やァね、まさかァ。

       アナタ達じゃあるまいし、答えも聴かずにズドン、なんてしてないじゃない、人聞きの悪い。

       ただ、ちょォっとだけカチンと来ちゃったからァ、つい、ね?

       ……とはいえ、まさかアタシも、

       脅しのつもりの弾に当たるなんて、夢にも思ってなかったんだけどねェ。

       素材は無駄にイイんだもの、血化粧が映えるわね、ノーフェイス。


メアリアン:……おい、おいおいおい何だこりゃァ、呆気ねェな。

      散々プレジデントみてェなご立派な口上言い触らしといて、

      結局はテメェも、道端のクソ風情と同じオチかよ。

      何がDHMOだ、何がジェーン=ドゥだ、笑わせるぜ。

      フタを開けてみりゃ、いつもの見飽きた「デッド・コープス」じゃねェか。


オズ:黙レ、メアリアン。

   飼い主を失って泣き面誤魔化しにキャンキャン吠えているヒマがあったら、

   狂犬は狂犬らしく、見境無く喰い散らかす準備でもしておケ。

   見え透いた悪臭に気付けないほど、その鼻は腐っちゃいないだろうガ。


メアリアン:……あァ、ごもっとも。

      20、30……と、どうせ増援もいるだろ、全部でざっと、50前後にはなるか?

      喰い放題もいいとこだ、こちとらダイエット始めたばっかだッてのによ。


バルミューデ:あらあらァ。

       本当に、全部お見通しなのね、イヤになっちゃう。

       サプライズを先にタネ明かしされるのって萎えちゃうのよ、程々にして欲しいわね、全く。

       ……まあ、安心しなさいな。

       そっちのアバズレは知らないけど、これでもアタシ、アナタの腕は買ってるのよ、クロド。

       あっちの子と同じ、死なない程度にイイ感じに壊した後、

       ピクルスかドールで選ばせてあげるから、今のうちに考えといて。


オズ:フン。

   それまでに、お前の首がちゃんと繋がってりゃ良いがナ。


バルミューデ:So sweet, honey.

       それじゃ、頑張ってね。

       応援してるわ、タイニー・コロルのポップコーンでも摘みながら。

       入っていいわよオーディエンス、あとは手筈通りでよろしくねェ。


ウォン:それでは、また、後程。



(バルミューデとウォン、退室)

(入れ替わりで武装した傭兵集団がなだれ込んでくる)



メアリアン:あー……まァたこうなんのかよ、ッたく。

      ノイローゼになりそうだぜ、最近こんなンばっかだ。

      ロックン・ロールって気分にゃなれねェな、ご立派に数だけはゾロゾロ集めやがって。


オズ:おい、メアリアン。


メアリアン:なんだよ。


オズ:お前、右利きカ?


メアリアン:それがどうした。


オズ:それならちょうど良イ。

   右半分はお前のノルマだ、せいぜい邪魔にならないように動ケ。

   俺を遮るようなタップしか出来ないンなら、その値打ちのねェ躰は、盾として使い潰してやル。


メアリアン:……ハッ。

      Yes sir, werewolf.

      そっちこそ今のうちに、プレートでも入れといた方が良いんじゃねェか。

      あんまり無理な運動すると、テメェの貧相なアレみてェに緩みきったその大事なアゴ、

      あっさり千切れ落ちちまうぜ。


オズ:そンだけ鳴けりゃァ十分だナ、世話の焼けル。

   続きは約束通り、コロッセオでダ。

   この喰い甲斐も無さそうなダック共からサンテュベールでも搾り取って、極上のディッシュに備えておケ。

   Good luck to you, Marian.


メアリアン:ライオンと仲良くランデブーってか、胸が踊るぜ。

      It's none of your business, Oz.

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


バルミューデ:あら、早速ヤってるヤってる、血気盛んだこと。

       みんな溜まってたのねェ。


ウォン:餌も与えられずにステイだけでは、鬱憤も積もるでしょう。

    あの場に残っていたら、飢えたネズミ達の八つ当たりに巻き込まれかねない。

    早々に撤退したのは、英断でしたね。


バルミューデ:鉄火場でタクトを振るなんてお断りよ。

       スマートじゃないし、服が汚れちゃうもの。

       ヤル気一杯で仕事熱心なのは良いけど、

       アタシの相手をする時も、それくらい元気でいて欲しいモンだわァ。

       いつもはすゥぐへばっちゃうクセに、こういう時ばっかり元気なんだから。

       人数分のアンフェタミンを準備するのだって、安くはないんだけどねェ。


ウォン:……しかし、良かったのですか?

    DHMOとの同盟を、自らふいにしてしまって。

    友好関係を築くのは無理だったとしても、キャッシュ・カウであるのは間違い無かったのでは?


バルミューデ:まァ、それはその通り。

       惜しいことをしたとは思うわよ、多少はね。

       たかだか4人だか5人で、

       そこらのファミリーを潰して回れるような暴力を持ってるってんだから、

       フェアじゃないと思う反面、それが欲しいとニコラウスに強請ってみるのも良かったわ。

       けど、何度も言ってるじゃない?

       アタシの鎖に繋がらない、思い通りにいかないモノなら、

       わざわざいつまでも遊ばせておく理由が無いの。

       それに、ノーフェイスが死んだ今、あのコ達を手篭めに出来るのも時間の問題。

       そうなれば、ハーメルンの笛を奪える日だって、そう遠くはないわ。

       結果としては、むしろ、とォっても良い方向に転んだじゃない。

       強いて誤算だった点を挙げるなら、人気者のDHMOをアタシの手で、

       こんなに簡単に踏み躙れちゃうとは思ってなかったって事くらいかしら。

       正直拍子抜け過ぎて、いきり立つ元気も湧かないわ。


ウォン:……なるほど。


バルミューデ:それにしても、たかが2人相手に、やけに長いことドンパチやってるわねェ。

       チェリーボーイは純情で単純だから、雑用にはもってこいだけど、

       仕事中でもすぐに遊びだしちゃうのが、玉にキズね。

       早く片付けてくれないと、シエル・ドルトンのディナーに間に合わなくなっちゃう。


ウォン:Mr.バルミューデ。


バルミューデ:ん、なァに?


ウォン:タイが、少し。


バルミューデ:……あら、本当だわ、恥ずかしい。

       ノーフェイスを撃った時に、ズレちゃったのかしら。

       細かいところまでよく見てるわねェ、本当に執事として雇っちゃおうかしら。

       直してくれる?


ウォン:ええ、勿論。

    動かないで下さいね。


(ウォン、バルミューデの首を片手で締め上げ、そのまま体ごと持ち上げる)


バルミューデ:ゲッ……!!

       ……ちょっ、と、何ッ……!!

       ウォン、なにして……何の、冗談……!?


ウォン:Mr.バルミューデ。

    貴方は少しばかり、DHMOを侮り過ぎましたね。

    貴方がもう少し、ジョーカーのように頭のキレる道化だったのなら、

    もう少しショーを傍観しているのも一興でしたが。

    彼らが……いや、我々が何故、水を名乗るのか、余りにも認識が甘い。

    余りにも出来の悪い、三流にも劣る駄作だ。


バルミューデ:……はっ……!?

       我々、って……アナタ……!?


ウォン:水をスポンジで吸い取ったところで、水も毒も、無くなるわけではないでしょう。

    例えいくら掬い取られようと、例えどれほど飲み干されようと、

    水は躰の内を巡り、侵し、苛み、成り代わりながら蹂躙し尽くすのみ。

    我々は水、故に、生は無く。

    我々は毒、故に、死も無い。

    我々は只そこに在り、生の悉くを蝕み、

    我々は唯そこに有り、死の尽くを棹さす者。

    たかが番犬が、靴底程度の水溜りを啜り取ったところで、

    我々を制することが出来たと夢見るなど、とてもとても。


バルミューデ:……あ、アナタ、まさか……ずっと、アタシを騙して……!!

       い、いったい、いつから……!?


ウォン:ああほら、また。

    それもまた、違う。

    貴方の我々に対する認識も、世界に関する見識も、

    全てに於いて、気が遠くなるほどに、絵の中の少女ほどに足りていない。

    まあ、貴方如きには、何周と巡ろうとも、辿り着けないところでしょう。

    私の名に、何の疑問も抱かない、ガラクタで遊んでいるだけの、ガラクタ細工の貴方にはね。



【※王小明…台湾等で用いられる、特定の個人を指さない仮名。

      名無しの権兵衛、Jane(john) Doeと同義。】



バルミューデ:……王、小……明……?

       …………!!!

       ……ウソ、嘘よ、だって……!!

       そんな、有り得ない……なんで、アンタが……ッ!?


ウォン:誰でもないから、私に決まった顔は無し。

    故に、誰でもあるから、ノーフェイス。

    即ち、私はジェーン=ドゥであり、

    然らば、私はジョン=ドゥであり、

    そうあるが為、私は王小明であり、

    そしてやはり、つまりは私は私以外の何者でもなく、

    私以外の何者もまた、私であり得ると共に、私に成り得る。

    それが、これこそが、この世界に於ける私そのもの。

    名も無きモノ、命無き者を冠する所以だ。

    バルミューデ、「ケルベロス」、「三つ首(トライアングラー)」。

    いくつの名前を持とうが、約まる所それらは全て、お前ひとりでしかない。

    所詮は誰かでしかないモノのお前が、誰でもないモノたる私を、殺せるわけが無いだろう?

    仔犬1匹が大海を舐めずり続ける事が、如何に無駄で滑稽な行為か、

    理解出来ないほどの「シティー・ヘッド」ではあるまい?


バルミューデ:……ッき、きさ……マッ……、

       …………ァっ、ガ……ぐェ……ッ!!


ウォン:……醜いな、手が汚れる。

    結局、何処まで突き詰めても、カエルはカエルにしかならないか。

    お前の『顔』も、ファミリーの名ごと貰っておこうとも思ったが、やめだ。

    アメよりも安い烏合の衆なぞ、統治しても仕方が無い。

    お前はお前のまま、踏み潰されて死ね。

    或いはそれもまた、私に喰われる者に与えてやれる、せめてもの救済だ。


バルミューデ:…………ッ!!


ウォン:じゃあな、Mr.バルミューデ。

    お前を拾う神など居ないだろうが、せめて、アスモデウスに導かれることを祈れ。


(ウォン、バルミューデの頸椎をへし折る)

(バルミューデ、血と泡を吹いて絶命)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ウォン:と、いうわけだ。

    時間稼ぎご苦労だったな。

    ジュディ=マフファミリーの残り火も、今日で終わりだ。

    いつも通り、明日にはヤツらごと、誰も知らぬ名に成り果てる。


メアリアン:……バカとアホとデタラメを何乗したって、そうはならねェよ。

      理屈とか常識がどうこうじゃねェ、一体何だってンだ、アンタ。

      それにオズ、テメェ、全部知ってて煽ったな?


オズ:当たり前だロ、何を今更。

   ジェーンが撃たれた時のお前のマヌケ面は、なかなか見物だったゼ。

   ……しかし、何度見ても慣れないナ、その『顔』が変わるのハ。

   今のお前は、誰と呼ぶのが正解ダ?

   ジェーンか、ジョンか、それとも、その顔のウォンとやらカ?


ウォン:さあ、どうだか。

    どう呼ぼうが、その全てが正解で、あらゆる答えが不正解だからな、好きなように呼べば良いだろう。

    ……それにしても、死体が妙に少ないな。

    金にモノを言わせて、50か60近くは嗾けていた筈なんだが。


オズ:3分の1くらいを片付けたところで、大半が早々に尻尾巻いて逃げ出しやがったんだヨ。

   小銭稼ぎのウォー・ドッグ崩れを相手にするのは消化不良だガ、ゴミは少ないに越した事は無イ。

   それより、元々の目的のハーツは何をしてル?


ウォン:あぁ、生きてるは生きてるんだが、まだ時間が掛かりそうだ。

    これだけのパーティーならてっきり、色情魔のアンが出張ってるとばかり思ってたんだがな。

    今は、フィーラに代わってる。

    キリストも目を背けるような、ミートパイの大盤振る舞いだ。


オズ:……言わない事じゃなイ、だから嫌だったんダ。

   前にも同じようなモノ見せられて、一週間は食欲が失せたからナ。

   見た目で騙してるって意味じゃ、アイツの方が俺より遥かにワー・ウルフに近いゼ。


ウォン:御伽の国から飛び出した、「Beauty and the beast」の体現者か。

    まあ、あの調子なら、腹が膨れて満足したら、勝手に帰ってくるだろう。

    全く、薄々こうなる気はしていたが、とんだ無駄足だったな。


オズ:元を正せば、今回の原因はマリアンの野郎が、導火線の火を消しておかなかった所為だロ。

   今日呼び出しに応じなかったのも、こうなる頃合いを見計らってたからなんじゃねェだろうナ。


メアリアン:……マリアン、か。


ウォン:さっきからどうした、メアリアン。

    いい加減、ホームシックも限界か?

    気分が悪いなら、ファーストクラスのチャーターでも手配してやろうか。


メアリアン:要らねェ世話だ、なんでもねェよ。

      ただ……少し、考えたい事がある。

      しばらくの間、私らに用があるなら、片割れのエテ公に言え。


オズ:ハ、面と向かってサボタージュ宣言とは、見上げた度胸ダ。

   狂犬が「Sleeping Beauty」のアダ名が欲しいなら勝手にすれば良いガ、

   寝込みをブギーマンに襲われても文句言うなヨ。


ウォン:どう呼び、どう使うかは私の気分次第だ、確約は出来ん。

    お前の首輪を繋いでいるのはマリアンだが、お前達の鎖を絡繰っているのは私だ。

    それだけは、くれぐれも忘れないことだな。


メアリアン:そうかよ。

      ドッグタグにでも、そう刻んどいてくれよ、私は物覚えが悪ィんでな。

      用が済んだなら、帰って寝る。

      じゃァな。


ウォン:ああ。

    お前達のお決まりの挨拶は、確かこうだったか?

    (咳払い)


ジェーン:I'll be right here, Marian.


メアリアン:………………


ジェーン:……無視か。

     面倒事がまたひとつ、増えなきゃ良いが。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━