Midnight;pooL
(関連作品)
1・MarianS
2・Midnight;pooL
(登場人物)
・マリアン:♂
情報屋の男性。
・トリシュ:♀
情報屋の他、詐欺師、泥棒などのあらゆる犯罪のプロ。
「ミッドナイト・ウィドウ」の異名を持つ。
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(役表)
マリアン:
トリシュ:
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トリシュ:ハロウ。
マリアン:2分23秒の遅刻だ、トリシュ。
トリシュ:あら、おかしいわね。
ジャスト・タイムの筈よ、マリアン?
しばらく見ないうちに、御自慢の体内時計が狂ったんじゃなくて?
マリアン:それは無いな。
俺の体内時計は生まれてこの方、一度も狂った事がねェ。
電池要らず、技師要らずの最高級品だ。
トリシュ:じゃあ、いい加減使い古してガタが来てるのよ。
買い換えて、ランゲ&ゾーネなんてどう?
きっと似合うわよ。
マリアン:余計なお世話だ。
俺はお前と違って、ベンジャミン・フランクリンに抱かれながら歩く趣味は無いんでな。
金は金、紙は紙だ。
トリシュ:あらそう。
マスター、ホワイトレディをお願い。
マリアン:酒は辞めたんじゃなかったのか。
トリシュ:ひと月前までの話よ。
好きでもないロメオの穴をほじくり返すジュリエットごっこは、もう沢山。
マリアン:またハズレくじか。
つくづく神様に振られてるな。
お祈り前にパンを摘んでるのがバレてんじゃねェのか?
トリシュ:人聞きの悪い。
むしろ今回は、イスカリオテに謀られたのよ。
薔薇色の売春宿って聞いて蓋を開けたら、ジョンソンヴィルも真っ青なウインナー工場って有様よ。
あの依頼人、次に会ったら、ピンヒールが何本入るか試してやろうかしら。
マリアン:そりゃ、向こう十年は便秘とは無縁の生活になりそうだな。
ケツの医者にアテはあんのかよ?
トリシュ:さぁね。
そこから先は、割増で別料金よ。
もし見付けたら、ボランジェのコルクを渡しておく事にするわ。
マリアン:相変わらず、良い趣味してるな。
思わずお相手さんに同情しちまいたくなるぜ。
トリシュ:What goes around, comes around.
それくらい、弁えててくれなきゃね。
マリアン:ハ、違いねェな。
トリシュ:……それで、ビリヤードなんて珍しいわね、マリアン。
わざわざテーブルごと仕入れたの?
マリアン:仕入れたんじゃねェ、拾いモンだ。
トリシュ:拾い物……ねぇ。
それにしては、随分と上等品みたいじゃない。
エディとヴィンセントが居たら、完璧だったのにね。
一応訊くけど、何処で?
マリアン:ファッツの親戚で一人、火遊びが趣味のクソ野郎がいてな。
随分とゴキゲンな調子だったみたいなんで、9mmパラベラム弾を3発ほどプレゼントしてやったら、
気前良く一式、譲ってくれたんだよ。
トリシュ:なのに、拾い物?
マリアン:「Unattended Package」は早い者勝ち、此処じゃそういうルールだろ。
競り主がいねェなら、欲しいヤツは欲しいモンを、欲しいだけ、だ。
トリシュ:意外だわ、アナタにもそんな一面はあったのね。
When in Rome, do as the Romans do.
ってやつ?
マリアン:俺は元よりこうだぜ。
ただ、それを見せないくらい、仕事がいっとうクリーン&スマートってだけだ。
見損なったか?
トリシュ:いいえ、全然。
むしろ、泥臭くて意地汚いところがある方が、人間らしくて好きよ、私は。
マリアン:そうかい。
トリシュ:ひと勝負してみる?
マリアン:勘弁してくれ。
「ミッドナイト・ウィドウ」とヤり合うくらいなら、
フィッシャーとチェスでも打ってた方がまだマシだ。
トリシュ:そう、残念。
でもあんまり、その呼び名は使わないで。
誰が言い出したか知らないけれど、相手がどんどん居なくなるもの。
いい迷惑だわ。
マリアン:地下カジノを3つも潰せば、そうもなるだろ。
刺激を求めるのは結構だが、節度を持たなきゃな。
トリシュ:退屈は嫌いよ、死にたくなるもの。
マリアン:その退屈しのぎが、罪無きディーラーを殺してんだぜ。
皮肉な話じゃねェか。
トリシュ:Uh huh...
……まあ、いいわ。
そろそろ、仕事の話でもしましょうか。
マリアン:あァ、そうだな。
どうにも最近、ついつい世間話が長くなっちまっていけねェ。
トリシュ:「オールド・ガイズ・ルール」を嗜むには、若過ぎるわよ、マリアン。
……えぇと、それで。
ああ、そうそう。
KE(キーマンズ・エレクトロニクス)社の裏事情、だったわね。
マリアン:あァ。
一応、KE社のお偉いさん方にゃ贔屓にして貰ってンだが、
奴さんのクリーンじゃねェ噂が、ここ2、3日の間に燻り始めててな。
とはいえ、まだメインストリート沿いでビアガーデン押っ開いてるッてほど、表沙汰にゃァなってねェ。
あくまでも噂。
裏の人間ですら、まだ耳も貸さねェ与太話扱いだ。
……が、それで片付けちまうには、ちょいと匂いがキツ過ぎたモンでな。
腐ったゲロでも詰まってねえ限り、そうそう腹は黒くはならねェ。
洗って流せる程度の毒なら、それに越した事はねェが。
トリシュ:曲がりなりにも、クライアントだものね。
あなたが直接探りを入れるワケにもいかないから、私が代わりに一肌脱いだ、と。
……で、踏み切ったのは、勘?
マリアン:あァ、ただの勘だ。
だが、それが時には、ブルース・ウェインよりも足が早い時もある。
トリシュ:そうね。
どんな手品か知らないけれど、そういう時のあなたの勘は、外れたためしが無い。
ただの一度もね。
マリアン:ほう、するってェと。
トリシュ:ええ。
当たりも当たり。
くすんだオニキスみたいに真っ黒よ。
正直、呆れたわ。
ジョーカーだってもう少しくらい、隠れ蓑を着るわよ、全く。
この街にバットマンはいないって、高を括ってるのかしらね。
マリアン:Drill, baby, drill.
ッてか?
トリシュ:そんな感じ。
わざわざ私が調べなくったって、ほっとけば勝手に明るみに出てたでしょう。
汚職、不祥事の揉み消しはプロでも、裏でのそれは、素人丸出しね。
マリアン:知ってるよ。
あそこの諜報員が、ケツよりユルい口しか持ってねぇアホ揃いなのは昔ッからだ。
だからこそ、その情報は俺らが牛耳っておく必要があるのさ。
そうすりゃ、奴さんは表向きは秘密が守れてハッピー、
俺らはタダ同然のネタを、金の卵と宣って売り捌けてハッピー。
All's right with the world.
イソップも大喜びの大団円、ってな。
トリシュ:ほんと、そういうところ変わらないわね。
情報屋とは思えない手グセだわ。
……で、続きね。
シュトラフ・ストリート外れの廃コンテナ置き場、知ってるでしょ?
マリアン:あァ、勿論。
ドレスコードもへったくれもねェ、
表のお偉方が何かと都合の悪い会合をするにゃァ、もってこいの場所だ。
だがその反面、裏を嗅ぎ回ってるハイエナには、全部ダダ漏れ。
あそこで何かヤるって事は、自分のマヌケっぷりを、
ビラでも撒き散らしながら喚き回るッてのと同義だぜ。
トリシュ:そう。
だからこそ、普段から日陰を歩いてる私達みたいな人種は、
今更そんな所を、わざわざマッチングポイントにはしない。
……けど、残念ながらあなたのクライアントは、ヴァージンナイト前夜に愛人とファックしてるような、
表彰台ものの大マヌケさん揃いだったみたいね。
あなたの勘は、今回はフルハウスどころか、ストレートフラッシュまで呼び寄せたってわけよ。
ただし、とっても悪い方向に、ね。
お気の毒様。
マリアン:……貧乏クジもここまで来たら、品切れしても良さそうなモンだぜ、ッたく。
それを受ける相手も相手だ。
トリシュ:「マリー・アンラック」にも、拍車がかかるわね。
マリアン:うるせェ。
不名誉極まりねぇボロ看板だ、ほっとけ。
で、場所は。
トリシュ:ポイントNS282、EW1711。
そこが、今回のパーティー会場みたいよ。
ご丁寧にピンでログまで付けてくれてるから、まず間違い無いでしょうね。
マリアン:リック・ド・リック製のコンテナハウスか。
笑えるぜ、場所選びまでヴァージンかよ。
トリシュ:細かい事は、追って伝えるわ。
あとは、行ってからのお楽しみ。
マリアン:……なンだそりゃ、お前も来る気かよ。
トリシュ:当然でしょ。
極上のシロップが滴り落ちるのをわざわざ見過ごす程、まだ涸れてはいないつもりだもの。
あなたには悪いけど、KE社は一雫も残さず、私の都合の良い養分にさせてもらうわ。
ちょうど、長いこと使ってるチップ用の財布も、鞍替えしようと思ってたところだしね。
マリアン:おいおい、正気かよ。
死に急ぎたいってンなら止めねェが、あんな舵取りじゃ、タイタニックにもなれやしねェぜ。
第二のオリンピック号と心中する羽目になっても、骨は捜してやれねェぞ。
俺は泳ぐのは嫌いなんだ。
トリシュ:撞き方を間違えたのよ、あなたは。
マリアン:あん?
トリシュ:このビリヤード台、建付けが最悪だわ。
こんな所で「ブレイク・アンド・ラン・アウト」を狙ったって、
ヒットもしてないボールが、蜘蛛の子みたいに勝手に散り散りに這い回って、
あっという間にスリーファウルよ。
拾い物とはいえ、品定めはちゃんとしなきゃね、マリアン?
マリアン:ほう、そうかい。
ンじゃァ、お前ならどうする、トリシュ?
トリシュ:綺麗に魅せようとしたって、時間の無駄なのよ。
ショットは一発、それで十分。
あとは一番美味しい所だけ、掠め取っちゃえば良いの。
こんな風に。
(ブレイクショットで全てのボールが台の上を転がり回るが、その中に9ボールは無い)
トリシュ:ほらね。
マリアン:……それもファウルだろ。
トリシュ:そうよ。
だけどそれは、誰かがそれに気付いていたら、の話でしょ。
気付く頃にはもう、ゲームは私の手の内って事よ。
ナインボールの行く末はもう誰も、シュレーディンガーだって知る由は無い。
シュートした私を除いてね。
ジャッジすらもがクルクルふためいている間に、宝の在処は、
ジム・ホーキンズにも、ベン・ガンにすら分からなくなるの。
……そして、そうなるべくしてそうなるコツは、私だけが知ってる。
あなたの浸水した泥舟だって、私にとっては、
セキュリティのいない「シンフォニー・オブ・ザ・シーズ」よ。
The end justifies the means.
この世の全ては回し方次第、騙し方次第、ってね。
マリアン:……参考にはするが、手本にゃァ出来ねェな。
俺には俺の美学ってモンがある。
トリシュ:ガラにも無い事を。
美学なんて、いくらのお金にもならないでしょ?
マリアン:値段は無くとも、価値はあるのさ。
ケツをドル札で拭くようなヤツにゃァ、一生分からねえだろうがな。
トリシュ:ええ、それもそうね。
金を血で洗うような人の考えは、私には分かりようも無いわ。
マリアン:……ンで、今回の情報料は?
トリシュ:あら、もう支払ったじゃない?
マリアン:あ?
トリシュ:16万飛んで、35ドル。
ちょうど、そこのバーカウンターの足元に置いてある金庫の中身とピッタリだったから、
先払いで貰っておいたわ。
ついでに、たまたま鍵が壊れてたみたいだから、直しておいてあげた。
それも込みでの値段よ。
優しいでしょ?
マリアン:……ほう。
トリシュ:ねぇ。
私、正直拍子抜けよ、マリアン?
石橋も叩かずに平和ボケして、間が抜けちゃったのかしらね。
私と会うって事の意味も、ちゃんと覚えててくれなきゃ。
まあ、相場の超過分は、今回の授業料だとでも思っておいて?
マリアン:へぇ、良いのかよ?
トリシュ:なにが?
マリアン:せっかくの貴重なレクチャーを、タダで受けちまってよ。
トリシュ:……どういう意味?
マリアン:いやなァ。
今お前が自慢げに懐に入れてる、金庫にしまっておいた、その金なんだがよ。
実は、たまたまそこらに転がってた、名前も知らねェ金持ちの口座から、
たまたま引き出せちまったシロモノでよ。
アホくせェくらいに、そりゃァ拍子も抜けちまうくらいにだ。
あまりにもガードが穴だらけだったもんで、ついついそのまま預かっちまってたンだ。
いつ返そうかと困ってたんだが、手間が省けたぜ。
預かってた金をそのまま返す上に、利子も一切取らねェんだ。
優しいだろ?
トリシュ:……ふふ、ふふふっ。
そう、そうだったの。
(マリアン、ポケットから9ボールを取り出し、テーブルに戻す)
マリアン:人を騙すのが生き甲斐なのは知ってるが、相手を選べよ。
こんな手管じゃ、アバグネイルに笑われるぜ。
トリシュ:はいはい、ご忠告ありがとう。
前言撤回するわ。
やっぱり、あなたはそうでなくちゃね。
今回の情報料は、特別安くしといてあげる。
マリアン:そりゃァどうも。
トリシュ:それじゃ、また何かあったら連絡するわ。
……ああ、そうそう。
マリアン?
マリアン:なんだよ?
トリシュ:次来た時は、ビリヤードの相手、お願いするわね。
マリアン:あァ、良いぜ。
ただし、イカサマ抜きでって言うンなら、な。
お前とのゲームをバカ正直に受けてたら、命も金も、いくらあったって足りねェよ。
トリシュ:ふふっ。
褒め言葉として受け取っておくわ。
I'll be night back, Marian.
マリアン:I'll be right here, Trish.
トリシュ:Aha, all right.
Good night.
マリアン:Good night.
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