代表ご挨拶

 「より安全に、そして安心して登山を楽しんでもらいたいという想いから、日本登山医学会に所属する認定山岳医たちが中心となり、2017年に山岳医療パトロール活動がスタートしました。新型コロナウイルスの感染拡大により活動を休止した時期もありましたが、今年(2023年)で7年目を迎えました。

 山梨県は南アルプス、奥秩父、八ヶ岳連峰といった豊かな自然に囲まれ、10もの日本百名山を有します。その中には国内最高峰である富士山を筆頭に、第2の高峰である北岳、第3の高峰である間ノ岳も含まれます。このように豊富な山岳資源を有する山梨県は、都心からのアクセスもよく、本格的な3000m峰の縦走から日帰りの軽登山、またトレイルランニングやロッククライミング、アイスクライミングといった幅広い山岳アクティビティを楽しむ人々が、県内外から数多く訪れています。訪れる登山者が多い分、遭難者も増えてしまうことは仕方のないことではありますが、山梨県の山岳遭難発生件数及び死亡者数は、毎年全国でもトップクラスなのが実情です。それにも関わらず山岳診療所は北岳と富士山にしかありません。この事実を知ったとき、「山梨県の山岳医療体制を向上させなければならない」と、私たちは決心したのです。

 では、山岳医療体制を向上させるためにどのような方法があるのでしょうか?もちろん山岳診療所の整備も大切ですが、これを実現するためには多くの時間と費用がかかる上、医大や病院などの組織的バックアップが必要になります。さらに、山岳診療所の効果が発揮されるのはその周辺の山岳地域に限定されます。一方、山岳医療パトロールは、低予算かつ少人数でより広域での活動が可能です。そこで我々は、診療所設立を目指しつつも、まずは山岳医療パトロールの充実を図ることにしました。こうして我々は、自ら山に登り、登山道での声かけや山小屋の宿泊客に向けたミニレクチャーを通じた啓発活動、登山関連傷病リスクに関するアンケート調査等を含む山岳医療パトロールを行ってきました。

 我々の活動の目的は、山に精通した医療従事者がその山域特有の登山者の傾向を把握、山岳医療的観点から登山者に注意喚起を行うことで、傷病者の発生を未然に防ぐことです。新型コロナウィルスの感染拡大が本格化した2020年以降は、現地での活動を登山口での声掛けと登山中の感染リスク抑制に向けた調査に切り替え、七丈小屋(甲斐駒ヶ岳)と協力して七丈小屋感染対策ガイドラインも作成しました。

 2022年度は、尾白川駐車場(甲斐駒ヶ岳、日向山、尾白川渓谷遊歩道)、観音平登山口(編笠山)及び周囲の登山道での声かけを予定しています。新型コロナ感染症の蔓延状況にもよりますが、山小屋での山岳医療に関するミニレクチャーの再開なども計画しています。これらに加え、傷病者発生時に、山小屋などから連絡を受け、必要に応じて現場の人間に医療アドバイスを提供できる体制を整備することを検討しています。これにより、搬送前に適切な処置が実施され、一命を取りとめる、または重症化を抑制できると我々は考えています。また、山小屋スタッフにとっても、医療従事者と連絡が取れる体制が構築されることで大きな安心感に繋がるでしょう。

 将来的には、24時間連絡を取れる体制の構築、山岳救助隊等との連携、診療所設立による医療行為の実施なども視野に入れた活動を展開していきたいと考えています。これらの活動により、山梨県の山岳遭難が減少し、より多くの登山者が訪れることを願っております。また、このような活動が、山梨県から全国に広がり、日本は山岳医療が充実しているから安心して登山を楽しめると世界中の人に言ってもらえる日が来ることを願っています。

山岳医療パトロール実行委員会

代表 稲田 真