モンゴルといえば、草原での乗馬である。引き馬ではなく、自分で自由自在に馬を操りながらの草原トレッキングが何よりである。モンゴル馬はサラブレットよりも体高が低く、側対歩の訓練を受けているので騎乗時の揺れがほとんどなく、初心者でも30分もすればすぐに乗りこなすことができる。モンゴルでは「人は馬の上で生まれて馬の上で死ぬ」といわれるほどに、人と馬との関係は密接不可分であり、現代人と自動車との関係の比ではない。ちなみに、定住型農耕社会を基盤とする黄河文明を築いた漢民族には騎乗習慣がなく、北方から現れた騎馬民族に出会った時の驚きはいかばかりであったであろう。
弊法人が実施する各種研修において、参加者は十分な乗馬体験の時間を楽しむことになる。日本の乗馬クラブ等では、引き馬で30分程度しか乗せてもらえないが、モンゴルでは最初に手綱の持ち方等の簡単な説明を受けた後に、2時間近くのトレッキングに出発である。幾分以上に乱暴かもしれないが、じつは乗りこなせるか否かは馬に跨った瞬間に交わされる馬とのコミュニケーションによって決まる。馬はとても賢い動物であり、とくに人の感情を肌感覚で瞬時に読み取る能力に優れている。多くの馬は、よく訓練されているので騎乗者の言うこともよく聞く。しかし、馬にも個性があり、まじめな馬もいれば、小賢しい馬もいる。まじめな馬は、馬方のしつけに忠実なあまり、騎乗者の要望になかなか応えてくれない。おとなしいが、杓子定規で融通の利かない優等生のようである。他方で、小賢しい馬は、騎乗しようとする人が少しでも物怖じすればすぐに察して、自分が優位に立とうとして言うことを聞かない。やんちゃな、いたずら坊主のようである。このような馬に当たった場合は、騎乗者は馬に跨るや否や両脚できつく締め付け、手綱も強く引く。これによって、馬は騎乗者が従うべき主人であることを理解する。
ところで、モンゴルで馬に乗る際には、できることならば伝統的民族衣装であるデールを着用したい。日中の草原の陽射しは強烈であるが、朝晩は夏でも相当に冷え込む。デールは、この暑さ寒さを遮ってくれるだけでなく、幾重にも締めたブスと称される帯は激しく振動する騎乗時に腰を支えてくれる。デールには、部族、性別、年齢などによって多くの細かい違いがあり、ゴダルと称される爪先が反り返った膝丈まであるブーツを履き、男性はジャンジン・マルガエ、女性はトールツォグと称される帽子を被るのが伝統的な装いである。しかし、洋装が主流となった近時は、スタイリッシュな現代的デザインのデールも急増しており、ゴダルに代わって短めのブーツやパンプスを履くことも増えている。何にせよ、デールを着用して馬に乗ると、馬が随分と言うことを聞いてくれるように感じる。
最近、馬との触れ合いを通じて、精神機能や運動機能を向上させるホースセラピーに注目が集まっている。ホースセラピーは、うつ病、不安症、ADHD、行動障害、依存症等に有効であるという。これらの病は、いずれも人間関係に疲れたときに発症するような現代病と言えそうだが、人間も生き物である以上、ときに人間以外の生き物と交流することで本来の人間性を取り戻すのであろう。馬は良医に違いない。