哺乳類の体色調節


α-MSH受容体(メラノコルチン1受容体;MC1R)とその内在性アンタゴニストであるアグーチシグナルタンパク(agouti-signaling protein, ASIP)の遺伝子変異は,野生および家畜・ペットの体色多様性に重要な役割を果たしています。黒毛和牛や黒豚,黒猫の「黒」も,ゴールデンレトリバーや栗毛馬の「黄」も,これらの遺伝子の変異によります。ここでは,マウスの研究から明らかにされた哺乳類の体色調節(発現)のしくみについて概説します。

◇体色パターンと毛色

哺乳類の多くは背側が暗く腹側が明るい逆影(countershading)とよばれる体色パターンを示します。陽の光で背腹軸にできる明暗のグラジェント(明かりと影)を打ち消すことで存在感を消す(薄くする)ためと考えられています。哺乳類はさらに,この基本形の上にそれぞれが占めるニッチに応じて色や模様を工夫し,隠遁効果を高めています。生息域の環境や背景に色を似せる保護色はおなじみですが,トラの縞や小鹿の白斑のように環境の明暗パターンに体色の明暗パターンをマッチさせるパターンブレンディング,シマウマの縞のように目立つ不規則な模様によって体の輪郭を壊す分断色もその例です。

色彩を欠く薄闇での適応を経て進化してきた哺乳類。そのほとんどは2色型色覚であり,多彩な色を識別することができません。このことを反映してか,哺乳類の体色は脊椎動物の中で最も地味です。体色の基礎となる毛色は,黒色~褐色を呈するユーメラニンと赤褐色~薄黄色のフェオメラニンによるもので,赤褐色,黄色,茶色,灰色,黒色,白色(メラニン不含)などの単色か,赤褐色~黄色と茶色~黒色のバンドが交互に並ぶアグーチパターン(agouti pattern)により表現される黄褐色です。写真のスナネズミの色も,このアグーチパターンによる色です。


◇毛の形成とメラニンによる着色

哺乳類の毛は毛包で周期的に形成されます。毛包や毛を構成する細胞を供給する毛包上皮幹細胞や色素幹細胞は,毛包上部のバルジにあります。毛がつくられる成長期,毛包下部は深く大きく成長し,毛乳頭に移動・定着して分化したメラノサイトは盛んにメラニンを産生します。メラニン産生は,メラノサイトに特有な細胞小器官メラノソーム内で行われます。メラニンを蓄積したメラノソームは,毛乳頭の周囲で盛んに増殖する毛母細胞に移送され,この細胞が縦に連なって毛幹細胞となり,α-ケラチンを蓄積して死滅することで毛がつくられます。毛包はやがて退縮し(退行期),次の成長期までその状態を維持します(休止期)。この3相からなる一連の過程は毛周期とよばれ,多くの哺乳類で一生繰り返されます。



◇メラノサイトによるメラニン産生とその制御

哺乳類には,起源の異なる2種類のメラニン産生細胞が存在します。眼杯に由来する網膜色素上皮細胞と,神経冠(堤)に由来するメラノサイトです。虹彩や皮膚,毛の色に関与するのはメラノサイトであり,この細胞が少なかったり,まったく分化しなかったりすると,白斑になったり,全身が白色化したりします。この場合,眼(瞳)は網膜色素上皮細胞がつくるメラニンによって黒いままです。この2種類の細胞では,チロシナーゼを鍵酵素とする一連の反応により,アミノ酸の一種チロシンからメラニンが産生されます。このチロシナーゼの機能欠損変異体は,全身が白色化するだけでなく,眼(瞳)も赤くなります。この現象はアルビノ(白子)として広く知られています。

哺乳類のメラノサイトは,外部情報に応じて2種類のメラノソームをつくり分けることで,ユーメラニンとフェオメラニンの2種類のメラニン色素を産生することができます。ユーメラニン産生には,繊維状の内部構造をもつ紡錘形のユーメラノソームが,フェオメラニン産生には,微小顆粒状の内部構造をもつ類球形のフェオメラノソームがはたらきます。このメラニン産生経路の振り分けは,メラノサイトの細胞膜にある受容体MC1Rのシグナル伝達によります。すなわち,MC1Rにα-MSHが結合するとユーメラニン産生が促進され, ASIPが作用するとフェオメラニン産生が誘導されます。ASIPは皮膚で局所産生されるペプチドで,MC1Rの内在性アンタゴニスト,あるいはインバースアゴニストとしてはたらきます。イヌでは,更にASIPのMC1Rへの結合を抑え,ユーメラニン産生を促進する因子として,β-defensin 103(CBD103)の変異タンパク質が同定されています。


◇逆影と保護色をつくるしくみ

哺乳類の逆影や保護色は,ともにAsip遺伝子のはたらきによって表現されます。Asip遺伝子には2つのプロモーターがあり,そのひとつ,「腹側特異的プロモーター」が腹側の毛包で常にはたらくことで,腹側が淡色の逆影パターンができます。一方,2つめの「毛周期特異的プロモーター」は,毛の形成時に,すべての毛包で一時的にはたらき,黒色-黄色-黒色のアグーチパターンをつくります。アグーチパターンの毛は,げっ歯類でなじみの黄褐色の保護色を表します。

マウスのさまざまな体色の原因となるAgouti遺伝子座の対立遺伝子(アリル)は,これら2つのプロモーターの機能欠損遺伝子です。プロモーターの変異によってASIPの発現が変化することで体色の多様性を創出しているのです。なお,Ayアリルは,広範なDNA領域の欠損により,隣の遺伝子であったRaly遺伝子のプロモーターによってASIPが不偏的(どこでも),恒常的に(いつでも)つくるようになった遺伝子で,古くから致死遺伝子として知られています。

◇体色多様化の分子機構

哺乳類の体色バリエーションは,ユーメラニンとフェオメラニンの量比や分布の違いによります。メラノサイトにおけるメラニン産生経路の振り分けは,上述のようにMC1Rシグナル系によってなされているため,その反映として,Mc1r遺伝子とその活性を制御するAsip遺伝子の変異が,哺乳類の体色バリエーション形成に重要な役割を果たしています。Mc1r遺伝子の変異による体色多様性は,ウシ,ブタ,ヒツジ,イヌなど,家畜動物一般にみられ,ビーチマウスやロックポケットマウスなどの野生動物でも確認されています。一方,Asip遺伝子の変異による体色多様性は,ネコやウマで報告があります。

◆ 哺乳類の体色調節

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