鳥類の羽は,ヒトの毛と同様にケラチンを産生・蓄積した表皮細胞の死細胞からなります。「羽は鳥類を特徴づける動物界で最も精巧な皮膚付属器」,この定義は今や古くさいものとなりました。白亜紀の大型肉食恐竜ティラノザウルス(Tyrannosaurus rex)にも羽毛が生えていたことが近年の化石研究でわかったからです。鳥類は,今日では獣脚類恐竜の末裔とみなされています。

鳥類の羽は実に興味深い。その形や色模様には多様性がみられ,生えるからだの部域で異なっていたり,個体成長に伴って変化したり,雌雄差があったりします。このことは,羽がさまざまな生物学的情報の統合により形成されることを如実に物語っています。個体成長の情報,例えば子供と大人の違いを伝える情報とは何なのでしょうか。からだの部域の情報とは,雌雄差形成にはたらく情報とはどのようなものでしょうか。また,これらのさまざまな生物学的に重要な情報を統合して,羽の形や色模様を表現するしくみとはどのようなものなのでしょうか。さらに,羽形成は,個体成長に伴った生えかわりや季節的な換羽に伴って全身的に起こることもあれば,事故や病気で失った羽の再生のように部分的に起こることもあります。羽形成はどのように調節されているのでしょうか。考えるほど疑問が生まれ興味は尽きません。

鳥類の羽は再生します。羽を抜いても,その環境に応じた羽形成が羽包で再現されます。また,羽形成は局所制御系がはたらくだけでなく,ホルモンなどによる全身的な制御を受けます。従って,全身制御系と局所制御系の連携による生体機能制御のしくみを解析する優れたモデル系と考えられます。

私たちはニワトリの羽形成における以下の課題に取組んでいます。

◆羽の色模様形成の分子機構

ニワトリはキジ目キジ科のセキショクヤケイに由来する家禽で,羽は茶色~黒色を呈するユーメラニンと,黄色~赤色を呈するフェオメラニンにより表現される細密な色模様を持ちます。我々は,ニワトリの羽色を支配する黒色拡張遺伝子座がホルモン受容体(MC1R)遺伝子であることをつきとめ,羽色がホルモンによって調節されることを明らかにしました。また,色模様がMC1Rのインバースアゴニスト(ASIP)の羽包内発現によってつくられる可能性を示しました。現在,細密模様形成の詳細な分子メカニズムの解明に向けた研究を進めています。

◆羽の雌雄差形成の分子機構

ニワトリの鞍羽には顕著な雌雄差がみられます。雌は褐色(ユーメラニン色)を呈する丸型の覆い羽ですが,雄は光沢のある赤褐色(フェオメラニン色)の先端が尖った飾り羽で,先端部にフリンジ構造がみられます。また,胸羽は雌雄ともに丸型羽ですが,雌では淡黄色(フェオメラニン色),雄では黒色(ユーメラニン色)を呈します。この雌雄差は性染色体によってリジットに決まったものではなく,ホルモン環境を変化させることで雄型の羽をもつ雌や雌型の羽をもつ雄を作製することができます。鳥類の体色は個々に色付けされた羽の集合(羽装)として表現されます。我々は,雄型羽装の発現にASIPが重要な役割をはたしていること,それがASIP遺伝子のホルモン応答能の獲得に起因することなどを明らかにしてきました。現在,羽装変化をもたらすホルモンの作用機序の詳細な分子メカニズムの解明に向けた研究を進めています。

◆個体成長に伴った羽形成制御の分子機構

ニワトリの羽装には,隠蔽のための逆影と,性的提示のための婚姻色があります。孵化したての雛は,雌雄ともに第1世代羽(綿羽)に覆われ,逆影羽装を示します。その後,第1換羽を経て第2世代羽(正羽)で覆われた幼鳥となりますが,やはり雌雄差のない逆影羽装を示します。成鶏にみられる羽装の雌雄差は,第2換羽で第3世代羽が生えることではじめて表現されます。成鶏では,雄型の婚姻色がデフォルトであり,雌型の逆影は卵巣由来の雌性ホルモンによりつくられますが,婚姻色羽装がいつから羽装のデフォルトになるのか,雛や幼鳥の逆影羽装がどのような情報によってつくられるのかはわかっていません。我々は,この点を明らかにすることを目的とした研究を進めています。

◆遅羽性遺伝子の作用分子メカニズムと羽形成時期の制御機構

初生雛の主翼羽形成の遅速を支配する遺伝子座として,Z性染色体上の遅羽性K遺伝子座が知られています。遅羽性を現わす優性のK遺伝子は羽性鑑別のための有用遺伝子として,養鶏において広く利用されていますが,この遺伝子の遅羽を引き起こす作用メカニズムについては明らかではありません。我々は,羽形成制御の仕組みを解明することを目的として,この遺伝子の解析を進めています。

◆鳥類におけるメラノコルチン系の網羅的解析

ほとんどの脊椎動物では,下垂体は前葉,中葉,後葉の3つの葉からなります。下垂体中葉からはメラニン細胞刺激ホルモン(α-MSH)が分泌され,カエルの体色変化に代表されるような,環境に適した体色調節がなされています。しかし,この下垂体中葉は,鳥類やゾウ,クジラなどの一部の哺乳類には存在しません。我々ヒトでも胎児期には存在しますが,生後退縮するといわれています。下垂体中葉が存在しない生物では,α-MSHによる生体機能制御系はどうなっているのでしょうか。

MSHは,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)とあわせてメラノコルチンと総称されます。我々はメラノコルチン系に含まれる遺伝子群を鳥類で初めてクローニングすることに成功し,それらの解析を通して,鳥類メラノコルチン系の解析を進めてきました。その結果,下垂体中葉ホルモンであるα-MSHは,ニワトリでは羽包や脂肪組織,網膜,間脳視床下部など中枢から末梢に至るさまざまな組織・器官でつくられ,局所的にさまざまな生体機能制御に関与していることがわかってきました。

「なぜ,鳥類やヒトは下垂体中葉を欠くように進化したのか」,この問題を考えるため,ニワトリをモデル生物としたメラノコルチン系の網羅的解析を進めています。

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